“同じ船”に乗って、事業化へ。
「開製販」の知見を集約した新組織
次世代型太陽電池として、急速に注目を集めるペロブスカイト太陽電池。従来のシリコン型太陽電池に比べ、薄型・軽量かつ、柔軟に設置場所を選択できるという特徴を持ち、より幅広い適用が可能になる。
もとより日本発の技術として期待されてきたが、変換効率の低さや量産の難しさがネックとなり実用化が進まなかった。しかし技術の大幅な進化に伴い、近年では世界各国で開発競争が激化。国内でも2026年度以降、徐々に社会実装が本格化すると見込まれている。
パナソニック ホールディングス株式会社
技術部門 ペロブスカイトPV事業推進室
室長 (兼) 技術開発部部長
金子 幸広氏
パナソニックHD技術部門は早い段階からペロブスカイト太陽電池に取り組んできたトップランナーの1つだ。2015年度からNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援を受けて開発を始め、2020年には実用サイズのペロブスカイト太陽電池モジュールで世界最高の変換効率となる17.9%を達成。2023年には世界最高レベルとなる18.1%の記録※を打ち立て、シリコン型太陽電池に匹敵する変換効率に迫った。
※804㎠のペロブスカイトモジュールでの変換効率18.1%:第三者機関による認証効率
パナソニック ホールディングス株式会社
技術部門 ペロブスカイトPV事業推進室
室長 (兼) 技術開発部部長
金子 幸広氏
これらの実績を踏まえ、パナソニックはペロブスカイト太陽電池の事業化を加速している。パナソニックHD 技術部門が中心となり、2025年7月からトップ直下の「ペロブスカイトPV事業推進室」が始動したのだ。室長を務める金子幸広氏は、同社がペロブスカイト太陽電池に懸ける思いを次のように語る。
「私は責任者として2019年から携わってきましたが、新設されたペロブスカイトPV事業推進室は『開製販※』を一体化した組織として、これまでバケツリレーでやってきた研究開発を、それぞれの職能が互いにフィードバックできる体制にし、事業化へのスピードを上げることを目指しています。2025年9月にはNEDOのグリーンイノベーション基金事業である『次世代型太陽電池の開発』プロジェクトに採択され、量産製造技術の確立に取り組んでいます」(金子氏)
※開製販…ここでは、開発・製造・販売(事業開発)の3つを指す
パナソニック ホールディングス株式会社
技術部門 ペロブスカイトPV事業推進室
事業戦略担当(兼)事業開発課課長
中村 雄志氏
中村雄志氏は、車載電子部品の工場での生産技術を皮切りに、研究開発、商品企画、経営企画、海外販社、新規事業開発、JV会社の取締役など様々なキャリアを歩んできた人物。その経験を生かし、2022年頃からこのプロジェクトの事業開発を担当し、推進室発足時に事業化に向けた事業戦略担当としてジョインした。
パナソニック ホールディングス株式会社
技術部門 ペロブスカイトPV事業推進室
事業戦略担当(兼)事業開発課課長
中村 雄志氏
「私たちが大切にしているのは、開発・製造・販売を一貫して担う強いこだわりです。新規事業開発ではお客様に対して組織全体で向き合うことが特に重要だと考えています。組織機能の異なる力を掛け合わせる事で、1+1を2以上にする事を大事にしています。 新しい事業を切り開くとき、メンバー全員が“同じ船に乗る”という一体感が不可欠です。そして、その船が向かう先には、私たちチーム全員が共有するNorth Star(北極星)――同じゴールがあります。同じ場所で働き、密な連携をしやすくすることで、思いもよらないアイデアが生まれる事も期待できます。その価値を、私は伊勢工場時代、そしてそれ以降の経験を通じて学びました。お客様を中心にした開製販の文化こそが、私たちの挑戦を支える原動力です」(中村氏)
先に触れたように、ペロブスカイト太陽電池はシリコン型と異なり応用の幅が広い。大きくフィルム型、ガラス型、タンデム型があるが、パナソニックはガラス一体型で建材として利用できるBIPVに注力する。たくさんの企業とヒアリングを重ねる中で、「自社の創エネに向けて太陽電池を窓や壁に組み込みたい」、つまりBIPVを求める声が最も多かったためだ。
「建物のサイズはそれぞれ異なり、ガラスや壁の寸法も多種多様です。同じ形を大量生産する手法ではカバーすることが難しく、柔軟に対応するには様々なガラスサイズに適用させる必要があるとの結論に至りました。加えて見た目の美しさや均一性も重要です。ビジネスモデルの面でもフィルムで作る場合は大量生産・大量消費の方向になりますが、パナソニックではお客様のニーズに応えることを重視しています」(金子氏)
まるで「小さなパナソニック」。
技術の歴史を、最大限に活用
分かりやすく説明すれば、ペロブスカイト太陽電池は「塗って作れる」点が大きな特徴だ。この塗布技術こそパナソニックの強みだと金子氏は言う。
「ペロブスカイト太陽電池の膜は約0.5マイクロメートルと非常に薄く、髪の毛の100分の1ほどしかありません。そんな極薄の膜をメートル単位のガラス上に均一に形成するのは、想像以上に難しい作業です。そこで有機ELディスプレー開発を通して培ってきたインクジェット技術を生かそうと考えました。これにより均一に、ガラス一面にわたって、同じ量を塗布でき、大面積でも性能を落とさずに製造できるのです」(金子氏)
具体的には、建築基準に適合した強度と厚みを持つガラスにペロブスカイト膜を形成し、その上からもう1枚のガラスで挟み込む「合わせガラス構造」を採用。ここに耐久性を高める材料技術とガラスの封止技術を組み合わせて堅牢な建材とする。
極薄膜をガラスに挟み込む「合わせガラス構造」
「ペロブスカイト太陽電池の技術的な課題は耐久性。そうした観点でもガラスは安価でありながら高い耐久性を持っているため、非常に適した素材です。上から蓋をすることで外気をしっかり遮断でき、遮熱効果も期待されています。さらに実用サイズで高効率を実現できる技術を持っていることも大きな強み。ガラスによってペロブスカイトの弱点を補うことで性能と信頼性を両立させています」(金子氏)
太陽電池開発の長い歴史が、パナソニックの高い技術力の裏付けだ。ペロブスカイトPV事業推進室には、各事業部から経験豊富なメンバーが集結した。「旧松下電器産業、旧松下電工、旧三洋電機出身の人が多く、パナソニックの歴史そのものがチームに凝縮されています」と金子氏。キャリア採用組も含めて、様々な視点と経験が自然に混ざり合って良い化学反応が起きている。中村氏はその様を「小さなパナソニック」と評した。
発電するガラスに置き換えられるようになれば、一気に再生可能エネルギー設備の勢力地図が塗り替えられ、ユーザーも計り知れない恩恵を受けられる。現状のハードルは高いが、「難しい社会課題に挑戦することにこそ、パナソニックとして取り組む意味や存在価値があります。この事業は、地球温暖化対策・エネルギー政策と大きく関係するため、単純なtoC、toBではなく、toGの要素が大きく入ってくるビジネスモデルになります。お客様には建材として価値提供をしますが、社会課題である脱炭素への貢献が期待される事業です。時間軸も、パナソニックの多くの事業よりも長くとらえて進めていく必要があります。難しさはありますが、社会課題を解決する新しいモデルの一つとして形にしていきます」と中村氏は話す。
なぜ、ガラスなのか。よく聞かれるというこの問いに対し、「理由は2つあります」と中村氏は答えて言う。
「まず1つ目は、お客様の声です。これが実現すれば確実にお客様に喜ばれ、普及につながり、脱炭素社会に貢献できると考えているからです。建築ガラスで再生可能エネルギーによる発電が可能になれば、『ぜひ導入したい』という声を多くいただいています。もう1つの理由は、パナソニックの技術者を信頼しているからです。私たちが目指す商品のQCDを実現するには、多くの技術的な難しさがあります。『本当に信頼性を確保できるのか』と聞かれることもありますが、私たちが目指す商品の技術要素を分解してみると、既に社会実装されている技術ばかりです。それらをどうすり合わせ、ペロブスカイト太陽電池の量産に最適化するか――そこが最大の挑戦であり、最も難しい部分です。社会的な脱炭素の要請もあり、『ぜひ一緒にやりましょう』と前向きに受け止めてくださるお客様が多いのは心強いです。特に不動産や拠点を多く持つ企業様からは、『自社のオフィスビルや工場に導入できないか』という問い合わせが増えています」(中村氏)
夢が膨らむ、ペロブスカイト太陽電池の
可能性はどこまで広がる?
社会実装は少しずつ、しかし着実に進んでいる。2023年8月から2024年11月にかけては、神奈川県藤沢市にある「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン(以下、Fujisawa SST)」内のモデルハウスにプロトタイプを設置し、長期的な耐久性や発電性能の検証を行った。
Fujisawa SST内のモデルハウス「Future Co-Creation FINECOURTⅢ」2階バルコニー部分に、ペロブスカイト太陽電池のプロトタイプを設置。技術検証を含めた1年以上にわたる長期実証実験を行った。プロジェクトは三井不動産レジデンシャルとの協業で進められた
「以前は“ペロブスカイト=フィルム型”という印象が強かったのですが、ようやく“ガラス型もある”という認知が広がってきました。Fujisawa SSTの実証では、お客様が触れて体験できる場を設け、“生活の中に取り入れられる実感”を感じていただきました」(金子氏)
2025年の大阪・関西万博ではパナソニック グループパビリオン「ノモの国」の一角に、アーティストとコラボしたガラス型ペロブスカイト太陽電池を展示するなど、さらに啓蒙活動を重ねている。
同年11月には今後、様々な建物のガラス面に設置する実証実験を始めると発表した。実証期間は2025〜29年度の5年間。発電量や発電効率などの計測のため、大阪府門真市のパナソニックHD本社近くで建設中の開発棟の窓に試作品を5枚設置。描画の自由度が高く、幅広いデザインニーズに応えられる。
実装後のユースケースについては、ビルの窓はもとより、トップライト(天窓)、バルコニー、ファサード、庇(ひさし)、店舗のショーウインドーなどを想定している。「街じゅうのガラスに、発電するポテンシャルがある」を掲げ、都市の隅々まで広げていく構えだ。
「とはいえ新しい商品ですから、お客様自身もまだ使い方を想像できない部分があります。だからこそ、私たちはお客様と一緒に『どう使っていくのが最適か』を考えながら進めていきます。これはまさにオープンイノベーションの進め方です。2026年以降は本格的に展開していく予定で、まずは施工しやすく交換しやすい場所から始めようと考えています。例えば内窓やバルコニー、屋上フェンス、地上フェンスなどですが、最終的には高層ビルのすべての窓ガラスを置き換えられるような開発ロードマップを計画しています」(中村氏)
この言葉通り、そう遠くはない時期に「発電するガラス」が街のあちこちに埋め込まれていくのは間違いなさそうだ。2050年カーボンニュートラルの達成に向けても、不可欠な技術と言えるだろう。
「この技術が、いかに人びとの暮らしを変えていくか?」――最後の問いに2人はこう、力強く答えた。
「私たちは“街を発電所に”という言葉をよく使いますが、ゴールは都市そのものが発電できる社会を作ること。きっと身近なビルや街並みそのものが発電する時代がやってきます。ペロブスカイトは東西の面にも設置できるため、電力の平準化にも貢献できます。太陽光発電が今後さらに導入された際に昼に電力が余るような未来を変えられるはずです。将来的には蓄電池との連携も視野に入れて、トータルで持続可能なエネルギーの仕組みを完成させたい。そうした都市型の新しいエネルギー社会を、本気で描いています」(金子氏)
「技術そのものが主役である必要はありません。脱炭素社会の実現には、再生可能エネルギーが特別なものではなく当たり前に存在していて、意識しなくても暮らしや街に溶け込んでいる状態が理想です。発電源が街のあらゆる場所にあり、効率的なエネルギーマネジメントシステムが張り巡らされれば、真の意味で社会課題を解決したと言えるでしょう。ですから1年でも早く、より多くの場所に広がることを目指しています」(中村氏)












