総論
1億総メディア時代、企業広報のあり方を問う
経営層が知るべき情報発信の新常識
共感を得るためには物語を発掘せよ
SNSを通じて誰もが気軽に情報発信できる1億総メディア時代。企業広報が発信する1次情報はすぐ、2次情報、3次情報に置き換わり、インターネット上を駆け巡る。大手マスメディアが情報社会を牛耳っていた時代とは異なる様相だ。今の時代、企業への共感を抱かせながら、ファクトをしっかり伝えるには、どうすればいいのか。通算20年以上の広報担当歴を持つアドビマーケティング本部広報部執行役員本部長の鈴木正義氏に聞く。
アドビ
マーケティング本部広報部
執行役員本部長
鈴木正義氏2004年よりアップルにて本格的に広報専門職のキャリアをスタート。Final Cut ProやiPhoneの広報を担当。11年からはNECパーソナルコンピュータとレノボ・ジャパン広報。22年9月からアドビ執行役員。著書に『家康様、明日は関ケ原でPRイベントです ストーリーで日本を変えた広報の天才たち』(日経BP)がある
インターネット上には、玉石混交のさまざまな情報があふれ返る。1億総メディア時代。情報源が定かでなく、真偽不明の情報も多い。そんな社会のありようが、企業広報からの情報発信に再考を求めている。
アドビ
マーケティング本部広報部
執行役員本部長
鈴木正義氏2004年よりアップルにて本格的に広報専門職のキャリアをスタート。Final Cut ProやiPhoneの広報を担当。11年からはNECパーソナルコンピュータとレノボ・ジャパン広報。22年9月からアドビ執行役員。著書に『家康様、明日は関ケ原でPRイベントです ストーリーで日本を変えた広報の天才たち』(日経BP)がある
「これまでは、新聞、雑誌、テレビといったマスメディアに対して情報を発信できていれば、企業として認知を高めたり論調を形成したりすることが可能でした。しかし今は、それだけでは不十分です」
こう指摘するのは、アドビ執行役員で広報部の属するマーケティング本部で本部長を務める鈴木正義氏だ。広報担当として通算20年以上のキャリアを持つベテランである。
鈴木氏によれば、メディアには3つの種類があるという
特定コミュニティはSNSで訴求
共感は信頼にも結び付く
一つ目は、アーンドメディア。第3者に取材を依頼し無償で発信してもらうメディアである。二つ目は、ペイドメディア。第3者に出稿を依頼し有償で発信してもらうメディアだ。三つ目は、オウンドメディア。自社で運営・管理するメディアである。
「今はこれら3つをバランス良く織り交ぜながら情報発信していく必要があります」と鈴木氏。各メディアの目的が異なる点に留意し、それぞれを使いこなすべきという。
アーンドメディアの価値は今でも変わらないが、発行部数至上主義には疑問符を投げかける。「全国紙やテレビで取り上げてもらうにはニッチな世界があります。例えば半導体設計なら、産業系新聞や日経エレクトロニクスがいい。内容次第でメディアの価値は異なります。そこは、経営層にも理解してほしい点です」。
一方、オウンドメディアとしてのSNSが持つ価値も認識しておきたい。キーワードは、共感だ。「SNS上で発信するメッセージに共感を得られれば、企業の言うこと、ひいては企業の製品にも信頼を得られます」。
とりわけ特定のコミュニティへの働きかけの手段としてSNSは有用だ。例えば、アドビの画像編集ソフト「Photoshop」のユーザー。新バージョンの発売後、「こんなにうまく加工できた」という声が上がった場合、アーンドメディアでは取り上げられなくても、SNS上ではユーザーコミュニティの中で話題になる可能性がある。
鈴木氏は背景を読み解く。「SNS上では、そのコミュニティにとって重大な出来事や面白いことが、話題として広がっていきます」。だからこそ、伝えたい情報のどこに価値があるのか、誰に対して価値があるのか、これらを分析したうえでメディアを選び、発信すべきという。
そこにはクリエイティブの技術も求められる。アドビではその習得を支援する活動を展開。例えば2024年8月には、総務省の家計調査でラーメン消費額日本一の山形市とラーメン店の広報活動を支援するワークショップ「まちの広作室 in やまがた」を開催した。
「ラーメンというコンテンツには力がある。しかし、その魅力を十分に伝え切れていない。そこには、クリエイティビティが必要です。当社は『クリエイティビティの民主化』を合言葉に、クリエイティブに対して人々が思い描くハードルを下げることを使命に掲げています」
「まちの広作室 in やまがた」。「まちの広作室」はSNS向け画像・動画などの作成を支援するワークショップで、アドビでは2022年7月から全国各地で取り組み始める
1次情報はどんどん拡散する時代
伝わり方はシミュレーションを
共感を得るための手法として鈴木氏が着目するのは、ストーリーテリングである。情報として伝える内容に物語性を持たせるのが、ミソだ。
「切れ味の良い包丁の価値を伝えるとき、刃の素材や薄さを強調するより、それを作り上げた職人の思いや苦労に焦点を合わせた方がいい。製品に魂を吹き込むような物語を伝えることが、共感を生み、良好なコミュニケーションにつながります」
ただ、製品開発者が開発過程に潜む物語を自覚的に語れるとは限らない。その場合には、物語を発掘することも必要になる。「パソコンメーカーで広報を担当していた時には、技術的な課題をどう乗り越え、製品の完成に至ったか、開発担当者から引き出す形で物語を紡いだ経験があります」。
アーンドメディアを柱に据えていた時代、情報発信の効果を測定する手段はもっぱら取り上げられた記事の本数だった。しかし今の時代、企業広報による情報発信の瞬間から、2次情報、3次情報への広がりが、自然に始まる。効果を測定するうえで記事の本数だけにとらわれる必要はない。
鈴木氏がそれを実感したのは、今年2月、東京ビッグサイトで開催した「Adobe MAX Japan 2025」の場である。「ここで、動画生成AIのサービス提供の開始を打ち出したところ、参加する3000人からのクリエイターが大いに盛り上がり、2次情報、3次情報への広がりを確信しました」。
「Adobe MAX Japan 2025」は、アドビの最新テクノロジーやクリエイティブの未来を描く基調講演や第一線で活躍するクリエイターらによるセッションなどで構成される
記事の本数以上に気に掛けるべきは、情報の拡散によって多くの人の目に触れるか否か、情報の受け手に思い通りの伝わり方を期待できるか、という点だ。「もちろんコントロールはできませんが、シミュレーションはすべきです。それにはまず、各メディアに対する理解が不可欠です」。
企業広報に求められる立ち位置は、会社と社会の中間点。「メディアからは発信情報がこう受け止められると客観視できることが大事です」と鈴木氏は指摘する。
「これではウソを言っていると思われる」「これでは誤解を招きかねない」と、記者会見時のリスクを社内で厳しく指摘する役割も担いたい。企業広報には今、会社を俯瞰(ふかん)する力が必要なのである。