フェルディナント・ヤマグチ氏、「ターミネーター」の世界でクボタの「水道管」と「2000種のエンジン」の秘密に迫る。

飯田 聡氏 フェルディナント・ヤマグチ氏 写真
  • コラムニスト フェルディナント・ヤマグチ氏
  • 株式会社クボタ 代表取締役 副社長 執行役員 久保 俊裕氏

2017年1月、フェルディナント・ヤマグチ氏(以下、フェル氏)は、クボタの新製品展示会へと潜入した。
それまでフェル氏にとって、クボタといえば80年代に放送されていた田植機のCMソング「だって私はクボタだもーん♪」。つまりクボタ=農業機械というイメージだった。
が、そのときの取材で、クボタは農機以外に水・環境に関する事業を広く展開している。という事実を知る。ならば「この目で確かめねば」と今回向かったのが、クボタの創業事業である水道管を製造する、兵庫県は尼崎市の海岸沿いに位置する阪神工場。工場前で出迎えてくれたクボタ代表取締役副社長執行役員、久保俊裕氏と共に向かった先には、予想以上にハードボイルドな世界が待っていた……。

Profile

久保 俊裕

クボタ代表取締役副社長執行役員。1979年、久保田鉄工(現クボタ)に入社し、鉄管研究部に配属。以後、28年間、鉄管事業部門に在籍。その後、水・環境インフラ部門や本社部門を経て、現職。日本ダクタイル鉄管協会会長。

Profile

フェルディナント・ヤマグチ

自動車評論家、コラムニスト。一般企業に勤める傍ら、自動車に関するコラムなどを執筆し人気を博している。講演やテレビ・ラジオなど様々なメディアで活躍中。著書に『仕事がうまくいく7つの鉄則 マツダのクルマはなぜ売れる?』(日経BP社)など

「伝染病から人を救う」──その一心で、国産初の水道管が生まれた

阪神工場の武庫川事業所で溶解された金属は、鋳造工程に運ばれ、金枠に流し込まれる。その温度はなんと1300度以上

「ターミネーター」的、ハードボイルドな現場になぜか馴染んでしまうフェル氏。世紀末的モードを醸し出しつつ、実際のマスク内は汗ダク状態……

――ゴー! ガー! (水道管の原料を溶解するキュポラ、鋳造工程で、飛び散る火花に圧倒されるフェル氏)

フェル: こ、これは。のどかな農機のCMとは真逆。むしろ、映画『ターミネーター2』の世界ですね。まさに「Hasta la vista, Baby!」(アスタ・ラビスタ・ベイビー! また会おうぜベイビー!)。

久保: いやいや、フェルさん、まだまだ取材が始まったばかりですから、帰っていただいては困ります(笑)。

フェル: やや。これは失礼。この迫力に、圧倒されてしまいつい……。これがキュポラですか。映画に絡めてばかりで恐縮ですが、キュポラというと、映画『キューポラのある街』の若き日の吉永小百合さんが思い出されます。

しかしここは、熱気あふれる仕事場。フェルマスクの中はすでに汗ダクです。さて、久保副社長は28年間、鉄管部門に在籍されていたと伺いました。鉄管というのは、水道管のことですね。クボタはいつから水道管事業を?

久保: 実は当社の歴史は、約130年前、創業者・久保田権四郎が鋳物メーカーを立ち上げ、国内で初めて水道管(鋳鉄管)の開発に成功したことからスタートします。

明治初期、コレラなどの伝染病が日本の都市部で発生しましてね。衛生的な水供給のために水道普及が進められたものの、当時の日本には水道管(鋳鉄管)の製造技術がなく、輸入製品に頼るしかない。多くの日本企業が水道管の製造に挑戦しては撤退していく状況でした。

フェル: そこで漢気ある権四郎さんが立ち上がったと。

久保: ええ。「まん延する伝染病から人々を救いたい」という一心で、「外国人にできることが、日本人にできぬはずがない」と、長い年月をかけ、1893年、ついに国産初の水道管開発に成功します。

フェル: 水道管を事業化するのは非常に難しいということですね。具体的にはどの辺が難しいのでしょう。

久保: 鋳造技術の基本は、①型をつくり、②金属を溶融、③型に流し込み、④冷やして固め、⑤目的の形状をつくるというもの。そのためには、素材である鋳鉄の強度(壊れにくさ)と粘性(作業のしやすさ)とを両立させなければいけません。しかし、強くて加工しやすいというのは、そもそも矛盾していますよね。その矛盾を克服し、自在に水道管をつくるには、原料の選択から溶湯(溶かした金属)の温度、鋳込み(流し込み)のタイミング、冷やすスピードなど、様々なノウハウが必要でして、その研究、技術の蓄積に多くの年月が費やされたわけです。

フェル: 今はオートメーションで、当時のつくり方は過去の技術という感じですか?

久保: いえいえ。伝統的な鋳造技術は、現在も異形管といわれるカーブした水道管の製造に生かされています。その一方で、試行錯誤を重ね、遠心力鋳造法を編み出し、大型の真っすぐな水道管を安定的に生産できるようになりました。1953年には、耐食性と強靭(きょうじん)さを兼ね備えた水道用ダクタイル鉄管を国内で初めて生産をスタートします。

現在、この阪神工場では、武庫川事業所で口径75~2600mmの直管、尼崎事業所では形状が複雑な異形管などを手掛け、世界トップレベルの生産規模となっています。

フェル: 昔からの鋳物技術が今の製造に生かされ、それが世界トップレベルの規模というのもすごい話ですね。

金枠に溶鉄を流し込み、遠心力の作用で均質なダクタイル鉄管を鋳造する

~尼崎事業所~ 100年間受け継がれる匠の技

尼崎事業所で、貯水槽に使用される製造途中の巨大な異形管から顔を出すフェル氏。今も異形管、貯水槽は、製品と同じ形をした空間を砂型でつくり、溶鉄を流し込む伝統的な手法によって製造する。砂の固め方などにも“匠(たくみ)のワザ”あり

1917年に開設され、100年もの歴史ある尼崎事業所の匠たち。「100年の歴史をしっかりと次の100年につなげていきたい」と語る職長。綿々と引き継がれる鋳物技術が様々な形で私たちの生活を支えている

上水から下水まで手掛ける水関連総合メーカー

久保: また、千葉県の船橋市にある京葉工場は、世界で唯一の長さ9mの中・大口径の直管の生産拠点として、中近東を中心に世界中に納入しています。近年では、日本同様、地震の多いアメリカ西海岸のロサンゼルスなどで、当社の耐震管の性能が評価され、現地で採用されています。

さらに、現在、グローバルな事業展開として、積極的に推進しているのが、ミャンマーの大規模工業団地での上下水道設備の建設、バングラディシュにおける上下水道整備など、新興国での水インフラ事業です。

フェル: え、上水道だけでなく、下水道もやっていらっしゃるんですか。

久保: はい。実は、当社では水を供給するだけでなく、環境に配慮し、汚水を処理して安全に自然に還(かえ)すまで、水の流れのあらゆる工程をサポートする世界トップレベルのメーカーなんですよ。

上水から下水まで手掛けるクボタの水インフラ事業

上水から下水まで手掛けるクボタの水インフラ事業

日本を支えた水インフラ技術で世界を支える

  • アメリカ オレゴン州 100年以上の長寿命をほこる耐震形ダクタイル鉄管
  • ミャンマー ティラワ ミャンマー初の経済特区に上下水処理施設
  • アメリカ オハイオ州 北米最大規模の水再生処理施設
  • カタール 世界最大規模の約500kmにわたる送水管
  • オマーン 中東地域最大規模の下水処理施設向け膜処理装置

日本の公共上下水のインフラ整備を進めてきたノウハウ、技術を生かし、欧州をはじめ、アジアや中東での納入実績、さらに米国カントン市にも北米水環境研究所を設置するなど、水質規制強化が進む先進国でも、水総合関連メーカーとして高い評価を獲得している

鋳物の技術から生まれた2000種類もの高性能エンジン

耐震型ダクタイル鉄管GENEXシリーズ。継手に伸縮、屈曲、離脱防止機能を有しており、地震などで地盤が動いても、管路は鎖のように地盤の動きに追随。地震の多い国で追求し続けてきた性能の高さが、世界からも注目を集めている

フェル: うーむ。日本どころか世界のあちこちで水回りをクボタが押さえているわけか。水道水を飲むのも、トイレで用を足せるのも、つまり我々の日々の「出し入れ」(笑)は全てクボタのおかげ、と。

恥ずかしながら、そんな重大な事実をたった今知りました。どうしても、クボタというと、田植機「春風さん」の「だってクボタだもーん♪」のCMソングが口をついてしまう世代でして……。

久保: 80年代の懐かしいCM、よく覚えていらっしゃいますね。

フェル: なぜか今でも覚えています。それほどインパクトのあるCMだったのでしょう(笑)。……ところで、水道管事業から、なぜ文字通り“畑違い”の農機ビジネスに展開されたんですか? 一見、何の関係もないように思えますが。

久保: 実は、水道管事業から築き上げた鋳物技術が、社会のニーズによって発展し、農機ビジネスに展開したんです。

日本でも1910年後半から産業化の進展とともに、農業の生産性向上や灌漑(かんがい)の動力源として、石油発動機の需要が急速に高まります。

それまでは米国などからの輸入品に頼っていたのですが、ならば当社で「国産発動機の開発に取り組もう」と。創業以来の高い鋳物技術と、機械部門の製造技術を生かし、苦労の末に開発されました。その後も、様々なニーズに応えていくことで多方面でも対応できるものが増えていったんです。

フェル: 社会の課題、ニーズに応え続けてきたクボタとしては、必然の流れだった、と。

久保: こうして農工用発動機として高い評価を得た当社は、昭和に入ると、ディーゼルエンジン分野にも進出します。

フェル: なんと、農機をつくる前に、その心臓部ともいうべきエンジンを先につくっていたんですね。しかも、ベースとなったのが創業以来、水道管製造で培ってきた鋳物の技術。

久保: そうです。フェルさんならばご存じの通り、エンジンの本体は鋳造技術でつくるため、水道管製造のノウハウがそのまま生かせました。その後、数々の産業用エンジンを開発しますが、うちのエンジンの特徴は、コンパクトで高出力、低燃費。これが農機だけでなく、建設機械やフォークリフト、さらには草刈り機など多種多様な用途、使用環境にフィットしました。

現在、100馬力帯以下の小型産業用ディーゼルエンジンでは、世界でトップシェアを占めており、今後、新たなチャレンジとして、200馬力帯の大型エンジンでも世界No.1企業を目指し、新製品を投入していきます。

ご興味があれば、堺市にエンジンの開発の拠点がありますが、ご覧になりますか?

フェル: ぜひ。世界の産業を支えるエンジンの聖地を参拝したいです(笑)。

自動車エンジンと産業用エンジンはまったく違うものだった

堺臨海工場で出迎えてくれたのは、執行役員エンジン事業部長の鎌田保一氏。挨拶もそこそこに、前のめりでエンジントークに斬り込むフェル氏。

フェル: クボタでは農機や建機のほか、多岐にわたる産業用エンジンをつくっていらっしゃるとか。ぜひ、その全貌を伺いたく参拝…いえ参上しました。

鎌田: まず、エンジン事業の概要をお話ししますと、当社のエンジン生産は、国内拠点では、堺市にある堺製造所と当工場、さらに筑波工場の3工場に、鋳物の技術でエンジンの中心部を製造する恩加島事業センターを加えた4拠点体制となります。

なかでもここは、エンジンの研究開発の中心部隊であるエンジン技術部や排出ガス規制などの環境対応を担う部門も擁しています。エンジン全体の開発をけん引し、将来の在り方を探っていく役割を担うとともに、小型のエンジンを生産しているのも特長です。タイ、中国、インドネシアに生産拠点があり、100以上の国と地域において、500以上のサービス拠点があります。そして、自社製品に向けたエンジン開発と、産業機械メーカーにエンジンを供給する外販を、エンジン事業の両輪として展開しています。

自社エンジン搭載を通じて、よりユーザーに近いエンジン開発を実現。お客様からの要望に答え続けた結果、業界屈指の幅広い製品ラインナップへ

フェル: ここで、自動車コラムニストとしてぜひお尋ねしたいことがあるのですが、近年、日本でも自動車メーカーが続々とディーゼル車を発売し、徐々に市民権を得てきています。実は私もディーゼルエンジンのクルマに乗っていますが、今やガソリン車並みに静かで、燃費もいい。ぶっちゃけ、自動車のディーゼルエンジンと産業用では、何が違うんでしょうか?

鎌田: 一概には言えないんですが、自動車用と産業用とではまったく違う能力が必要なんです。

第一に使用環境がまったく違います。普通の乗用車の使用用途は道路に限り、負荷がかかるのは、スタートで加速するときぐらいです。

産業用エンジンの場合、100馬力のものならば100馬力の高出力を維持したまま、途中で止まることが許されない。さらに、田んぼや畑や工事現場など、過酷な環境でもへこたれない耐久性も必要となります。

フェル: 自動車のエンジンは500馬力があったとしても、公道を走っている限り最高出力を使うシーンなど皆無で、高速巡航ともなれば数分の1の出力で済んでしまいます。一方、産業用エンジンはずっと全開で回さないといけないケースが多い。確かに違いますね。

鎌田: 2つ目のポイントに、使用用途の幅の広さが挙げられます。農機1つとっても、トラクタ、コンバイン、田植え機など様々。建機ではブルドーザー、パワーショベル、産業車両のフォークリフト、発電機など、多岐にわたります。

例えば、トラクタは重いほうがいいが、コンバインは軽いほうがいい。用途の違いもそうですが、当社では、自社製品搭載用に加え、外販事業も手掛けていますので、お客様のニーズや国によって異なる環境規制などに合わせたカスタマイズも求められます。

鎌田保一

Profile

鎌田保一

クボタ執行役員エンジン事業部長。1983年、久保田鉄工(現クボタ)に入社し、30年以上に渡りエンジン開発に携わる。アメリカ駐在を経て、2009年エンジン技術部長就任。2017年より現職

~恩加島事業センター~ エンジンの中核部品を製造する100年工場

エンジンの中心部を製造する恩加島事業センターに併設された「鋳物ミュージアム」。メソポタミア時代から受け継がれてきた鋳物の技術、クボタと鋳物との関わりの歴史をたどることができる。
同社では、水道管、エンジン以外にも、古くは関門海峡トンネルや国内外の地下トンネル用セグメント、各種ビルの外壁材などでも鋳物製品を提供。産業発展、インフラ整備を広く支えてきた

恩加島事業センターで製造された関門トンネル用セグメント(昭和14年)

「鋳物ミュージアム」では、新たな鋳物の技術「消失模型鋳造法」(発泡スチロール模型を乾燥した砂の中に埋没させ、溶かした材料を入れる。発泡スチロールは溶湯の熱で気化し、その空間部に溶湯が充填される)の解説を受けるフェル氏。開発リードタイムの短期化を図るべく、砂型用の3Dプリンターなど技術革新も進められている。
「3Dプリンターを使うと複雑な形状の型を瞬時につくることができます。これは、新製品開発においてとても重要です」と恩加島事業センターの辻󠄀所長。「3Dプリンターと伝統的な鋳物の世界。まさに伝統とハイテクの見事なコラボレーションですね」(フェル氏)

世界を股にかけて飛び回るエンジニアたち

鎌田: 現在、ラインナップとしては約2000種類、累計で2900万台ほどのエンジンを送り出していますが、その約8割は海外向けですので、当社のエンジニアは欧米諸国、市場拡大が期待される新興国など、世界を股にかけて飛び回っていますよ。

フェル: おお、2000種も! そして、大手自動車メーカーや商社も真っ青のバリバリのグローバル企業ではないですか。

鎌田: それに関連し、クボタエンジンのもう1つの強みとして、カリフォルニアのCARB認証を世界で初めて取得するなど、世界の環境規制にスピーディに対応してきたことも挙げられます。

2019年からは、EUのオフロードエンジンを対象とした排出ガス規制「StageⅤ」が施行されますが、それに対応した大型産業用ディーゼルエンジン「V5009(排気量5.0L)」の量産も2020年からスタートします。

2017年ラスベガスで開催されたCONEXPO2017にて発表されたクボタ初の200馬力帯エンジン

「V5009」は、新たな排出ガス規制をクリアしつつ、4気筒でコンパクト性もありながら、単位排気量あたり最大出力を引き出す高馬力と、同じ出力クラスで最高レベルの低燃費性能を実現しているのが特長です。

環境に配慮し、ますます多様化するお客様のニーズに応えるために、これまでの100馬力帯以下のジャンルに加え、200馬力帯の大型産業用エンジンの拡充を今後進めていく予定です。

フェル: 水道管からスタートし、水、農業、環境のインフラ整備、世界の動力源創出に貢献しているクボタは、もはや“社会の原動力”的存在といってもいいのでは。ぜひ、どんな人材がクボタの技術を支えているのか、お会いしたいです。

鎌田: では、エンジンを設計・開発しているエンジン技術部のメンバーをご紹介しましょうか。

フェル: ぜひ。ではいよいよエンジンの将来を担う精鋭たちがいる本丸へ!

「せっかくだからフェルさんもやってみます?」と現場の社員に手招きされ、恩加島事業センター内の鋳物実習場で、若手社員と伝統的な鋳型製作に挑戦するフェル氏。

「単純に型に砂を入れて突き固めるだけといっても、結構、コツも力もいりますね。鋳物の世界、奥が深い!」(フェル氏)

「フェルさん、実はお渡ししたいものが」
クボタ恩加島事業センターの鋳物実習場に集まった社員たちが、フェル氏に渡したのは?

なんと、鋳物の技術でつくられた記念の表札。あまりのうれしさにマスク内で感涙(!?)するフェル氏。「本当にうれしいです。家宝にいたします。どこに飾ろう。お墓がいいかな?ここで墓標をいただけるとは(笑)」。ちなみに総重量15㎏。後日、フェル氏自宅に送付いただいた