トラクタの“心臓部”を支える小さな部品 クボタの開発最前線を徹底調査!

大阪城
ほな、大阪までひとっ飛びやで!
トラクタ技術第一部長 中村健太郎氏
油圧機器事業ユニット長 兼 油圧機器技術部長 中谷安信氏
ドライブトレイン 開発チーム長 花英俊氏
車両基礎技術部長 青山斉氏
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フェルディナント・ヤマグチ氏が、トラクタの“心臓部”に迫る
クボタの世界の農業を支える開発最前線を徹底調査!!

フェルディナント・ヤマグチ氏 写真
コラムニスト フェルディナント・ヤマグチ
ARCHIVE

日本の農業機械だけじゃない
クボタの秘密に迫る

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みなさまごきげんよう。フェルディナント・ヤマグチでございます。工場見学はもとより、実際に農業機械を運転し、自動運転トラクタのデモも体験。国内だけにとどまらず欧州やアメリカまで足を延ばして、不肖フェルも、いまや日本を代表する“クボタ通”といってもいいでしょう。

ここ最近、農業機械がにわかに注目を集めています。高齢化や農業人口の減少など、日本の農業が抱えるさまざまな問題を解決するための最先端テクノロジーは、今や絵空事ではなく、かなりのレベルで実働に耐えうるホンモノになりつつあるのです。

クボタといえばトラクタ。そのトラクタのキーとなるのが、パワートレイン。エンジンやトランスミッション、各部を駆動させる油圧システムによる基本性能がしっかりしていなければ、装置の持つ本来の性能を発揮することはできません。

日経ビジネスの連載、『フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える』で、取材と称しつつ個人的ヤジウマ根性を満たしている私としては、トラクタのパワートレインも深掘りしないわけにはまいりません。そんなわけで、今回は、小さな部品の細部にまでこだわるクボタのエンジニアが、現場で何を行っているかを知るべく、クボタの開発・生産の最前線へ突撃してきたわけでございます。

中村 健太郎

Profile

中村 健太郎

農業機械総合事業部 農機技術本部
トラクタ技術第一部長
1987年クボタ入社

青山 斉

Profile

青山 斉

農業機械総合事業部 農機技術本部
車両基礎技術部長
1986年クボタ入社

花 英俊

Profile

花 英俊

農業機械総合事業部 農機技術本部
車両基礎技術部
ドライブトレイン開発チーム長
1999年クボタ入社

中谷 安信

Profile

中谷 安信

油圧機器事業ユニット長
兼 油圧機器技術部長
1987年クボタ入社

フェルディナント・ヤマグチ

Profile

フェルディナント・ヤマグチ

自動車評論家、コラムニスト。一般企業に勤める傍ら、自動車に関するコラムなどを執筆し人気を博している。講演やテレビ・ラジオなど様々なメディアで活躍中。著書に『仕事がうまくいく7つの鉄則 マツダのクルマはなぜ売れる?』(日経BP社)など

同じ4輪でも、クルマとトラクタは中身がまるで異なる

クルマ好きの端くれとして、自動車に関するメカニズムは嗜む程度に知っておりますが、農業機械に関しては全くのド素人。「同じ乗り物だし、ある程度は共通しているだろう」と軽く考えていたのですが、話を聞くとその中身は全くの別物でありました。

中村氏

トラクタ技術第一部長を務める中村氏

中村: フェルさん、本日はわざわざ大阪までお越し下さってありがとうございます。

フェル: こちらこそお忙しいところ、ありがとうございます。自他ともに認める“クボタ通”としてはトラクタ開発の最前線の深掘りもせねば、と自分勝手な使命感を持ってまいりました(笑)。
早速で恐縮ですが、クボタ通兼クルマ好きとして、自動車とトラクタの違いが気になって仕方がありません。具体的な違いとはなんでしょうか?

中村: 乗用車の目的は「人」が快適に速く移動できること。一方、トラクタは「人」を移動させることが主目的というわけではありません。もっと重要なのは、インプルメントと呼ばれる作業機に耕うんなどの仕事をさせることです。

フェル: なるほど。そもそもの目的が違う、と。その点でいえば、トラクタは昨今流行の完全無人での運用に向いていそうですね。乗用車の場合、運転は無人でも人が乗って移動する。しかし、トラクタは必ずしも人が乗る必要はないですもんね。

中村: そうですね。乗用車よりも完全無人の効果は高いと思います。トラックなど貨物を運搬する自動車は別として、乗用車は人を乗せずに走っても意味はない。それに対してトラクタは、人を乗せないことで人手を削減できます。

フェル: 目的だけでなく、構造もトラクタと乗用車では大きく異なりますよね?

中村: 構造的には、モノコックと呼ばれる形です。乗用車でモノコックといえば、シャーシとボディが一体化して、ボディそのものが骨格としての役割を果たす、フレームのない車体構造を指します。一方、トラクタでいうモノコックは、エンジンとクラッチハウジング、トランスミッションケース、デフケースなどを連結したボディ。その上にキャビンを設置します。極端にいえば、トランスミッションの上に座っているようなものです。

乗用車とトラクタの構造を比較
										乗用車:プレス成型されたモノコックボディーの一角にエンジンとT/M(トランスミッション)を「載せる」。
										トラクター:エンジンに直結したT/Mがボディー(車体)になっている。人がT/Mに「乗る」

乗用車とトラクタのトランスミッションの構造の違い

フェル: え!トランスミッションの上に乗る!? 乗用車を基準に考えると信じられない発想ですが、それだけ大きさも構造も違ってくると、サスペンションに対する考え方もまた変わってきますよね。

中村: さすがフェルさん、よくご存じですね。乗り心地にも過度な配慮はされていないので、一部の大型トラクタを除き、ほとんどのトラクタはサスペンションが装着されていません。そもそも、サスペンションがあると、足場が悪い田畑では農作業の邪魔になります。その代わり、キャビンの設置部やシートにサスペンション機能を持たせて、乗り心地をよくしています。

フェル: 私がフランスで大型トラクタ「M7」に試乗したときは、低速で動かすということもあって乗り心地は特に気になりませんでしたね。むしろ驚いたのは、トランスミッションのギア数です。その数なんと前/後進39段変速! 乗用車は現状オートマチックで10段が最高ですから、ざっと4倍。しかもそれが前/後進! 多段ギアはどんなメリットがあるのでしょうか?

中村: トラクタはインプルメントを引っ張ったり駆動することが仕事なので、高いトルクが重要であり、エンジンもトルクがあるディーゼルが一般的です。このエンジンは最大トルクを発揮する回転数に固定する場合が多いので、自動車のようにエンジンの回転数で速度をコントロールすることができません。その代わりに、トランスミッションでギアを変えることで、求められる作業に合わせて速度を調整します。そのため、ギア数が多くなるのです。

フェル: なるほど。目的が違うとトランスミッションの構造まで違ってくる、と。自動車とは考え方も仕組みもハナから異なるのですね。
ということで早速、中村さんのお話にもあったトランスミッションの担当者を訪ねに行くといたしましょう。中村さん、ご丁寧にありがとうございます。

組み立て途中のトラクタと中村氏とフェル氏

キャビン(人が乗車する領域)を組み立てる前の、エンジンとトランスミッションだけが組み付けられたトラクタ

堺製造所展示コーナーで見た
クボタ製品の歴史

■農工用発動機第1号

農工用発動機第1号

1922年にクボタが製造した、石油発動機(旧式エンジン)。開発以来、クボタは「発動機のクボタ」として広く知られ、こちらの石油発動機はクボタ農機の源流となる

■クボタの耕うん機第1号機「クボタロータリ式耕うん機K1形」

クボタの耕うん機第1号機

石油発動機が急速に普及し、石油発動機の販売から約20年を過ぎた1947年、クボタは「クボタロータリ式耕うん機K1形」を開発し、業界の先駆者としての名乗りを上げることとなる

■国産初の畑作用乗用トラクタ「T15形」

国産初の畑作用乗用トラクタ「T15形」

1956年ごろ。当時北海道を中心に欧米製の大型トラクタが導入されていたが、それらは日本の農業のスケールとは合っていなかった。エンジン、車体ともに日本の農業のニーズに合った純国産のトラクタを開発すべく、1960年にクボタは国産初となる「T15形」を完成させた

T15形に乗るフェル氏

「T15形」は、時代を感じさせるレトロなデザインながらも、現在のトラクタに負けず劣らずの迫力ボディ。またがるフェル氏もご満悦の様子

最新ラインナップを紹介するフェル氏

そして21世紀現在の最新ラインナップがこちら。右からトラクタ、コンバイン、田植え機、の通称“トラ・コン・田”がずらりと並ぶ。クボタの3トップといえるトラ・コン・田は、クボタの歴史、そして日本の農業の歴史の進化の象徴といっても過言ではないだろう

前進・後進20段変速!?多段トランスミッションがトラクタ活躍のカギ

トラクタ部品のなかでも、特にキーとなるのが「トランスミッション」と「油圧システム」であるとは。実に興味深い。早速、「トランスミッション」を担当する青山部長と花チーム長に話を伺いに、トランスミッションの開発部門に訪問いたしましょう。

花氏と青山氏とフェル氏

車両基礎技術部の青山氏(右)と花氏(左)。中央に置かれた機械はトランスミッションのカットモデル

フェル: 先程トランスミッションを組み立てる工場を見学させてもらいましたが、組み立てが非常にシビアですね! 繊細な部分は職人技が必要。作業にミスが発生しない仕組みを整えたり、たたいて部品を組み込む工程では、部品を傷つけないようにヘッドの部分が柔らかい銅のハンマーを使ったりするなど、非常に興味深かったです。

青山: そうですね。大変な作業ではあります。トランスミッションをまるごと水につける工程はご覧になりましたか? 油漏れをチェックするために水没させて、気泡の有無で漏れの箇所を確認するのです。

トランスミッションの気密性をチェックする工程

気密性チェックを終え、プールから引き出されるトランスミッション。大きな機械が水を滴り落としながら引き上げられていく迫力の光景に、フェル氏も思わず圧倒される

フェル: ええ、あれは大迫力でした。確実にチェックができますが、生産台数が多い自動車では決してできない方法です。トラクタで油漏れをすると、田畑の土をダメにしてしまう。最も気を付けなくてはいけない部分だからこそ、厳重なチェックを行うのですね。しかし、トラクタのトランスミッションは自動車とはかなり異なりますね。

花: フェルさんにとっては釈迦に説法ですが、トランスミッションとはエンジンの動力を走行に適した回転数、回転方向、トルクに変換して、タイヤにつながる出力軸に伝達する装置。これに関しては、トラクタも乗用車も同じです。ただしトラクタは乗用車のように移動するだけの車両ではありません。インプルメントと呼ばれる作業機の動力源でもあります。その作業機を「引っ張る」「回す」「持ち上げる」という3つの機能を満たすために動力を伝達する必要があります。

フェル: なるほど。それでトラクタのギアは段数が多いのですね。乗用車だと最新の高級車で10段ですが、トラクタでは前進・後進ともに20段変速というのも珍しくありませんから。

花:  例えば畑で土を耕すなら3~8 km/h、水田なら1~5 km/hといった具合に、インプルメントの作業性能を最大限に引き出すにはそれぞれに適した速度があり、トラクタはその作業内容に合わせた微妙な速度調整が必要です。そういった理由もあって、トランスミッションの段数が多くなったのです。

走行速度表(MR70 タイヤサイズ:K3[13.6-38])※エンジン最高回転時
									クリープ1速の0.19km/hからH8速の34.4km/hまで計24速

クボタ製70馬力トラクタの走行速度表。変速領域が広いことで、作業にあった速度を選ぶことができる

フェル: 乗用車のトランスミッションには、有段変速に加えてCVTといった無段変速もありますが、トラクタも同じなんでしょうか?

青山: 同じですね。有段変速には、「マニュアル」「GST」「DGST」が存在します。「マニュアル」はペダルでクラッチを切って変速レバーを動かしギアチェンジをする仕組み。「GST」「DGST」と「パワーシフト」は、変速レバーを動かすと油圧でクラッチとギアを動かし自動で変速する仕組みです。
「DGST」は、トランスミッションを2系統に分けて、片方でクラッチを切ってもトルクの途切れが発生しないようにする仕組みです。「マニュアル」や「GST」において、クラッチを切ったときに一瞬、車輪に動力が伝わらなくなる欠点を解消するものです。一瞬でも動力が伝わらないと、非常に重たいインプルメントをけん引しているときには、動きが止まってしまうこともあるんですよ。こうした仕組みは、お客様からのさまざまな要望に応えて、徐々に進化していきました。

花: 無段変速には、「HST(Hydro Static Transmission)」と「HMT(Hydro Mechanical Transmission)」があります。
「HST」は油圧ポンプと油圧モーターを利用してエンジンの動力を伝達する仕組みです。変速ショックが少ないので、機動性が要求され前後の移動も多い芝刈り機やフロントローダ作業の多いトラクタなどに採用されています。
「HMT」は、ギアとHSTの両方を利用してエンジンの動力を伝える仕組みです。変速ショックの少なさや機動性は「HST」と同等で、トランスミッション伝達効率は「HST」より高いです。

フェル: トランスミッションだけで6種類も! しかもそれらをトラクタの種類によって載せ分けているとは正直驚きです。

フェル氏の
堺製造所・クボタ精機
取材探訪記
フェル氏

■堺製造所

堺製造所 外観

大阪府堺市の一角にかまえる堺製造所。「さて、私は一体どこにいるでしょう!?」(フェル氏)

堺製造所のバルコニーに立つフェル氏

「こっこで~す! 今日は堺製造所を隅から隅まで探索したるさかい!」(フェル氏)

工場内にぶら下がるツールを眺めるフェル氏

生産ラインを見学。天井からも何やら重厚なツールがたくさんぶらさがる工場内は、好奇心を揺さぶるものばかり

工場内のものに興奮を隠せないフェル氏

エンジンに組み付けられる歯車の仕組みについて興味深くアレコレ触りながら物色するフェル氏。「クルマオタクとしてはたまんないですね……(笑)」と興奮を隠し切きれぬ模様

作業員さんとフェル氏

堺製造所で内製されているトランスミッション

■クボタ精機

クリーンルームの前に立つフェル氏

「堺製造所の次はクボタ精機のお手並み拝見といたしましょう」(フェル氏)。このクリーンルームではチリやホコリが大敵となる精密油圧機器の組み立て作業や、性能検査作業などが行われている

エアシャワーに入るフェル氏

クリーンルーム入室前。身体に付着するチリやホコリを除去し、完全なる“クリーン”な状態になるべく、両壁からすさまじい風量の風にさらされるフェル氏。「普段のイヤな思い出を吹き飛ばしてくれ~!」(フェル氏)

生産ラインを紹介するフェル氏

クボタ精機の生産ライン。トランスミッションの組み立てを行っているこちらの工程。さまざまな機種が同一ラインでエンジニアたちの手によって、あっという間に組み立てられていく光景は一見の価値あり

エンジニアさんとフェル氏

クボタ精機で作られたトランスミッションと、クボタ精機のモノづくりを支えるエンジニアのみなさん。「モノづくりに携わる姿は、やっぱかっこいいですね」(フェル氏)

クボタにとって日本は本丸。
課題を解決することが海外進出の強みにもなる

花氏、フェル氏、青山氏

実際のトランスミッションの設計図をもとに丁寧な説明を受けるフェル氏。「思っていたよりも、設計図が……でかい(笑)」(フェル氏)

フェル: ここにトランスミッションの設計図を持ってきてもらったのですが……ごめんなさい。正直、何が何だか分かりません(笑)。みなさんは、どういった点に気を付けて設計されているのでしょうか?

花: 難しいですよね(笑)。設計にあたっては、お客様の生の声を直接お聞きしながら、作業に合う重量や、エンジン出力とトルクはどれくらいがいいのか、タイヤの大きさはどの程度かなどを考えることから始まります。そこから、トランスミッションの有段・無段の選択、アフターサービスのしやすさ、コストや燃費などを考慮しながら進めていきます。

青山: 今フェルさんが見ているのは、トランスミッション全体の設計図。つまり、仕様書のようなものです。仕様が決まったら、細部の設計です。ギアの精度や強度、油圧の力や流量、トランスミッション、モノコック構造を構成するケース、一つひとつ仕様を決めていきます。

フェル: それは気が遠くなるような作業で……。クボタさんは、トランスミッションの基幹部品を内製していると伺ったのですが、それは何か理由があるのでしょうか?

花: トランスミッションはトラクタの心臓部で、最終的な性能を左右する部品。他社に対して最も差別化できるところでもあります。細部にわたるところまで自社で作ることが、最終的な良さにつながると思っています。

フェル: あの、聞いた話ですがギアも内製というのは、本当ですか? 手間がかかってしょうがないと思うのですが……。

花: 本当です(笑)。一部外注もしますが、基本的には内製。もちろん、手間はかかりますね。

フェル: 外注できないのは、クボタさんの要求が高過ぎて、実現しようとするとコストが高くなり過ぎるから受けてもらえない……なんてこともあるのでは?

青山: 鋭い指摘ですね(笑)。例えば、全く同じ形のギアでも、異なる加工処理を行うものもあります。お客様からのフィードバックを取り入れながら、最低限のコストアップで最良のパフォーマンスが出せるよう、工夫を凝らしながらギアを内製しています。私たちのこういった要求基準をサプライヤーさんが満たしてくれれば、外部にお願いしてもいいのかもしれません。ですがその分、コストは高くなってしまいますので、結局内製した方が安くなるんですよ。ただ、やはりコストだけの問題ではないのです。最適な開発を進めるには、重要部品であればあるほど、社内でやることが重要です。技術を伝承していく必要もありますから。トラクタは自動車よりも、エンジニア一人が担当する範囲も裁量も広い。その分、エンジニアに求められることも多くなりますが、それはやりがいにもつながります。

青山氏
花氏

フェル: 技術の伝承は重要ですね。そもそも、自分たちが作れないものを発注したら、足元を見られて価格を吹っかけられるデメリットもある。そうならないためにも、最先端技術や重要パーツは内製化するわけですね。今後の課題などはありますか?

花: 生産台数を増やしたいですね。以前は、日本でトランスミッションを開発して日本で組み立てるという流れでしたが、クボタのビジネスがグローバルに広がるなかで、海外にも生産・開発拠点が作られてきました。

フェル: すでに需要としては、海外のお客様の方が多いですよね?

花: 確かにそうですね。ただ、海外と日本では畑作と稲作という違いもありますが、クボタのトラクタの技術のベースはやはり日本だと思っています。特に、稲作農業においては、日本独自の環境で培ってきた高い技術力は、アジアでも評価され高いシェアをいただいています。日本をベースに技術を磨くことが、海外展開においても強みになるはずです。

青山: クボタにとって、日本は本丸。トラクタ事業も日本の市場、お客様に育てていただきました。日本での圧倒的なシェアを維持・確保することがベースとなって、海外にさらに進出していくことが大事だと考えています。そして今後は、世界の農業の課題に対して、その解決のためにさらなる開発が必要になってくると考えています。

フェル: 同じ日本人としてうれしいです! トランスミッションの構造から内製の考え方、課題まで赤裸々に語っていただきありがとうございます。こんなにぶっちゃけてよかったんですか?(笑)

青山: ここまでぶっちゃけているので、もしよろしければ、トランスミッションのより深部を覗いていきませんか?

フェル: クボタさんのそういうザックリしたところ、大好きです(笑)。

花: トランスミッションの深部とは、「油圧システム」です。マニュアル以外のトランスミッションの変速機構には、油圧が使われています。しかもこの油圧は、トランスミッションだけでなく、インプルメントの上げ下げやハンドル操作など、さまざまな場所で使われている。ある意味、トラクタにとって欠かせない重要部品です。

フェル: そこまでいわれたら、覗かないわけにはいきません。では早速、クボタのトラクタを支える油圧システムの現場に伺わせていただくとしましょう。

小さな部品で構成されるシステムが、トラクタの性能を大きく左右

青山さんと花さんに急き立てられて訪れた油圧システムの現場とは、クボタのトラクタに使われる油圧機器を製造するグループ会社のクボタ精機。工場見学の後、油圧のスペシャリスト中谷さんから、奥深き油圧の世界をじ~っくりとお伺いいたしました。

中谷氏

油圧機器事業ユニット長兼 油圧機器技術部長を務める中谷氏

中谷: 油圧機器と油圧システムの開発を専門に担当している中谷です。フェルさんは油圧機器がどういったものかはご存じですか?

フェル: まぁ、人並みには知っているつもりです。油圧システムには「タンク」「ポンプ」「バルブ」「アクチュエータ」があって、「タンク」の油が「ポンプ」によって「バルブ」に送られる。「バルブ」で圧力や流量、方向を制御、動かしたい部位にある「アクチュエータ」に送り、「アクチュエータ」は送られてきた油の油圧エネルギーを直線運動や回転運動に変換して、トラクタのさまざまな部位を動かす。簡単にいえばこんな感じでしょうか。えーとあの……合ってますか(汗)。

中谷: 素晴らしい(笑)。油圧は、パスカルの原理を応用したものです。密閉された容器内で静止している流体のある一点に圧力を加えると、容器の形に関係なく、その圧力は同じ強さで全ての部分にも伝わる。つまり、ピストンで小さい面積に力を加えると、その力は大きい面積を動かすことができる。簡単にいうと、油圧を使えば小さな力で大きなものを動かすことができるというわけです。トラクタでは、前後進の切り替えやインプルメントの昇降・変速、ステアリング制御などを油圧システムで行っています。

【油圧コントロール】バルブって?
									トランスミッションの変速動作を容易にするために、油圧コントロールバルブで制御します。油圧コントロールバルブ変速レバーで選択した変速段の信号をECU(エンジンコントロールユニット)を経由して受け「クラッチを切り→変速段にギアチェンジし→動力をつなげる」といった一連の動作を制御します。

トランスミッションと油圧システムの関係を示した概念図

フェル: 巷では、油圧システムのキーとして「バルブ」が注目されていますよね。

中谷: 「バルブ」には、仕事の大きさを決める「圧力制御弁」、仕事の速さを決める「流量制御弁」、仕事の方向を決める「方向制御弁」があり、これによって、トラクタの各部位にどれだけの量と速さで送るかを決定しています。

フェル: ほ~。つまり、「バルブ」は司令部のようなもので、それを受けて動く「アクチュエータ」は実行部隊といったところでしょうか。そもそも、トラクタが油圧を多用しているのはなぜですか?

中谷: 設計や構造が簡略化できる、電動よりも油圧の方が大きな力を出せる、電子制御との相性がいいなど、いろいろあります。デメリットは、油のリーク(漏れ)や配管が長くなると圧力損出が大きくなることなどです。

0.001mm単位で部品を作って油漏れを防ぐ

トランスミッションのカットモデルとフェル氏と中谷氏

上からみるトランスミッションのカットモデル。複雑な油圧システムの仕組みに夢中のフェル氏

フェル: トラクタのエンジンやトランスミッションが凄く進化しているのは分かったんですが、油圧システムはどうなのでしょうか?

中谷: もちろん、進化していますよ。特に省エネ効率が向上していますね。従来型はエンジンと油圧ポンプが連携していて、回転数に比例して常に一定の油を流していました。必要の無い油はバイパス回路を通してタンクへ逃していたのですが、エネルギーロスがかなり大きい。今は可変ポンプを採用して、必要がないときには吐出量を抑えています。これによって、20〜30%は油圧効率が上がったと思います。

フェル: 地味だけど大事なことですものね。油圧システムを開発するにあたっての難しさを教えて下さい。

中谷: 精度ですね。バルブはさまざまな部品からできていますが、部品と部品のクリアランス(隙間)を詰めないと油がリークします。基準は通常10μ(ミクロン)以下、リーク規格の厳しい製品では3~5μ以下です。

フェル: 10μ以下!? 1μは1/1000mmだから、10μ=0.01mm!? これは驚き! トランスミッションもそうでしたが、油圧システムもバルブやポンプといった基幹部品は内製しているそうですね。そこが、クボタの優位性につながっている?

中谷: クボタのトラクタやコンバインに最適化されているのは強みですね。外部調達の汎用品の場合、オリジナル設計で作ってもらうのは難しい。また、汎用品にはクボタ製品に必要がない機能がついていることもあり、無駄が発生し、コストもかかります。そこで、本当に必要な油圧機能だけを備えたオリジナル品にして完全内製化したいと思っています。

フェル: 先ほどお話を伺ったトランスミッションの担当者、花さんも取り組んでいましたね。

中谷: 油圧に関わる部分は私の部門が、トランスミッションに関わる部分を彼の部門が、協力しながらやっています。

将来的には、現在は外部調達している油圧鋳物素材も内製化!?

フェル: ところで、「M7」のような大型トラクタでは、トランスミッションも油圧システムも製造が難しいのでしょうか?

中谷: サイズが大きくなれば、油の流量が増えて油圧機器も大きくなります。その分、油圧鋳物素材のイヌキ(鋳抜き)も太くできるし、加工性もよくなるので、大きくなるから難しくなるということはないと思います。

フェル: イヌキ、ですか?

中谷: 油圧バルブではバルブ本体の素材は鋳造するのですが、中子(砂)を用いて加工箇所の下穴や油通路を鋳物素材の中に作ることをイヌキといいます。これが難しい。油が通る部分はまるでアリの巣です。中子は型を用いて砂を固めて作り、それを鋳型の内部にセットし、そこに鎔けた鉄を流し込んで、固まったら中子を壊してイヌクのですが、このアリの巣の中子をキレイに除去するのが大変です。また、イヌキの精度が悪いと、油の流れや量を制御するスプールという精密部品が入る部分の加工精度も低くなってしまう。後になって修正することはできないので、我々はファイバースコープを使って内部を確認しながら、念入りに砂やバリも取っています。

鋳型
製品カットモデル

上が油圧バルブのバルブ本体の鋳物素材にイヌキ部を形成する砂を固めて作った中子。下が鉄を流し込み、中子を除去した鋳物素材を加工した、油圧バルブの完成品のカットモデル

フェル: 先ほど見せてもらいました。確かに、細かい作業ですね……。

中谷: 小型トラクタなどに搭載される小さなバルブ鋳物では、特に細かいイヌキになってしまいます。

フェル: 「M7」は大型トラクタだから、バルブ鋳物のイヌキ部は大きくてもいい。だから、比較的作りやすいということですね。将来的には、外部調達されている油圧鋳物素材も内製化する可能性はあるのでしょうか?

中谷: 計画はありますが、簡単ではありません。ただ、これ以上の小型化を進めると、今お願いしている鋳物屋さんでも精度を担保できず、供給を断られる可能性もあります。そうなると、自分たちで作るしかないですね。エンジンでも、鋳物素材は内製しているので、それにならっていければと考えています。

※参考:日経XTECH Special「現役エンジニアが語るクボタのエンジン」

フェル: なるほど。そうやって、内製率が上がっていく、と。

中谷: そうかもしれませんね。将来的な展望としてはもう一点。小型トラクタの油圧バルブやアクチュエータについては、とことんコンパクトにして価格も安くしたいですね。

フェル: クボタのみなさんは、常に未来の話をされるんですよね。今回はトラクタを支えるトランスミッションと油圧システムといった細部の部品についてお話を聞いてきましたが、最後はトラクタから見据える日本の農業の未来とクボタの使命……楽しみです。

油圧システムの精密機器とエンジニアのみなさんとフェル氏

内製されたトランスミッションや油圧システムの精密機器とエンジニアのみなさん

農業のさまざまな課題に対する挑戦に、ゴールはない

フェル: 中村さん。先ほどはお三方から、トラクタのキーデバイスとなるトランスミッション、油圧システム、さらにはバルブまで、今回はトラクタづくしでお話を伺ってまいりました。そうなるとここで気になるのは、クボタのこれから先の未来です。ぜひ、中村部長からその辺お聞かせ願いませんか!

中村: おかえりなさい、フェルさん! そうですね、大きなキーワードの一つが「無人」。すでに、無人で使えるトラクタはモニター販売を始めています。

フェル: 先ほどもお話されていましたね。まさに現代的な。前回の連載で、農業機械の自動運転のデモを見せてもらいました。まずは、直進時自動操舵(そうだ)機能付き農業機械「直進キープ機能付田植機」とオートステアリング(自動操舵)機能仕様の畑作用大型トラクタ「M7シリーズ」を2016年に発売されたんですよね。

未来の農業を開拓するロボットテクノロジー

人が乗車しない、無人での自動運転作業を実現した「アグリロボトラクタ」

中村: 今は、自動運転農業機械、「アグリロボトラクタ」と「アグリロボコンバイン」も販売しています。最初に田畑の外周を運転して、そのデータを基にマップを自動作成。あとは、高精度GPSやレーザースキャナー、超音波ソナー、前後左右の4つのカメラを使って、数cm単位で位置を修正しながら自動で安全に走行・作業をしてくれます。

フェル: これから実用化を目指す段階だと思っていましたが、すでにここまで進んでいるとは……。しかし、田畑は凹凸が多いし、田植えや種まきでは、cm単位で真っ直ぐに走らせる必要もある。となれば、かなり難易度が高い気がしますが、大丈夫なんでしょうか?

中村: その通りです。しかも、耕うんしていると土の中の虫やカエルを狙って鳥が寄ってくるのですが、横切り方によっては安全装置が作動して止まってしまうこともあります。そのときには、人が駆けつけてリスタートさせなくてはいけません。正直、まだ改善の余地はあります。しかし、日本の農業にとって、自動運転が必要なことは間違いありませんからね。

フェル: 鳥! まさに農作業ならではの課題だ。実は私の友人も脱サラして北海道で農業を始めたのですが、55歳のそいつが「若い衆」扱いされているそうです。高齢化が進んでいるし、人手も不足している。後継者不足も課題だそうで。

中村: そうなんですよ。ですから、そういった課題を解決するのが無人農業機械です。一気に完全無人を実現しなくても、直進時自動操舵である程度アシストされるだけでも、新規就労者への支援など人手不足の解消には役立ちます。

フェル: 自動車の世界では最近「CASE」という言葉が多用されています。「Connected(つながる)」「Autonomous(自動化)」「Share(共有)」「Electric(電動化)」の頭文字を取ったものです。「アグリロボトラクタ」と「アグリロボコンバイン」は、未来の農業機械の先駆けのようなもので、農業機械の将来像では、まず「Autonomous」があるようですが、ほかに注目すべきポイントはあるのでしょうか?

中村: 「Connected」に関しては、2つあります。一つは、トラクタとは切り離せないインプルメントとのコネクティッドです。最新のトラクタは、「ISOBUS」と呼ばれる国際通信規格を取り入れ、トラクタとインプルメント間の情報を交換し、「TIM(トラクタインプルマネジメント)」という、トラクタと作業機の統合制御を実現しました。手元の大型ディスプレイで操作ができるようになるなど、さまざまなところで使いやすさが向上しています。インプルメントに最適な種苗や肥料・薬剤、エンジン回転数などを指示調整できるので、精密な農業が可能になりました。

もう一つは、2014年にサービスを開始した「KSAS(クボタ・スマート・アグリ・システム)」です。一言でいえば「農業とITを融合し、農業経営の見える化で農作業の効率を上げ、生産性の向上をサポートする仕組み」といったところですね。田畑の状況、作業内容、農業機械から得られる情報、生産性など経営の数値といった多様なデータを一元管理できます。現時点でのサービス加入者は6000を超えるまでになりました。

KSASの仕組み
									[事務所]農業経営者
									[クボタのお店]サービススタッフ
									[ほ場]作業者、KSAS対応機

フェル: サービス開始からわずか4年で6000以上の加入者ですか! 実は「KSAS」に関しては、以前取材でお伺いしたこともあって私も多少は知っていたつもりでしたが、予想以上の反響の大きさですね。その際にお聞きした、「食味・収量センサ」を搭載したコンバインには驚かされました。収穫しながら収穫量を測定し、米や小麦、大麦などのタンパク質と水分の含有率を計測することができるので、田畑による味の善しあしや収穫量が分析・記録されて、改善につなげることができる、と。

中村: 「KSAS」に対応した農業機械なら、データを基に分析された肥料の設定情報を引き継いで、指示通りの量を散布して食味と収量のアップにつながります。もちろん、農業機械だけでなく、田畑の状況なども管理できます。「KSAS」に対応した水管理システムを活用すれば、従来は圃場ごとに人の手で水門を開け閉めしていたものが、遠隔および自動で制御することもできます。農業に関するソリューションを一つにつなげる取り組みなので、まさに、コネクティッドといっていいでしょう。

フェル: 農業機械の進化はすでにそれ単体の話ではなく、ソリューションとともにあるわけだ。だとすると、土地を確保して「KSAS」と対応する農業機械を購入すれば、素人でも農業ができるものでしょうか?

中村: 目指すところではあるかもしれませんが、そこまでは至っていません。ただ、農業への参入障壁をかなり低くしたのは確かです。そういった意味で、農業機械の操作は誰でもできるようになる。難しいのは、これまで経験で培ってきた、肥料のやり方や田んぼへの水の入れ方、抜き方などです。これを初心者でも可能にする第一歩が、「KSAS」です。

フェル: いや、イヤな話ばかりが聞こえてくる昨今、久しぶりに明るい日本の話が聞けました(笑)。日本の農業は高齢化や企業等の参入、ICTとの連携などで大きな転換点を迎えているわけだ。クボタの役割も重要になりますね。

中村: 今は自主流通米も普通になり、職人が作るお米は付加価値がつき高値で取引されるといった現状もあります。そういったお米が取れる田んぼの作り方や生産方法を広く伝授することが、これからの農業におけるクボタの役割の一つで、目指すところだと思っています。

フェル: やはり、クボタのみなさんはいつも使い手のことを一番に考えた先を見据えていらっしゃる。クボタさんの取材は何度来ても気持ちがいいものですな。

中村氏とフェル氏

フェルディナント・ヤマグチの 編集後記

これまでの連載で何回も農業機械に乗せていただく機会がありましたが、恥を忍んでここで申し上げます。不肖フェル、大変な勘違いをしておりました。クルマの視点でトラクタに乗っていました……。クボタ通とかいっていた自分が恥ずかしい。今回の取材で分かったのは、トラクタの主役は人ではなく、インプルメントであるということ。それを踏まえてトランスミッションや油圧システムの話を聞くことで、理論的にトラクタの構造や役割を理解できました。また、それら基幹部品を内製しているのも素晴らしい。モノづくりに対する、クボタの矜持を感じました。

その矜持は、バルブなど非常に細かい部品にも表れています。「ここまで見せちゃって大丈夫?(笑)」と思うくらいに深く深く取材をさせてもらったのですが、特に印象深かったのは、技術者が一様にゴールを見据えて開発に携わっていることでした。モノづくりに邁進していることはもちろん、自分たちが開発、製造したものが、日本、そして世界の農業を支え、より良い方向に導いているという誇りを持っていらっしゃる。さすがは世界のクボタです。

日本の農業、そしてその先にいるお客さんのことを一人ひとりのエンジニアがしっかりと見据えている、これがクボタの強さ、そして魅力なのでは無いかと思います。不肖フェルも、読者のみなさまに愛される執筆者たるべく、適度に精進して行く所存でございます。

フェル氏とクボタの建物
お問い合わせ先株式会社クボタ