日本の勝ち筋として「モビリティDX戦略」を策定
渡邉伸一郎(以下、渡邉) 2024年5月、経済産業省と国土交通省が「モビリティDX戦略」を策定した背景と経緯についてお聞かせください。
伊藤 建(いとう たける)氏
経済産業省
製造産業局 自動車課
モビリティDX室
室長
伊藤建(以下、伊藤) グローバル市場における自動車の売れ行きや動向から、電動化はかなり進み、踊り場にさしかかっていると捉えています。現時点で、EV市場では日本や欧州の苦戦が続いています。日本が強かったASEAN市場でも中国などにシェアをとられている状況です。電動化だけでなく、DXが競争軸となってきたことが背景にあると考えています。
伊藤 建(いとう たける)氏
経済産業省
製造産業局 自動車課
モビリティDX室
室長
デジタル技術を活用し、自動車に付加価値をのせていくビジネスモデルは、若い世代を中心に共感を呼び、販売拡大につながっています。また、新車売り切り型から継続的サービス提供型への転換が、自動車ビジネスの在り方を根本的に変革するといった視点も重要です。
自動車分野のDXは、米国や中国が先行しています。強い危機意識のもと、「モビリティDX検討会」では官民で検討を進め、2030年~2035年に向けた日本の勝ち筋として「モビリティDX戦略」を策定しました。
渡邉 伸一郎(わたなべ しんいちろう)氏
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
渡邉 「モビリティDX戦略」では、ゲームチェンジという言葉が出てきます。これまでCASE〔Connected(インターネットにつながる)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(カーシェアリングとサービス)、Electric(電動化)〕の取り組みが行われてきましたが、「変わる」という現実感を伴うまでには至らなかったと思います。ここ数年、一気に大変革の予兆を肌で感じるようになってきました。
渡邉 伸一郎(わたなべ しんいちろう)氏
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
「モビリティDX戦略」において、2030年にグローバルでSDVシェア3割という目標を掲げています。あえて数字を示した“思い”をお聞かせください。
伊藤 グローバルの自動車市場において、これまで日本のシェアは3割を堅持してきました。「モビリティDX検討会」で、EVもSDVもしっかり勝っていくという強いメッセージを出すべきだという議論がありました。官民で力を合わせ、オールジャパンで目標実現に取り組んでいく。その姿勢と、ゲームチェンジの主役になるという強い“思い”が込められています。
渡邉 競争が激化する中、SDVにおける日本の勝ち筋はどこにあるとお考えですか。
伊藤 SDVはクラウドとの通信により、自動車の機能を継続的にアップデートできるという点が革新的です。「走るスマートフォン」と例えられるように、自動車は単なる移動する手段にとどまらず、サービスを利用し新たな価値を体験する空間への進化の途上にあります。SDVに関して、米国、中国、欧州などの自動車メーカーや各国政府と議論する機会もあります。感じるのは、SDVの重要性は共通認識としてありながら、将来のビジネスモデルについてまだ明確には見えていないという現状です。
阿部 健太郎(あべ けんたろう)氏
PwCコンサルティング合同会社
Strategy&
ディレクター
阿部健太郎(以下、阿部) SDVにシフトしてもソフトウェアエンジニアが上手に活用できず苦労している欧州企業や、一気に広げるのは文化的にも難しいため、特定車種に絞ってSDVをスモールスタートで取り組む米国企業など、新興EVメーカーを除き、伝統的自動車メーカーは日本だけでなく欧州も米国も悩みながら取り組んでいます。
阿部 健太郎(あべ けんたろう)氏
PwCコンサルティング合同会社
Strategy&
ディレクター
伊藤 日本がSDVの新しいビジネスを創造し、市場で確固たるポジションを確立するチャンスは大いにあると思います。SDV化に伴う自動車産業の構造変革をいかにスピーディに進めていくか。官民が知恵を出し合い協力して乗り越えていくべき課題です。
阿部 OEM側がソフトウェアを内製化できれば、SDVの開発期間短縮が図れます。しかし、ハードウェア中心の自動車産業構造はそもそもSDV向けになっていません。
日本には垂直統合で系列サプライヤーと一緒に成長してきた歴史があります。ソフトウェアの分業を含めた開発のかたちを「日本流」でつくっていくことが、勝ち筋における1つの鍵になると考えています。
伊藤 SDV時代の自動車メーカーにおける収益モデルとして参考になると思うのが、スマートフォンの垂直統合型ビジネスです。メガテックはスマートフォンを販売していますが、そこで使われるアプリケーションはプラットフォームの中で流通し、認証などセキュアな環境のもとでビジネスが回るエコシステムを形成しています。
しかし、スマートフォンと自動車には決定的な違いがあります。「自動車は人の命を乗せている」という点です。自動車のデジタル化がどんなに進んでも、安心・安全が最重要テーマであることは変わりません。グローバル競争力の観点では、日本の自動車開発の知見や強みを最大限に生かしつつ、ソフトウェアで稼ぐプラットフォームビジネスへとシフトしていくことが重要だと思います。
渡邉 DXは、ビジネストランスフォーメーションでもあります。デジタル技術は手段であり、企業や産業構造の変革が目的です。PwCコンサルティングは、技術と意識の両面の変革を重視し、クライアントや自動車業界を支援しています。クライアントにとって、意識面の変革は難しいものがあると感じますね。
モビリティサービスとデータ利活用の2つの領域も柱に
渡邉 「モビリティDX戦略」ではSDV領域に加え、モビリティサービス(自動運転など)やデータ利活用も柱となっています。2つの領域を採り上げた理由をお聞かせください。
伊藤 自動運転には日本も10年前から取り組んできました。コロナ前後から米国や中国で走り始めたロボットタクシー(自動運転タクシー)は、両国において台数が急速に拡大しています。日本では2025年2月に国内初の中型バス車両でレベル4自動運転(運転者なし)による営業運行がスタートしました。
今後、日本の交通機関ではレベル4運行が進んでいくと思います。また自動運転の進展により、オーナーカーと商用車の境目が薄れていくと思います。平日はロボットタクシーで利益を生み出し、週末は家族で出かける時に利用するといったスタイルも考えられます。自動運転のレベルを上げるだけでなく、新しい自動車利用の在り方をつくり出すことも求められます。
データ利活用領域の観点では、企業の枠を超えた自動車業界のデータ連携基盤の構築が重要テーマです。ドイツでは、自動車のバリューチェーン全体でデータを共有するアライアンス「Catena-X(カテナ-X)」が設立されました。自動車産業の競争力強化や、カーボンニュートラル戦略を実現するためには、企業単独ではなく、業界全体で情報を共有し一致団結して取り組むことが大切です。日本でもASEANを含むグローバルのデータ連携基盤構想の議論を進めています。
阿部 「モビリティDX戦略」においては、3つの柱に加え「モビリティDXプラットフォーム」の立ち上げも重要なポイントだと思います。スタートアップ、異業種、大学、研究機関などでコミュニティを形成し、情報流通、企業間連携の促進などに取り組むことは、日本の自動車産業における大きな変化だと思います。
コンサルタントの視点から、産業再編も意識した動きが必要になるのではないかと考えています。M&Aに加え、ジョイントベンチャーによる共同プロジェクトの推進など、リスク分散しながら協業を進めていくことが重要な選択肢になると思います。
伊藤 「モビリティDX戦略」では協調領域の拡大もメッセージとして打ち出しています。グローバルの動きに対抗するためには、大きな投資が必要です。個社対応では限界があるため、協業というかたちで協調領域を広げていく流れをつくっていきたいと思います。
2024年度に起きた4つの外的変化
渡邉 2024年度も「モビリティDX検討会」が進められました。前年度との違いや変化についてお話いただけますか。
伊藤 前年度から、大きく4つの外的変化が起きたと考えています。1つ目は、テクノロジー競争の激化。AI技術の急速な進化は、自動運転などの可能性を大きく広げます。
2つ目は、国際環境の変化。米国関税やコネクティッドカー規制強化などへの対応が急務です。
3つ目は、レベル4の加速。自動運転バスなどを全国に行き渡らせ、地域の移動課題解決に貢献していくことが求められます。また、ロボットタクシーも実装フェーズに入ります。
4つ目は、サプライヤーの支援。SDV化が進むと、サプライヤーが大きな影響を受けます。Tier1サプライヤーに対して部品や材料を供給する、Tier2以下サプライヤーの支援は重要な論点となります。サプライヤーのDXも同時に進めていくことが大事です。
渡邉 お話をいろいろとお聞きし、「モビリティDX戦略」に込められた官民の“思い”がひしひしと伝わってきました。
伊藤 自動車産業は、雇用も含めて日本経済を支えている屋台骨です。10年後、20年後も、日本の基幹産業であり続けてほしいと思っています。
日本だけでなく世界の自動車産業が構造変革を求められています。成功体験に依存するのではなく、かつて自動車の未来を日本の自動車産業が切り開いたように、オールジャパンでチャレンジ精神を発揮することで、大変革期がビジネスチャンスに変わると確信しています。日本の自動車企業には、そのポテンシャルが備わっていると思います。
阿部 自動車企業にとって、EVやSDVは顧客のニーズを満たす手段だと思います。これまで顧客にどういう価値を提供してきたか。これから何をどのように届けたいか。本質に立ち返ることが、時代のトレンドに振り回されない観点でも重要だと思います。
海外出張で現地の人と雑談する中で感じるのは、日本車に寄せる「愛着」と「安心感」です。日本の自動車メーカーやサプライヤーは、品質を中心に顧客と築いてきた信頼に対し、SDV時代もしっかりと応えていくことが基本になると思います。そのうえで、デジタルを上手に活用してサービスによる顧客エンゲージメント強化を図ることが、勝ち筋につながると考えています。
PwCコンサルティングは、SDV時代においても世界で愛され続ける日本車のブランド価値向上、競争力強化に向けて、伴走型で支援していきます。







