地域の「どうありたいか」に
寄り添い計画
日本橋は三井不動産の創業の地であり、長い歴史と地域の方々との強いコミュニティを有している。このため日本橋の再開発は、三井不動産の個社としての意向だけでなく、地元が「どうありたいか」という想いに寄り添って計画されてきた。三井不動産が木造の高層化に挑む、日本橋本町の2つのプロジェクト「日本橋本町三井ビルディング &forest」と「(仮称)日本橋本町一丁目5番街区計画」も地域の賑わい創出のために何ができるか、検討が重ねられた経緯がある。日本橋本町三井ビルディング &forestは、1100㎥超の国産木材を使用した、地上18階・地下1階建てのハイブリッド木造オフィスビル。もう一つの(仮称)日本橋本町一丁目5番街区計画は、900㎡超の木材を使用した、一部純木造のハイブリッド木造オフィスビルである。高層階の8~11階において主要構造部である床・壁・柱・梁に木材を活用し、純木造のオフィス空間を実現する。
実は同じ日本橋エリアでも、丁目や町会によって風土やアイデンティティが異なる。例えば、日本橋川沿いの5つの再開発エリアおよび親水空間に係る「日本橋リバーウォーク」エリアでは、首都高地下化事業や複数の再開発事業が官民地域一体で推進され、川沿いに歩いて楽しめる新たな回遊空間を生むべく取り組んでいる。一方で、日本橋本町の木造プロジェクトは、「森」と「木」の都市像を編み直す取り組み。木造の高層ビルは、日本橋再生計画でつくった福徳の森に続く、「森」を面展開する取り組みの象徴となるものだ。
特に、日本橋本町三井ビルディング &forestではセットバックを積極的に活用し、周辺空間の緑量を増やして都市のヒートアイランド緩和と歩行者の快適性を高める(図1)。植栽はただ「映える」種類を入れればよいわけではなく、気候適合性や地域の景観文脈を考える必要があるため、維持管理コスト及び効果測定の難しさに直面する。三井不動産 ビルディング事業四部 事業グループ 主任の岡田七峰氏は「緑は『増やせば良い』というものではない。地域性に合う植物か、どうすれば維持できるか、そのうえで物件の価値にどう結びつけるか、一つひとつ設計者と悩み抜いた」と語る。
図1 日本橋本町三井ビルディング &forest(出所:三井不動産)
安全性と品質は犠牲にせず、
最大限に木材を使う
木造の高層建築は、これまでにない挑戦であり、課題の連続だった。社内に前例や深い知見が少ない中、建設・設計・林業の各分野を横断的に学んで実装し、合意形成を重ねた。「社内にも林業や木造の専門家は多くない。よく分からないところから数々の課題を解決しながら学びを積み上げ、設計・施工者である竹中工務店とともに未知の領域を切り拓いてきた」と振り返る。
技術的アプローチとしては、安全性と品質の確保を絶対条件とし、その枠内で木材を最大限に活用するハイブリッド構造を採っている。岡田氏は「安全と品質を犠牲にしないことが至上命題。その上で、いかに木質空間を拡張できるかに挑んだ」と述べる。テナントの使い勝手にも配慮し、間仕切り自由度や内装更新の柔軟性を確保するため、将来の原状回復リスクも織り込んだ設計思想を徹底する。
日本橋本町三井ビルディング &forestでは約1100㎥の木材を採用予定であり、用途に応じて条件を見極めた上で適材適所の木造化を図る。一方、(仮称)日本橋本町一丁目5番街区計画では主に上層部を木造化することで上部構造の軽量化を実現し、下部の鉄骨量削減にも寄与させている。「木材をどこにどれくらい使うか、それ次第でハイブリッド木造建築の在り方も変わってくる」と岡田氏は語る。
部材開発では、三井ホームが開発した木造住宅向けの耐力壁「MOCX WALL(モクスウォール)」を高層オフィス向けに改良し、階高(床面から上の階の床面までの高さ)が高い環境でも性能を満たす新仕様を開発した。(仮称)日本橋本町一丁目5番街区計画向けのもので、階ごとに求められる水平力・軸力が異なるため、主に上層4層で木材を採用するなど、構造解析に基づく合理設計を貫く(図2)。海外で進むユニット化・モジュール化も施工効率化の鍵だが、日本ではまだ案件規模が限られ、本格普及はこれからであるという。「物件数が増えれば、工場であらかじめ組む方式の優位性が上がるだろう」と岡田氏は現実的に見通す。
図2 (仮称)日本橋本町一丁目5番街区計画(出所:三井不動産)
日本橋本町三井ビルディング &forestにおいては、環境性能ではオフィスでのNearly ZEB*1達成を目指し、最新の空調・照明を基軸に消費エネルギーを大幅に抑制する。太陽光発電はもちろん、ペロブスカイト太陽電池の実証導入も計画するが、現時点では実験段階にあるという。また、次の一手として、都市立地での設備スペースの制約を踏まえ、垂直型風力発電の可能性を建設会社と探索中だ。岡田氏は「太陽光発電に加え、狭い敷地条件でZEBの条件を満たすために次の技術が必要であり、新機軸を模索している」と展望を語る。
維持管理面でも、室内に露出する構造材は大きな追加メンテナンスは生じにくい設計であり、外部にさらされる木部も計画的な塗装更新などを施し、コンクリート造と同等以上の耐久性を担保する。
*1:ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)を目指す建物のうち、再生可能エネルギー利用分を除き、基準一次エネルギー消費量から75%以上のエネルギー削減を達成した先進的な建築物。
事業性も見据えた
持続可能な環境都市を目指して
事業性と社会受容性の両面でも、手応えがあると岡田氏は語る。木造高層への市場の見方はこの数年で大きく前進し、耐震やシロアリ対策といった懸念も科学的根拠に基づく説明で理解が得られるようになった。「最初は『本当に大丈夫か』という問い合わせが多かったが、安全設計を尽くし、丁寧に説明すれば納得は得られる。社会全体で木造事例が増えたことも追い風」と岡田氏は語る。
賃料は市況全体が上昇基調にあり、テナントを誘致し、賃貸借契約を成立させるリーシングは好調に推移しているという。全体の建設コストについては、材料市況や立地条件、規模によって大きく振れるため単純比較はできない。しかし、上部の軽量化によって下部の鉄骨量を抑えるなど、全体最適の設計で木造の優位が発揮できるケースも考えられる。
さらに、解体時の資材循環にも踏み込む。不要な現場発生材やコンクリートのガラを石垣に使ったり、アートの現場で活用するなどのアップサイクルを実行し、循環経済の回路を街区デザインに組み込む実験を重ねる。「単なるリサイクルに留まらず、解体物を価値ある形で町に戻す術を探っている。いずれは建築コスト低減にもつながる使い方を見い出したい」(岡田氏)。
三井不動産の2つの木造高層ビルプロジェクトは、同社内のフラッグシップとして、木材利用の最適解、ZEB達成の技術選択、テナントの運用自由度、資材循環のデザインなど、多面的な仮説検証の舞台とも言える。「この2棟で得られた実績と評価を踏まえ、次の開発に何を取り込むかを検討していく。実験場であると同時に、街の未来を実装する本番でもある」と岡田氏は見据える。その先には、持続可能で誇りある日本橋の新たな風景が見えている。










