デンソーにおける電子制御の成り立ち
葛原 剛(くずはら たけし)氏
株式会社デンソー
電子PF基盤技術開発部長
糸田周平(以下、糸田) 環境規制の強化や安全基準の見直しといった法規制への対応が求められる中で、ECUとしての機能や性能のニーズも大きく変化してきたかと思います。こうした技術の進化にどのように対応されてきましたか。
葛原 剛(くずはら たけし)氏
株式会社デンソー
電子PF基盤技術開発部長
葛原剛(以下、葛原) デンソーは、メカ(機械)から始まっています。メカとエレキ(電機)を融合した電子制御を進め始めたのが1990年代のことです。当初は組み込みソフトウェアが影響を及ぼす領域は小さかった。自動車の環境面に関する法規制が厳しくなるにつれ、よりシビアな数値管理の必要性が高まるとともに、ソフトウェアの重要度が増していきました。
2000年代になるとカーナビの導入拡大で、自動車のマルチメディア化が進みます。ECUやパワートレインのセンシング、エンジン制御最適化といった多くのシステム開発に取り組んできました。自動車における環境面や安全面などの規制対応も含む要求に全て応えられることが、デンソーの価値と考えています。
糸田 デンソーさんは自動車業界の進化の過程において、技術革新を続けながらグローバルで業界をリードされてきました。特に環境性能の向上や安全技術の進化、さらには電子制御やソフトウェア技術の発展など、多方面に大きな影響があったことと思います。
杉村 太郎(すぎむら たろう)氏
株式会社デンソー
エレクトロニクス技術3部長
杉村太郎(以下、杉村) メカだけではなくシステムや制御まで含めた対応が可能であることが、当社の重大な価値と考えています。私はディーゼルエンジン向けのコモンレール(蓄圧室)システムの開発に携わってきました。燃料噴射系のポンプやコモンレール、インジェクターをECUで制御する仕組みです。自社内でメカ、エレクトロニクス(ハードウェア)、ソフトウェアの全ての開発に対応できることがデンソーの競争力の源泉であり、グローバルで優位性を発揮できる大きな強みと考えています。
杉村 太郎(すぎむら たろう)氏
株式会社デンソー
エレクトロニクス技術3部長
渡邉伸一郎(以下、渡邉) 私はコンサルタントになる前はエンジニアで、かつて大手自動車サプライヤーにてトランスミッションの制御設計に関わっていました。デンソーさんは他社よりも先駆けて、メカ・エレキ・ソフト融合の開発に取り組まれてきました。OEMに近しいサプライヤーでも、そこまで対応している企業は珍しいと思います。
葛原 「品質と安全のデンソー」というモットーが示すように、当社は品質を非常に重視する開発文化です。先ほど杉村が話をしたコモンレールシステムの開発においても、環境や品質における厳しい基準をクリアしています。私自身が過去にセンサー開発部門にいた頃も、「他社のセンサーは壊れるけれど、デンソーのセンサーだけは壊れない」といった声をお客様からいただいてきました。
サプライヤーからの手厚い協力をいただきながら、自動車業界全体が一緒になって「品質と安全」という価値をつくりあげる取り組みをリードしてこられたことが、今日のデンソーの礎になっていると感じます。
自動車業界ならではのSDVの提供価値は?
糸田 周平(いとだ しゅうへい)氏
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
糸田 PwCでは2024年より、国内企業向けにSDV推進や開発に関するコンサルティング体制を強化しています。今も経済産業省や自動車OEM、サプライヤー、その他業界関係者の方々と様々な議論を行っています。
糸田 周平(いとだ しゅうへい)氏
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
SDVの進化に伴い自動車のアーキテクチャは大きく変化し、インターネットを経由したOTA(Over the Air)による機能アップデートが主流になります。これにより保守点検や修理の際も、整備工場やディーラーに足を運ぶ必要性が減っていきます。
こうした仕組みを成立させるためには、アーキテクチャの作り込みが重要です。変化の激しい市場に対して、SDVという「手段」でリアルタイムな対応が求められるでしょう。こうしたSDVの考え方について、どうお感じになりますか。
杉村 これまで当社は、お客様の仕様に基づき自動車に電装品を実装したら、その後は保守や修理に対応するのみで、電装品そのものが大きく進化することはありませんでした。それがSDVになると、スマートフォンのように電装品の提供機能を進化させ続けていくことが可能になります。
ハードウェアの在り方も大きく変化すると思います。ユーザーの手元にわたった後も、自動車もスマートフォンの普及や進化と同様に、ユーザーがより良い体験を得られるよう、クラウド環境を活用して新しいソフトウェアやサービスを継続的に提供していくようになるでしょう。高級車か大衆車かは関係なく、いかなる地域のエンドユーザーに対しても、SDVの価値が満遍なく提供されるべきです。
葛原 最近、特に強く意識しているのがUI/UXです。自動車が「モビリティ」と表現されるのは、それが単なるプライベートな移動手段を超え、様々な社会課題の解決に貢献する存在だからだと思います。モビリティ社会で多様な移動手段が活用され、関わる全ての人たちの体験を持続的に向上させることが、当社の究極の目標と考えています。ハードウェアとしての自動車メーカー以外の、モビリティサービスに関わる多様な業界の人たちと協働し、幅広いサービスを提供して人々の生活を幸せにすることを目指していきたいと思っています。
杉村 「品質と安全」はデンソーの生命線です。そして自動車は人の命を預かるものです。SDVで多岐にわたるサービスが提供される中で、「品質と安全」を担保することに、自動車に長年関わってきた当社の価値があると考えています。
渡邉 伸一郎(わたなべ しんいちろう)氏
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
渡邉 SDVとは自動車単体のことを示すのではなく、エコシステムであると当社も考えています。またその一方で、新しいサービスがハードウェアやソフトウェアの進化によって次々と可能になっています。
渡邉 伸一郎(わたなべ しんいちろう)氏
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
自動車関連メーカーがSDVに取り組む上で、ソフトウェアエンジニアの不足や、ハードウェア主体の開発からの転換について課題を感じられているケースも目立ちます。デンソーさんの場合は、ソフトウェアや制御技術の分野で先進的な取り組みを重ねていますね。つまりSDVが、これまでの取り組みの延長線上にあることになろうかと思います。
葛原 ものづくりの考え方が転換してきていますね。SDVによりユーザーの価値がものだけではなくUXやサービスに移行していくため、それを見据えたシステム開発が重要になっています。
自動車OEMからの要求はいかに変化した?
糸田 SDV化が進み、自動車OEMからの要求は変わりましたか。それに対しデンソーさんでは何か新たな取り組みをされていますか。
杉村 お客様から指示される仕様に基づいて「良いモノをつくる」だけではなくなってきています。自動車製造以降のサービスをどのようにつくっていくか、アーキテクチャをどうするかというところから、自動車OEMと議論をさせていただく機会が増えています。
葛原 お客様の価値軸が変わってきていると感じます。従来は走行や燃費など、性能に関する数値が重視されました。それが最近は「新しいAIのモデルをいかに早い段階で実装できるか」といったUX的なことが問われています。
糸田 新興系OEMは、創業時から電気自動車やSDVの環境を前提に開発を始めているため、SDVのソリューションや技術を最初から持っているような状態です。一方、伝統系OEMは、従来の自動車の価値と新しいSDVの価値をいかに融合させるか、といったところで苦労していることと思います。
葛原 伝統的なOEMのお客様は、価値を融合させる実現力について、当社の開発に期待してくださっていると思います。
ECU統合管理のために必要な要素技術は?
糸田 SDVを素早く実現し、エンドユーザーにアプリやサービスを提供し続けるためには、モビリティ内のECUやセンサーを統合管理するE/E(Electrical/Electronic)アーキテクチャの開発が必須です。デンソーさんは、E/Eアーキテクチャ開発におけるECU統合化に関連し、どのような要素技術開発に取り組んでいますか。
杉村 SDV化するために、自動車の中で様々な機能を共存させてECUを統合管理することは、そう簡単にいきません。SDV向けの車両に搭載する機構や部品は小型・集約化が必須である上、消費電力や熱容量が従来の車両よりも大きくなります。水冷式などの放熱方式に頼らなくとも、デバイスの省電力化や空冷システムなどで適切な熱管理や品質の担保ができるよう開発を進めています。
葛原 半導体のSoC(System on Chip)も重要な要素技術の1つです。SDVの車両は、ADAS(先進運転支援システム)から取得するカメラ画像を扱います。走行中には常にクラウドシステムと通信しながら、リアルタイムで状況判断し、素早く制御を行います。SDV向けのSoCとなると、大規模データによるリアルタイムな高周波通信処理を担うことになります。
糸田 かつてIC研究室を設立し、車載半導体開発に取り組んだデンソーさんが、今度は車載向けSoC開発もスタートしましたね。2025年1月に「SoC開発部」を設立し、半導体ベンダーと共同開発に取り組んでいると承知しています。
葛原 これまでデンソーではSoCについて購入品で対応していました。それは車載向けに特化したものではありません。SDV化の進展に従い、ソフトウェア実装で苦労することが増えてきたのです。「自動車にとって必要なもの・実装しやすいもの」の要件を新たに定義して開発、普及させていくことが、当社も含む自動車業界全体の開発を効率化し、それがひいてはエンドユーザーにとって手が届きやすい自動車やサービスの提供につながると思います。
通信ネットワークにおける技術課題は?
糸田 SDVの通信ネットワークは、今後もデータ量の増加とともに通信速度も飛躍的に高まり、さらにマルチギカ化していくと考えられます。イーサネットは不可欠ですよね。
葛原 そうですね。加えてソフトウェア上で行うセキュリティ処理が遅すぎると、イーサネットの高速通信も意味を成さなくなります。SDVにおける通信高速化を担保するために、デンソーではコンピューティング以外にも、様々な関連の要素技術について先行開発を行っています。
渡邉 SDVにおける高速通信の管理においては、SDN(Software Defined Networking)の柔軟性を生かした冗長化技術が有効かと思います。どのように取り組んでいますか。
葛原 SDVの制御で通信が途絶えてしまえば当然、安心・安全が保てなくなります。たとえどこかの通信が途絶えても別ルートからフォローするような、SDNの動的な制御による冗長化技術の開発にも取り組んでいます。大規模で複雑な通信の管理を最適化する上で、将来はAIによる動的な制御も必要になるでしょう。
糸田 SDV化の進展に向け、デンソーさんの組織はどのように変化しているでしょうか。もともとはコンポーネントごとで事業部があり、そこに対して設計や製造の部隊があったかと思います。
葛原 今は社内で水平分業化が進み、電子プラットフォームやシステムで提供する価値を軸とした事業部になっています。その下に様々な専門部隊が集まり、事業戦略や将来のビジョンを共有しています。
杉村 1つの組織の中で、技術者1人ひとりの専門スキルを醸成しながら、1つの製品をつくるために様々なスキルセットを束ねて大きなプロジェクトを推進することが求められています。
渡邉 技術者たちの業務内容や求められる能力も変わってきていますよね。車載関連ソフトウェア開発の大規模化・複雑化を受け、「Career Innovation Program」(CIP)として、ソフトウェア人材育成に力を入れていると聞いています。
葛原 そうですね。ハードウェア人材をソフトウェア人材へ転換するリカレントプログラムも実施しています。しかしSDV開発に必要な人材は多様であり、人材育成はまだ不十分だと思います。様々な専門家をまとめるプロジェクトマネジャーの育成も課題です。試行錯誤しながら取り組んでいるところです。
SDVの進化に必要なのは、「競争」と「共創」
糸田 自動車業界の事業環境はSDVの進展に伴い大きく変化していくと思います。その中においては、やはり自動車OEMが果たす役割も重要であると思います。デンソーさんとして、自動車OEMや自動車業界について期待することはありますか。
葛原 これまで当社は、市場動向の5~10年後を予想して要素技術の先行開発に取り組んできました。今後はその開発投資のリスクが、1社では背負いきれないものになるかもしれません。ぜひ自動車OEMさんも含めた自動車業界全体で、一緒に同じ未来のビジョンを見据えて、何か協働できたらうれしく思います。そのためには、昔ながらの自動車業界の商習慣も変わっていく必要もあるでしょう。
杉村 「キョウソウ」には、「競争」と「共創」という2つの言葉があてはまります。自動車業界全体で同じビジョンを共有し、自分たちが欲しい自動車や機能の基盤となる部分は一緒につくり、ビジネスでは競争をして切磋琢磨していけたら。そういうことができるのも、日本企業ならではの強さだと私は思っています。







