望まれる日本コンテンツIP商社の誕生

サステナビリティ情報開示が新たな局面を迎えている。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)による策定基準の世界的な普及に伴い、日本でも2027年3月期の有価証券報告書から、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準に基づく開示が義務化される。制度対応にとどまらず、開示を企業価値向上につなげるためのポイントとは。本セミナーでは、開示・保証の実務とともに、サステナビリティを経営戦略に生かすための視点が示された。

開会挨拶

久保田 氏
PwC Japanグループ
代表
久保田 正崇 氏

開会挨拶に立ったPwC Japanグループ代表の久保田正崇氏は、気候変動、テクノロジー・ディスラプション、人口動態の変化、世界の分断化、社会の不安定化という5つのメガトレンドを紹介し、これらが企業経営を取り巻く環境を大きく変化させていると述べた。とくに、気候変動については、既に社会インフラや人々の生活に影響が及んでいるとし「既存の社会システムがその変化のスピードに追いついていません」と指摘。こうした環境変化を踏まえ、従来の前提にとらわれない企業変革の必要性を訴えた。

企業が変革を進めるには、社会の納得や安心感を得ながら取り組むこと、すなわち「信頼」が不可欠だと久保田氏は説く。「信頼とは、説明責任・ガバナンス・透明性によって実現するものであり、それを支えるのが『開示』です。開示は単なる情報提供ではなく、信頼ある変革を実現するための基盤なのです」と、企業変革における開示の重要性を強調した。 続いて、企業のサステナビリティ対応の変遷にも言及。1990年代の環境会計、2000年代の環境報告、2010年代の統合報告・マテリアリティを経て、2020年代は開示を起点とした変革(SX:サステナビリティ・トランスフォーメーション)を実行する時代に入ったと説明。その上で、開示のみでも、戦略のみでも十分ではなく、SSBJ基準への対応を通じて、経営戦略とサステナビリティ情報開示を一体的にとらえ推進していく必要があると訴えた。 最後に久保田氏は本セミナーが、自社の経営戦略と開示の在り方を見直し、企業変革につなげる契機となることへの期待を示した。そして、サステナビリティへの対応を経営戦略と一体的に推進することが、企業の信頼構築や経営変革、さらには企業価値向上につながるとの考えを述べ、講演を締めくくった。

サステナビリティ開示基準の
最新動向と今後の動き

小森 氏
PwC Japan有限責任監査法人
ディレクター
中村 良佑 氏
中村 氏
IFRS財団
国際サステナビリティ基準審議会(ISSB) 理事
小森 博司 氏

続くセッションの冒頭で、PwC Japan有限責任監査法人の中村良佑氏は、日本企業向けサステナビリティ開示基準であるSSBJが、国際基準であるISSB基準を基礎として作成されていることを明示し「今後、時価総額3兆円以上、1兆円以上、5000億円以上の企業へと段階的に適用が広がる見込みですが、5000億円以下の企業であっても取引先のScope 3算定などにより対応を迫られる場面が想定される可能性があるため、どの企業も無関係とは言えない状況にあります」と、現在の時価総額にかかわらず幅広い企業が開示に関心を持つべき理由を示した。その上で、SSBJの実務上の最も大きな難所の一つは「自社にとってのサステナビリティ関連のリスクと機会を識別し、それが財務にどのような影響を与えるかを評価する点」であると指摘。財務情報とサステナビリティ情報を結びつけるカギは財務的影響の把握にあると説明した。

続いてIFRS財団、ISSBの小森博司氏は「米国や欧州では揺り戻しの動きも見られますが、欧州大手企業はすでに高度な開示を進めており、日本企業も同等の説明を求められることになります」と、グローバルな視点からサステナビリティ対応の必要性を述べた。

ISSBが気候変動に続いて検討しているネイチャー(自然)について、独立した基準の策定を見送ったことが一部で「優先度を下げた」と受け止められたことに対し、小森氏は「誤解」であると説明。「実務記述書」という自由度の高い器を活用して26年10月のCOP17で公表できる見通しだと明かした。

終盤で中村氏が、26年9月で小森氏がISSB理事の任期を終えることに触れると、小森氏はこれまでの活動への感謝の意を述べた後、「日本企業の開示は、定量的な数値データの精緻さや正確さにおいては世界トップレベルですが、その意義や成果の伝え方についてはまだ改善の余地があります。投資家が見たいのは、データとその背景にある意思決定のプロセスです。開示の目的や、誰に向けたものなのかを十分に社内で議論の上、本質的な開示につなげてください」と参加者にエールを送った。

先行企業に聞く、SSBJ対応実践の勘所
─これまでの1年も踏まえて─

山﨑 氏
キリンホールディングス
財務戦略部 開示統括室長
山﨑 大護 氏
長沼 氏
ENEOSホールディングス
サステナビリティ推進室長
長沼 亨 氏
髙梨 氏
PwCコンサルティング
パートナー
髙梨 智範 氏

SSBJ対応は従来の任意開示とは異なり、財務的影響の特定や第三者保証、取締役会承認などのガバナンスプロセスが求められる。こうした背景から「開示は事業部門や経営層を巻き込んだ全社的な取り組みになります」とPwCコンサルティングの髙梨智範氏が指摘。「重要なリスク・機会の特定」と「プロセス・システム構築」をテーマに議論を進めた。

まず「重要なリスク・機会の特定」についてキリンホールディングスの山﨑大護氏は、同社では開示対応を機に新たなマテリアリティやKPIを設定するのではなく、従来から取り組んできたCSV経営の成長ストーリーを、いかにSSBJの開示フレームワークに位置づけるかという視点で整理したと説明した。その結果、「環境」「人的資本・人権」「健康」などのテーマごとに担当役員をオーナーとし、権限と責任を持ってもらった。事業会社の実務担当者向け説明会を継続的に開催し、現場の理解醸成と正確なデータ収集体制の構築を進めた。当初は複数部署から成るプロジェクト体制で進めてきたが、取り組みの恒久化に向けて、財務戦略部に「開示統括室」を新設。山﨑氏は「トップのサステナビリティに対する強いコミットメントの下で、社内の合意形成を進めました」と振り返った。

長沼 氏
ENEOSホールディングス
サステナビリティ推進室長
長沼 亨 氏
髙梨 氏
PwCコンサルティング
パートナー
髙梨 智範 氏

一方、ENEOSホールディングスについて、同社の長沼亨氏は「500社・SASBが示す30業種を超える対象範囲の膨大さ」が最大の課題と説明。サステナビリティ推進室が作成したリスク・機会のロングリストを、関係部署や主要事業会社との協議を重ねて絞り込むとともに、グループ各社への実態調査によってデータ収集の実現性を検証している。従来のサステナビリティ経営にて用いているダブルマテリアリティとは異なる、SSBJが求めるシングルマテリアリティの整理にあたっては、「『マテリアリティとは何か』という基本的な議論をするなど、関係者間で腹落ちしながら進めています」と語った。続いて「プロセス・システム構築」について、長沼氏は「単にSSBJ対応のためだけのシステムは導入しない」というENEOSホールディングスの方針を紹介。開示対応にとどまらず、経営判断やモニタリングにも活用できるデータプラットフォームの構築を目指しているとした。一方、山﨑氏はキリンホールディングスがトップダウン体制の下「フィット・トゥ・スタンダード」の方針を徹底し、各拠点やグループ会社の業務をシステムに合わせる形で運用の標準化を実施したと説明。さらに、保証人にシステムへの直接アクセス権を付与し、データ確認の一元化と、証跡確認のシンプルなプロセスにより、保証取得を実現したことを紹介した。

最後に長沼氏は「SSBJ対応を通じて会社をどう変えたいかという担当者自身のパッションが重要です」と強調。山﨑氏も「せっかく開示に取り組むのなら、自社を変革するチャンスととらえて前向きに挑戦してほしいと思います」と呼びかけ、制度対応を企業価値向上につなげる姿勢の重要性を参加者へ伝えた。