2024年5月17日、ニューロダイバーシティ&インクルージョン・フォーラム「脳の特性と多様性を活かす新たな成長戦略へ」が開催された。当事者の権利や価値観・能力の尊重という視点に加えて、イノベーション創出や少子高齢化対策、企業価値向上、競争力強化の観点からダイバーシティ経営の面でも注目が高まっている。本フォーラムではニューロダイバーシティに関わる様々な立場から、推進の意義や現状、企業の先行事例などが語られた。
基調講演1 ニューロダイバーシティの推進による企業価値向上
経済産業省
経済産業政策局経済社会政策室室長補佐
村山 恵子氏

人的資本経営が重視される中、経済産業省ではイノベーションにつながる重要な要素の一つとしてダイバーシティ経営に着目し、企業への普及に向けた取組を行っている。ダイバーシティ経営を実現する上で重要なのは、誰もが職場で受け入れられ、自分らしさを発揮できているインクルージョンであり、ニューロダイバーシティもこのインクルージョンの取組だ。
企業がニューロダイバーシティに取り組む意義としては、未開拓人材の新規採用、個々が特性を発揮できる環境整備、イノベーション創出や生産性向上につながる組織構築などが挙げられる。そもそも発達障害など障害の有無にかかわらず、職場の一人ひとりは多様であり、そうした人材を活かすことはダイバーシティ経営を実現する上で極めて重要だ。
ニューロダイバーシティが注目されるきっかけとなったのは、海外企業における取組である。発達障害を持つ人材を積極的に採用し、成果を上げる企業が現れている。特に取組が進むIT企業をはじめ、金融、製造、医療分野などでも同様の事例が出ている。最近では、国内企業でも活躍を引き出した事例が登場した。
先進企業の取組から共通項を抽出し、方法論を整理したところ、取組開始前の社内合意、体制・計画作り、採用における工夫、受け入れ、そして定着・キャリア開発で参考になる事例が多かった。また、イノベーションや生産性につながる要因を定量分析した結果、心理的安全性の確保、業務に習熟しやすい環境整備、働きやすい物理的環境の整備が重要であることが分かった。ニューロダイバーシティの取組を行う際は、これらのポイントを意識してほしい。
基調講演2 ニューロダイバーシティ人材の実像
昭和大学特任教授
岩波 明氏

発達障害については多くの誤解がある。そもそも発達障害という病気があるわけではなく、自閉症スペクトラム障害(ASD)、注意欠如・多動性障害(ADHD)など様々な疾患の総称だ。また、成人になってから発症するものではなく、多くは子供の頃から特性を持っているため、確定診断には小児期の症状確認が必要である。さらには、成人期の発達障害では、通常は知的障害を伴わない。
ASDは対人関係や社会性の障害と、特定のものに対するこだわりがある。例えば、マニアックな収集癖や一日の行動における厳格な順序を持つケースが多く見られる。一方、ADHDは多動性、衝動性、不注意、ケアレスミスが特徴で、貧乏ゆすりや常に何かをしていないと落ち着かないといった症状が多い。同時にASDやADHDは相手の話をしっかり理解できる人が多く、重症の精神疾患とは異なる。そうした特性を本人や周囲が理解し、不得意な状況への対処を個別に検討していくことが発達障害の治療指針となる。
とかく、発達障害というと、ASDが注目されがちだが、数としてはADHDの方が圧倒的に多いのが現状だ。ADHDの症状については、計画性がないのは柔軟と解釈することもできる。創造性とは、大胆で柔軟な発想と、マインドワンダリング、過剰なまでの実行力が必要だが、ADHDには、マインドワンダリングが多いことをわれわれは研究で示している。
例えば、ニューロダイバーシティ人材の例として、国立大学理学部大学院を卒業し、大手証券会社に入社した人がいる。業務遂行能力が高いもののオーバーワークになり、休職を繰り返すことになった。小児期から対人関係が苦手で、衝動性や不注意があったという。ASDとADHDの併存と診断し、適切な薬物療法を行ったところ症状が落ち着き、能力を発揮して重要プロジェクトの責任者として活躍するまでになった。ただし、調整は苦手なため、第一の責任者からは外してもらい、独自の突破力を活かせる仕事を担当している。
歴史上の人物でも、明治維新の立役者の大村益次郞という方はASDで、葛飾北斎はADHDだったのではないかといわれている。
ビデオメッセージ ニューロダイバーシティ&インクルージョン・フォーラムに寄せて
The Valuable 500創設者
キャロライン・ケイシー氏

The Valuable 500(以下、V500)は2019年に発足した世界的ネットワーク組織だ。世界で最も影響力のある500企業がビジネスを通じて障害者排除をなくすために協力しており、日本からも50社以上が名を連ねる。
現在、全世界で13億人の障害を持つ人々が暮らし、その周囲も含めると、障害者排除の影響は全人口の55%以上にも及ぶ。この排除の克服にはビジネスの力が不可欠だ。インクルーシブなビジネスの創造と維持にはインクルーシブなリーダーシップが必要であり、それは、企業のトップが参加するV500の力でもある。
これまで世界中の障害者はビジネスの傍観者にされてきたが、それは変わりつつある。産業界は今、革新性、洞察力、創造性という未踏の巨大な可能性をようやく認識し始めた。障害は新たなイノベーションに向けた洞察を得る素晴らしい機会だ。ビジネスにおける障害者インクルージョンは、慈善活動や特別なことではない。バリューチェーンとサプライチェーンの全機能にわたりインクルージョンを実現することで、競争優位性がもたらされる。
ビジネスにおいて最善の取り組み方を見極める際、最も重要なのは学び合うことだ。V500は企業が互いに学び、共有し、一緒に革新し、一緒に失敗し、そして一緒に成功する機会を提供する。
2025年12月、世界から東京に500人のCEOが集まり、「包摂的なリーダーシップ」「包摂的な報告」「包摂的な代表」の3つの集団アクションプランについて報告し合う「SYNC25」を開催する。これは世界初の試みであり、とても楽しみにしている。
国際状況紹介 ニューロダイバーシティの国際動向と社会的意義
野村総合研究所
メドテックコンサルティング部 グループマネージャー
高田 篤史氏

ニューロダイバーシティは言葉の通りNeuro(脳・神経)とDiversity(多様性)を組み合わせた造語で、「神経多様性」を意味する。これは脳・神経及びそれに由来する個人レベルの特性の違いを多様性として尊重し、その違いを社会に活かしていく考え方だ。
発達障害であるかどうかにかかわらず、誰もが脳や神経には異なる部分があり、物の捉え方や感じ方、反応の仕方もそれぞれである。この多様性を意識して、個人が居心地の良い環境で活躍でき、結果的に社会全体が幸福になるというのが本質的な部分だと考える。
ニューロダイバーシティに取り組む社会的意義は、企業としての社会的責任は当然のこととして、未開拓の才能ある人材を獲得する必要性が挙げられる。また、ニューロダイバーシティ人材にとって働きやすい場所をつくることが、組織全体の底力や生産性向上、イノベーション創出につながるという点も重要だ。
実態として、ASD診断を受けた人の6割、ADHD診断を受けた人の8割が、障害者雇用枠ではなく、一般雇用枠で働いている。十分な配慮がなされていないであろう一般雇用枠の障害者がインクルーシブな状況で働けるようサポートする必要があると考えられる。実際に、一般雇用枠でサポートがある場合は、ない場合に比べ生産性が34ポイント高いという調査結果が出ている。上司や同僚などに発達障害であると伝えている人は生産性が高い傾向があり、職場の心理的安全性も求められる。
こうした取り組みに力を入れることでダイバーシティが浸透したインクルーシブでイノベーティブな組織は、競争優位性が高まり、かつ模倣もしづらい。ニューロダイバーシティの取り組みは、当事者の働きやすさや活躍推進はもちろん、企業の成長にも寄与すると考えることが重要なのではないか。
先行事例研究1 多様な可能性を活かす採用のキモ
Kaien
就労支援事業部 法人サービス担当ゼネラルマネージャー
大野 順平氏

ニューロダイバーシティ推進で最大の壁となるのは社内理解だと言える。一般雇用枠・障害者雇用枠にかかわらず、一人ひとりが持つ強みを活かす採用のマッチングを実現するためには、「発達障害」「ニューロダイバーシティ」といった紋切り型の概念の浸透を目指すのではなく、具体的な「固有名詞」が伴う議論にすることが重要だ。
社内の壁をなくすポイントは、プロジェクトリーダーが少人数で顔が見える関係性を築き、熱意を持って粘り強く対話を繰り返すこと、ニューロダイバーシティに対して当事者意識を持つ機会をつくること、そして発達障害人材と受け入れ部署の担当者が実際に会う機会をつくることだ。
多様な人材を活かすには、最初に当事者の自己理解、続いてジョブマッチング、そして雇用後の環境整備が必要だ。課題となるのはジョブマッチングと環境整備で、強みを活かせる仕事に就けなければ経済的価値につなげられない。日本では障害者雇用の職種が限られるため、その枠で強みを活かせる仕事を見つけるのは難しい。一般枠で障害特性を開示しないまま就労し、環境に適応できず心に傷を負うケースが多くある。
この課題に対し、多様な人材の才能を活かす取り組みを行うオムロンでは、例えばASDの診断を受けた方がソフトウェアプログラマーとして活躍している。オムロンでは、まず職務定義をしっかり行い、業務内容と必要なスキルセットを明確化した。採用プロセスでは技術者が早い段階から求職者の技術力を見極め、埋もれた才能を見つけ出した。就労準備や雇用環境整備では、特性理解や本人に努力を求める範囲の判断に専門家の知見を借りた。様々な視点からこうした事例を参考にしてほしい。
オムロン
グローバル人財総務本部 企画室障がい者雇用システムアドバイザー
宮地 功氏
「オムロンは以前から障害者雇用を推進してきたが、そのほとんどが身体障害者で、精神障害・発達障害の方の雇用拡大に課題を感じていた。ニューロダイバーシティの推進で、障害者と一緒に働く上司や同僚が成長し、組織風土とマネジメントが変化し、グループの採用方式が広がった。これからもチームでカバーし合うという業務上の課題と、人事制度や職場風土の変革といった課題に取り組んでいく」
パネルディスカッション DEIの基本に立ち返り、ニューロダイバーシティを考える
三井住友トラスト・ホールディングス
執行役員 人事部長 兼
三井住友信託銀行 執行役員 人事部長
米沢 奈津彦氏

アインホールディングス
取締役 人事本部長
木明 理絵子氏

――ニューロダイバーシティにつながる取り組みとして、障害者雇用の現状を聞かせてほしい。
木明氏 アインHDでは、障害者雇用の従業員を、希望の象徴として「オリーブスタッフ」と呼んでいる。2024年5月1日時点で259人が在籍し、うち59.8%が精神障害を持っている。ようやく法定雇用率に届いている状況だが、ここまでハローワークとの連携強化など接点拡大を進め、定着支援の専任者も2人から8人へと増員した。全部署と連携し、業務整理も行っている。様々な機関・組織との連携はやはり重要で、それに加えて社内で理解を得る取り組みも必要だ。例えば、社員には、受け入れ研修や共に長く働くための研修を実施している。
採用では、面接時に障害の特性を本人が理解できているかを必ず聞くように徹底し、実習とその振り返りも必ず行っている。振り返りに際しては、スピードではなく業務を正確にこなせるかどうかを見ている。
入社後は、半年は少なくとも月に1度の定期面談を実施し、かついつでも相談可能な窓口も設置している。一般のお客様とも接する店頭の小売業務では、本人希望でヘルプマーク着用も行っている。
米沢氏 三井住友信託銀行では300人を超える障害者が活躍しているが、これまでは多くが身体障害を持つ方だった。2022年4月から知的・精神障害、発達障害の方の雇用拡大に向け取り組みを始めた。現時点で14人がアソシエイト社員として、社内公募の3人の管理者と共に従事している。
採用の際は、自己理解と会社に求める合理的配慮の確認、そして相互理解に重点を置き、本人の能力・興味・関心と業務適性の見極めにも注力している。さらに専任スタッフ育成、外部機関との連携、定着支援も実施してきた。現状、ここまで入社した14人から退職者は一人も出ず、ディー・アイ・ラボという拠点から都内各オフィスに出張し、14人全員で行う業務に加えてそれぞれが得意とする業務にも取り組んでいる。
各人の特性・能力を見ながら業務範囲を順次広げており、このほど大阪に第2拠点を立ち上げてさらなる雇用の拡大に乗り出した。担当部署は人事部で、障害者だけでなく、1万5000人の社員全員がそれぞれの持ち味を活かせる環境整備が必要だとの気づきにもつながっている。





