サプライチェーンを取り巻く環境は複雑さを増している。可視化、レジリエンス、脱炭素対応、品質保証、規制対応。いずれも企業を超えたデータ連携なしには実現しにくい。
そこで富士榮氏が重要性を強調するのが「データスペース」だ。各社がデータ主権を保ったまま、共通ルールに基づいて安全に情報をやり取りする分散型の仕組みである。欧州では自動車業界のCatena-XやGaia-Xなどが先行し、日本でもIPA/DADCが推進するOpen Data Spacesが蓄電池、化学、自動車などの分野で採用されつつある。富士榮氏は、データスペースを特定分野の取り組みではなく、成長戦略17分野に共通するインフラ投資と位置付ける。
ただし、安全にデータをつなぐには信頼が重要だ。特定プラットフォームに依存すれば、ベンダーロックインや情報漏えい発生時のリスクも高まる。
「契約や法律は問題が起きた後の救済が中心である。AIエージェントが自律的にデータへアクセスする時代には、事前に契約したから安心という考え方だけでは追いつかない」と富士榮氏は訴える。
そこで鍵となるのが「検証可能な信頼」だ。相手の身元、データの真正性、やり取りの経路を実行時に技術で検証する。信頼を「約束通りに動くはずだ」と信じるものから、「その場で確認できるもの」へ転換する考え方である。
これは、国が推進してきたTrusted Webとも重なる。契約や特定の事業者に頼るのではなく、相手、データ、通信経路が正しいかを技術で確かめる発想だ。富士榮氏は、これをデータスペースに適用することで、実行時に信頼を組み立てるアーキテクチャが実現できると見る。
また、この発想はAIエージェント時代に一段と重要になる。AIやIoT機器は、人間とは比較にならない頻度で生成・消滅し、データにアクセスする。人が一件ずつ確認する運用ではボトルネックになりかねない。
そこで求められるのが、AIへの適切な権限委譲、すなわちデリゲーションだ。日常的な信頼判断は機械が実行時に検証し、人間はルール設計、責任分担、例外対応に集中する。富士榮氏はこれを、ガバナンスの「置き換え」ではなく「再配置」と表現する。
「技術で確かめられる範囲を最大化し、残ったリスクをガバナンスでカバーする。日常の信頼判断は機械が担い、人は責任や例外処理に集中する。そうした設計に変えていくことが重要だ」(富士榮氏)
企業にとって、信頼できるデータスペースは単なるIT基盤ではない。データ主権を守りながら、サプライチェーン全体でデータを活用するための戦略投資だ。だからこそ、データ連携の設計段階から、実行時に検証できる仕組みを組み込む必要がある。
富士榮氏は、データ戦略を「契約」ではなく「技術」で語る重要性を強調し、「AIエージェントが企業間を行き来する時代には、信頼をあらかじめ固定するのではなく、実行時に検証し続ける仕組みが欠かせない。信頼を技術で組み立てることが、次のサプライチェーン競争力を左右する」と述べ、講演を締めくくった。





