産業界と挑む「社会実装」─産総研が描くオープンイノベーション

Vol.2

スマートな
予防保全技術で
日本企業の競争力を世界へ

高度経済成長期に整備されたインフラの老朽化は、我が国における深刻な社会課題となっている。耐用年数の超過に起因する事故も相次いでいるが、全面的な更新には投資が必要だ。加えて、少子高齢化の進展により、維持管理を担う専門人材の不足も顕在化している。こうした状況を踏まえ、産業技術総合研究所(産総研)のレジリエントインフラ実装研究センターでは、インフラ老朽化リスクへの対応及び、新たなスマートインフラの実現を喫緊の課題と位置付け、先進技術を活用した予防保全やスマートインフラ技術の社会実装を推進している。

最新技術を活用した
スマートインフラの実現へ

2025年1月に埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故は、今なお完全復旧に至っていない。原因は下水道管の腐食とされる。日本国内のインフラの多くは高度経済成長期に整備されており、こうした耐用年数の超過に起因する事故が頻発している。加えて、日本は地震や台風・豪雨・土砂災害など、大規模な自然災害がいつどこで起きてもおかしくない災害大国だ。社会インフラにトラブルが起きてから対処する事後保全ではもはや立ち行かないことは明白であり、政府や産業界では事故を起こさないための予防保全への転換を図っている。

産総研レジリエントインフラ実装研究センターでは、レジリエンス社会の実現とそこに貢献する新たな産業の創出をミッションに、約60名の研究者が様々な課題の解決に取り組んでいる。研究センター長の石井順太郎氏は「従来の組織との最大の違いは、最初から社会実装を出口に据えている点」だと語る。

次世代インフラ技術の社会実装を目指すレジリエントインフラ実装研究センター
インフラのスマート保全・長寿命化によるレジリエントな社会の実現

「道路やトンネル、橋梁、電気・ガス・水道、鉄道や航空など、老朽化したインフラを更新するには莫大な費用がかかります。さらに、少子高齢化で建設・土木分野の専門技術者も減少しています。そこで私たちが取り組んでいるのは、最新技術を活用したスマート保全やスマートインフラの構築です。既存の老朽化対策技術にとどまらず、点検・検査診断などメンテナンスの省人化や、材料技術を駆使した設備の長寿命化などに資する技術の開発を目指しています」(石井氏)

石井 順太郎 氏

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
研究戦略本部
レジリエントインフラ実装研究センター
研究センター長
石井 順太郎

具体的な研究の1つが、X線技術を活用した鉄筋コンクリートの劣化診断だ。電柱などの鉄筋腐食を非破壊で検査できる技術だが、生活圏でX線を使う場合、装置の小型化や周辺への影響を抑える必要があり、それが課題だった。しかし現在では、特別な管理や作業資格がなくても現場で使える検査装置の開発が進んでおり、社会実装に近い段階にあるという。

「防災・除雪に関連した研究もあります。温度で滑性が変化する素材を使った滑雪剤を開発しました。これを屋根にコーティングすれば、気温が低下すると滑性が増して滑りやすい状態になり、積雪が自重で落下します。暖かくなると表面の状態が元に戻ります。北海道や福井県で実証実験を進めている他、鉄道車両や太陽光パネルへの応用も期待されています」(石井氏)

地中の水道管の危険度を
非破壊で見抜く

水道管の腐食リスクを評価する「UGV非破壊電気探査法」も、社会実装が近い技術の1つだ。2021年度の調査では、日本の全水道管の23%が耐用年数を超過している。30年後には70%に達する見込みだが、更新率はわずか0.6%にとどまる。各自治体は管内調査を実施し、危険度が高い水道管から交換する方針だが、スマート監視技術研究チームのチーム長である神宮司元治氏は「管内調査は地面を掘り起こして水道管を露出させるため、調査にかかるコストと手間が膨大」だと指摘する。

神宮司 元治 氏

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
研究戦略本部
レジリエントインフラ実装研究センター
スマート監視技術研究チーム
研究チーム長
神宮司 元治

そこで神宮司氏らが考案したのが、電気探査技術を応用した非破壊計測システムだ*。地盤調査や資源探査では、地中に電極を差し込んで電流を流す検査手法が使われているが、従来の手法ではアスファルトの舗装面を傷めることが課題だった。ブレイクスルーになったのは、ローラー式電極の開発だ。自動回転するローラーが転がりながら高周波電流を流すため、路面を傷つけずに地表からの計測が可能になった。

UGV(無人走行車両)に搭載した高周波交流電気探査装置を埋設配管に沿って移動させ、路面を傷つけずに地中へ電気を流し、土壌の状態から水道管の腐食リスクを調べる
調査の様子

「もう1つのブレイクスルーが、計測精度の向上です。夏場は路面が高温になるため発信機の精度が落ちるのですが、人工衛星の信号を使うことで検波の精度が向上しました。しかも、山間部や郊外だけでなく、電磁ノイズが多い都市部でも安定した計測ができます」(神宮司氏)

さらに計測作業の自動化のために、UGV(Unmanned Ground Vehicle:無人走行車両)を採用した。先頭車両に積んだ送信機が電流を流して電場を生成し、後続のローラー式電極が走行しながらデータを取得する仕組みで、1500〜2000メートルを約1時間で計測できる。電極の間隔を調整すれば計測深度を変えられ、水道管が埋設される深さ1.5メートル前後から最大20メートル程度まで対応可能だ。

路面上のローラー電極から地中に電気を流し、土壌の抵抗値を深さごとに測定する。複数の電極をUGVが引きながら走行するため、広範囲を効率よく調査できる
非破壊計測システム概要図

共同で技術開発を行った株式会社クボタは、過去50年以上にわたり鉄管の管体腐食調査及び土壌分析を実施した実績があり、全国で約6000件のデータを蓄積している。クボタの管路ソリューション推進部 技術第一課の西槙伸充氏は「当社のデータとAI(人工知能)技術に、産総研が保有する非破壊で土壌の比抵抗を測定できる技術を組み合わせることで、高精度な管路の老朽度診断と、効率的な管路更新の提案が期待されます」と話す。普及に向けては「比抵抗測定のさらなる精度向上や、測定コストの削減が重要」だと述べる。

技術を磨くにはフィールドでの実証が重要であることから、2017年の神奈川県横須賀市を筆頭に、これまで複数の都市で実証実験を行ってきた。今年度も複数の都市で計画が進んでいる。

その1つが大阪市だ。2025年5月に発生した水道管の漏水事故後の調査では、土壌の比抵抗値が低く、水道管がさびやすい環境だったことが判明した。大阪市水道局管路更新推進担当部長の中井正人氏は次のように期待を寄せる。「比抵抗の測定には、高周波交流電気探査装置が有効です。中でも、移動しながら測定する連続型の装置は、従来の停止型に比べて調査効率が高いものです。大規模な漏水事故の未然防止や、今後大阪市が進める管路更新のペースアップに一層効果を発揮し、水道インフラの強靭化(きょうじんか)、ひいては水道事業の持続性の向上にもつながると考えています」

公的研究機関に対する
信頼感を強みに
社会実装を推進

個々の技術の社会実装の先には、点検や検査、診断などを一体的に管理・運用する統合システムのパッケージ化を目指す。あらゆるセクターで省人化や自動化が求められている。その背景には担い手不足という課題があり、企業でも自治体でも事情は同じだという。石井氏は「関わる人を減らすだけではなく、人が効率よく関与できるようにAIやロボットを活用する。その最適化を図ることが日本の重要な課題」だと語る。もちろん新しい技術の社会実装には様々な障壁があるが、公的研究機関である産総研のデータには客観性や中立性があると理解されており、「そこが私たちの強みであり、特に技術の海外展開で重要なポイントになる」と石井氏は述べる。

インフラの老朽化は日本だけの問題ではなく、欧米やアジアでも早晩同じ課題に直面することだろう。課題先進国の日本にとって、次世代インフラ技術は重要な輸出産業になり得る。「UGV非破壊電気探査法」はシンガポールでの展開も見据え、2025年2月には現地でも実証実験を実施した。世界の水道ビジネスの激戦区ともいわれるシンガポールが認めた技術となれば、アジア・欧米市場への展開に弾みがつく。日本国内の課題解決で磨き上げた知見で世界に貢献することは、産総研という公共性を有する機関だからこその使命といえそうだ。

*研究開発及び実証実験は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 第3期「スマートインフラマネジメントシステムの構築」JPJ012187(国立研究開発法人 土木研究所)によって実施された。

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産総研とは

産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)は日本最大級の公的研究機関です。ミッションは「社会課題解決」と「日本の産業競争力強化」。全国12拠点での幅広い研究と、傘下の株式会社AIST Solutionsと一体で進める社会実装が強みです。「ともに挑む。つぎを創る。」をビジョンに、研究開発の総合力で経済・社会の発展を支えます。

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