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「JAPAN AS NO.1」はまぼろしだったのか? 高度成長期を振り返れば、復活のカギが見える
石黒不二代のビジネス心得 新3箇条 (1)

シリコンバレーから帰国し、ネットイヤーグループを率いて8年でマザーズ上場。ウーマン・オブ・ザ・イヤー2009 リーダー部門1位。その石黒不二代氏が今、日本のビジネスパーソンに感じているのは危機感と可能性の両方だという。
日本経済の「原状回復」はない。変革を選ぼう

ネットイヤーグループ代表取締役兼CEO。スタンフォード大学にてMBA取得後、シリコンバレーにてハイテク系コンサルティング会社を設立し、日米間の技術移転等に従事。2000年よりネットイヤーグループ代表取締役として、ウェブを中核に据えたマーケティングを支援し独自のブランドを確立。
日本のビジネスパーソンを取り巻く環境は、今後どう変化していくのか。まず、日本の景気は2010年以降、大きく回復すると石黒氏は見ている。ただし、それは「失われた10年」の前に戻るという意味での回復ではない。日本は新しい道を切り開く必要がある。そのために、ビジネスパーソンには変革が求められる、というのが石黒氏の主張だ。
景気回復については、アメリカでインテルをはじめ半導体大手の業績が上向いており、アップル、グーグル、アマゾンなどのハイテク企業も軒並み好調なのが明るい材料だ。「グローバル経済の中で、アメリカの回復が日本へ波及するといわれています」(石黒氏)。
一方で「日本は低成長時代に入った」という意見を、石黒氏は否定する。低成長の要因とされるのは少子高齢化だ。労働人口は減り、消費市場もしぼむ。しかし、それは内需に限った話で、国外へ目を向ければ中国、インドをはじめ、急成長を続ける新興国市場がある。「本当の問題は、『低成長時代だ』などと簡単に“あきらめムード”になってしまうビジネスパーソンのマインドにあるのです」と石黒氏は指摘する。これが必要な変革の1つ目だ。

「本当は日本経済にはもっとポテンシャルがあります。ところが、ビジネスパーソンや企業のマインドがネガティブになっているために、そのポテンシャルが発揮されていない面があるのです。これからの5年、10年で成長を描くには、まずマインドを変えるところからスタートする必要があります」(石黒氏)。
内向は退行なり。新しい道は自ら切り開くもの
2つめの変革は、外へ向かう積極性や冒険心を取り戻すことだ。前述のアップルやグーグル、アマゾンがまさに代表例だが、ハイテクはハードウエアからソフトウエア、そしてサービスへと広がってきている。日本はハードウエアで強みを発揮しているものの、ソフトウエアやサービスでは存在感がない。日本で多くのユーザーを獲得できている場合でも、はじめから国内だけをターゲットとしており、日本語版以外は用意されていないことが多い。日本のビジネスパーソンの内向き志向を象徴する一例といえる。「アメリカで私が出会った多くのエンジニアと比較しても、日本には優秀な人材がたくさんいるんです。それだけに、海外で成功する日本のソフトウエアやサービスが出て来ないのは本当に残念です」(石黒氏)。
高度成長期に、日本の企業が何をしていたか思い出すべきだと石黒氏はいう。決して内需に頼っていたわけではない。たくさんのメーカーや商社が冒険心を持って、積極的に外へと、未知の世界へと挑んだ。その冒険心こそが、日本を成長させる原動力だったのではないか。「先を行く人はなく、自分の通った後に初めて道ができる。そういう、何のロールモデルもない中を、かつて日本のビジネスパーソンは進み、どんどん新しい市場を開拓して、Japan as No.1と言われるまでになったのです」(石黒氏)。

ところが、この高度成長期に、多くの日本人は間違ったロールモデルを信じるようになってしまった。塾に通い、一流大学を出て、大企業に就職する。豊かになった日本には何となく市場があり、何となくそこでビジネスをしていれば、何となく生きていける。終身雇用で会社に囲い込まれ、その外へ出て行くという発想がなく、決められた範囲の中でがんばっていればよかった。「しかし、バブル崩壊後の『失われた10年』、そしてリーマン・ショック以降の『世界同時不況』で、日本でも多くのリストラが行われました。そのことからも、当時のロールモデルはすでに通用しなくなってきているのではないでしょうか」(石黒氏)。環境が変わった以上、「何となく」古いロールモデルに安住し続けることこそ危険なのだ。
現代のビジネスパーソンが高度成長期の日本に学ぶべきは、未知の領域へ踏み出し、新しい市場を開拓する冒険心なのだ。日本の経済回復は、失われた10年の前に戻る「原状回復」ではなく、再び新しい道を造り出すことで成し遂げられるのである。
オフィスでは、なぜ製造現場ほど改善が進まないのか
ところが、オフィスワーカーの生産性となると、対照的にかなり低い水準にあると石黒氏は指摘する。この点は逆に海外から学ぶべき面が大きいのではないか。「オフィスワーカーの生産性をマキシマイズしよう、という発想自体が、日本では欠けています。たとえば、アメリカでは成果主義が徹底していますし、オフィスワーカーにROIを求めたり、BIシステム(業務データ分析システム)の新しい活用にトライしたりしますが、日本ではなかなか見られません。欧米のやり方が何もかもいいというわけではありませんが、あまりに取り入れられていません」(石黒氏)。

しかし、逆に考えれば、今まで手つかずだった領域だけに、改善すればのびしろは大きいともいえる。「ネットイヤーグループでも、トライアンドエラーで人事制度を改善するなどしています。そこで気づいたのは、評価の指標を変えるだけで、多くの社員を動かすことができるということです。積極的にトライしてみるべきでしょう」(石黒氏)。営業からマーケティング、販売まで、従業員に占めるオフィスワーカーの割合は大きい。さまざまな取り組みやツールを通じ、一人ひとりのビジネスパーソンの働き方を効率化していくことができれば、企業のみならず、社会全体、そして日本全体ではとてつもない競争力が生み出されるはずだ。
強い日本復活への道筋

1996年に発売された初代レッツノートと同じB5サイズのボディは、レッツノートでもっともコンパクトかつ軽量。小さめのバッグにも入るため、女性からの人気も高い。
多忙を極める石黒氏は、モバイルパソコンが手放せない。5台のレッツノートを乗り継ぎながら、10年以上も愛用し続けている。初めて手にしたのは、スタンフォード大学でMBAを取得後、シリコンバレーでコンサルティング会社を経営していた1996年。発売されたばかりのレッツノートを持って現地のカフェに行くと、多くのエンジニアが自然に集まってきて、人だかりができたという。「レッツノートを持っていると話題になって、私は人気者になれたんです(笑)。その当時、私はコンサルタントとして、パナソニックさんに『絶対にアメリカでも流行ります』と発売を強く勧めたほどです」(石黒氏)。
石黒氏の専門領域であるハイテクに限らず、他の分野も含め、日本経済がそのポテンシャルを生かし切れていないことは確かだろう。悲観的なマインドを改める、冒険心を持つ、そしてオフィスワークを効率化する。ビジネスパーソンがこの3つの変革を実践すれば、強い日本を、高度成長期とはまた違った姿で復活させることができるに違いない。





