New Future 日経ビジネス 電子版SPECIAL

N e w F u t u r e

Vol.21 AIのインパクトは
企業を根底から変革する
進化するAIを受け入れ、
人の役割を問い続けることが
経営者の責任

生命保険業界の中でもAIの導入に積極的な明治安田生命保険相互会社(以下、明治安田)。その根幹には、AIは社会やビジネスを変革する原動力になると信じ、だからこそAI時代の人の役割を見極めようとする、経営者の強い意志がある。明治安田 取締役会長である根岸秋男氏、アクセンチュア 代表取締役社長の江川昌史氏が、人とAIが協働する時代に不可欠な経営の考え方を語り合った。

AIの「本当のインパクト」に
気づいている経営者はまだ少ない

 生成AIをはじめAIの技術が急速に世の中に浸透し、AIを導入している企業も多くなってきています。AIの急速な進化がビジネスに与える影響を、どう捉えていますか。

根岸まず私はいつも、人の五感とAIの関係の変化について考えています。AIがどこまで人の五感に取って代わるかということです。特に今日の急速なAIの進化によって、人の記憶力をAIがカバーしてくれています。さらに生成AIは、会話形式で膨大な情報を整理し、必要な形で提供してくれるようになりました。

 このAIの進化に対して、ただ驚いているのではなく、その進化を柔軟に捉え、ビジネスにどう活用していくかが重要です。経営者は、AIを先入観だけで語るのではなく、AIの能力を認め、人の力とどう共存させていくかを考えていく必要があります。

根岸 秋男 氏

根岸 秋男 明治安田生命保険相互会社
取締役会長
早稲田大学 理工学部卒業後、1981年に明治生命保険相互会社(現明治安田生命保険相互会社)に入社。2004年に滋賀支社長、2009年に執行役営業企画部長、2012年に常務執行役、2013年に取締役 代表執行役社長、2021年より現職。

江川当社が提供しているコンサルティング業務にも、AIは大きな影響を与えています。従来は、例えば営業組織の変革やサプライチェーンのような経営機能の高度化といった、特定領域に限った支援が中心でした。しかし、現在のようなAI導入においては、企業内のあらゆる部門が関与を避けられません。誰一人として無関係ではいられないと強く実感しています。

 およそ3年前に当社が実施した調査では、企業内の約4割の業務がAIに置き換えられ、残りの6割もAIとの共存が不可避という結果が出ていました。さらに現在では、AIエージェントも登場し、AIに置き換えられる業務が5割を超えることは確実です。そうなると、AIの真価を発揮させるためには、企業全体を変革させるトランスフォーメーションの考え方が必要です。

 生命保険業界においては、どのようなAIによる変革が起きているのでしょうか。

根岸変革は間違いなく起きています。ただ、金融機関の中でも生命保険業界は、AIの導入が遅れていると思います。この業界は従来から人の存在、感性によるコミュニケーションが重視されており、お客さまとの「温もり」や「温かさ」を感じられる関係性が契約につながります。これはAIの時代でも変わらないと思っています。

 しかし、テクノロジーによる変革は不可避であり、それを見据えて当社ではいち早く動いています。アクセンチュアの支援を得て開発した「デジタル秘書 MYパレット」を2024年10月から営業職員に導入しました。自らの分身である「デジタル秘書」を、お客さまのデータを集めることで育てていく。こうしたAIとの共存を目指しています。

図1 図1

図1:お客さま対応のサポートツール
「デジタル秘書 MYパレット」

江川明治安田はデジタル、AI活用において業界のリーダーだと思います。これからの時代、同社のようなAIを活用する企業は、パフォーマンスが向上し、実際の業績にも好影響が期待できます。

 さらに注目すべきは、AIを活用することによって、特定の業界にとどまらず、他の業界にも進出できる点です。オンライン書店でスタートしたAmazonが、ネット通販のトップ企業に成長し、企業向けクラウドサービスでも成功した例を見ても、テクノロジーで先駆けることの重要性が分かります。

 これと同等以上の破壊力が、AIにはあります。しかし、そのインパクトに気づき、その利用法を正確に理解している経営者はまだ多くありません。生成AIの導入はもはや必須であり、企業の存続がかかっていると言っても過言ではなく、当社もさらに企業への働きかけを強くしていく必要があると考えています。

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AIをどう活用するか、
「想像力」をアップデートする

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 AIを脅威と見るか、チャンスと見るかによって、企業のスタンスは変わるということでしょうか。

江川そうです。実は欧米では当初、「AIは敵」として、仕事を奪う危険な存在と見なしていました。対して日本は独自のアニメの世界観が浸透していたこともあり、AIと共存することに違和感がありません。そのためAIに対して親しみを持っていたのは良いことでした。

 しかし多くの日本企業は、AIが企業に浸透する過程で、企業全体を変革するパワーを有するという認識を持つことができませんでした。欧米では逆にこの意識が高かったことで、現状におけるAIへの取り組みに差がついてしまったのだと思います。

江川 昌史 氏

江川 昌史 アクセンチュア
代表取締役社長/CEO
アジアパシフィック共同CEO
1989年慶応義塾大学商学部を卒業、米アーサー・アンダーセン(現アクセンチュア)に入社。2000年にパートナー、2008年に製造・流通本部の統括本部長などを経て、2015年代表取締役社長に就任。現在アクセンチュア ジャパン 代表取締役社長/CEO 兼 アジアパシフィック共同 CEOであり、アクセンチュアの執行委員会とグローバル経営委員会のメンバーを務める。

根岸イメージを持つことが大事だと思います。企業経営にAIはどう関わり、人がどこまで受け入れることで、何ができるか想像力を働かせなければいけない。そして、その想像力を日々アップデートすることが大事です。

 経営者が想像力を働かせ続けることで、AI時代において人にしかできないことが見えてくるのでしょうか。

根岸AIも進化しますが、社会、事業環境も時代とともに変わります。それに合わせながら、AIとどう共存していくかを考えることが必要です。

 これまではお客さまと生命保険会社の関係は、ある程度画一的でした。例えば、性別や年齢に応じて決められたパターンの提案をすることで、事業を運営することができました。

 それが今ではお客さま一人ひとりが異なる個性を持ち、異なるニーズがあります。さらに生命保険は、お客さまとの長期の関係性が前提になっていますから、年代やライフステージとともに変わっていくお客さまのニーズ、価値観に合わせたご案内をしていく必要があります。

 当社が開発した「デジタル秘書」の狙いは、単に業務を効率化することではありません。お客さまから情報を聞き出して集めることはAIには難しく、人にしかない「温もり」や「温かさ」でお客さまに寄り添うことが必要です。AIが得意とする記憶力、分析力を備えた「デジタル秘書」が傍らにいることで、営業職員はお客さまに接する時間を増やすことができます。その結果、より多くの情報を得ることができるのです。そして、その次のお客さまともつながることができ、さらに新たなビジネスチャンスを得ることができます。

 集めたお客さまの情報を分析する際にも、AIと人の経験値を掛け合わせることで従来よりも情報の価値を高めることができますし、それこそが人の力だと思います。

江川おっしゃる通りです。AIが得意な領域、人が得意な領域を見極めることは、AIが仕事に浸透する中で、ますます重要になります。AIは人とともに成長する技術ですので、使う側の人間力が問われるのです。

 アクセンチュアの社内でも、人が関わらなくてもよい間接業務はAIエージェントによって徹底的に自動化を進めています。効率化により生まれた余力を活用し、必要に応じてリスキリングを行うなど、人にしかできないリアルなフィールドワークに人材を投入することで、企業価値をさらに高めることができると考えています。

根岸当社でも、営業現場の事務を効率化し、これまで営業所で事務を行っていた職員の役割を変えました。「事務サービス・コンシェルジュ」と称して、ご高齢のお客さまの事務手続きをサポートするという、新しい価値を生み出す業務にチャレンジしてもらっています。お客さま訪問の際には、営業職員も必ず同行するようにしており、お客さまの状況をより深く知ることで、次のビジネスのヒントを得ることができます。工夫次第で、AIを活用して業務を効率化することはチャンスにもなります。

江川AIによる効率化や自動化によって、企業価値の源泉である領域にリソースを投入できることが、AI時代の経営の神髄と言えます。その際、人にはAIが模倣できない創造性を求められてきます。

図2 図2

図2:人とAIの共創による、
生命保険営業の新たな価値創造モデル
(アクセンチュア作成)

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AIを使うことが当たり前の
社内環境をつくる

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 AIは企業を根底から変えるということですが、アクセンチュアが企業のAI活用を支援する際、どんなアプローチを取るのでしょうか。

江川当社では3つのポイントで取り組みを行っています。まず経営層に対し、AIの現在と未来について、そのインパクトの大きさをイメージしてもらうこと。ここのイメージがないと次の一手を打つことはできません。次に、AIを企業に実装する技術部門に対しては、徹底的にスキルを磨いてもらうこと。

 そして第3のポイント、AIを扱う中心地であるユーザー部門への働きかけを行うことです。ここはとにかく、AIを使うことに慣れてもらうことが重要です。使い込むことでデータが蓄積され、AIの学習が進みます。ユーザー部門を活性化できるかが、AI変革の成否を分けると考えています。

 当社はテクノロジーの会社ですが、それでも全員がAIを使いこなしているわけではありません。そこで今年1年間は、「AIに慣れる年」と社内に宣言して、各社員のプロジェクト内で自由にAIを使ってよいと決めました。アクセンチュアでも全社でAIを活用すると同時に、AI時代に即した働き方を導入し、プロフェッショナルを目指す取り組みを立ち上げました。AIを積極的に活用する人材を育成し、生活の中にAIが常にある、という状態をつくっていかないと会社全体をひっくり返すような大きな変革はできませんから。

根岸当社でも、ただ上司から「デジタル秘書」の活用を指示しただけでは、浸透させるのは難しいです。「デジタル秘書」と一緒に歩むことで、どんな利点があるのかを想像できれば、積極的にデータを入力し、利用も加速度的に進むと思います。

 AIの活用を社内に浸透させるために、何が大事だとお考えですか。

根岸小さな成功体験を積み上げることも大事ですが、「これは必ずやるべき」と確信を持ったことは、経営側から一定の強制力をもって導入します。少し手荒なやり方かもしれませんが、経営として自信があることは、はっきり示し、覚悟を見せることで、全社活用の土台をつくることができます。

江川本当にその通りです。会社からの強制力がないため、AIを業務内で部分的に使用して終わり、という企業が今増えています。会社がある程度の強制力を持って、経営層も先を見据えて正しいと思うことを行っていかなければなりません。生成AIは、既存業務を補助・代替し、個別最適化をもたらす技術ではなく、企業全体を変革する破壊的技術であり、優勝劣敗を市場にもたらすことになるのです。

 企業はAIとどう向き合い、事業の成長につなげていけば良いのでしょうか。

根岸生命保険というビジネスは、お客さまとの信頼の上に成り立っています。営業職員やスタッフがお客さまに寄り添うことで、生涯顧客体験としての価値を提供していきたいですし、それを実現するためには、職員間の信頼関係が構築されていなければいけません。

 同じように、これからは「人とAIの信頼関係」も不可欠です。例えば契約がうまく進まないときに、AIが出した提案はだめ、と決めつけているようでは、前に進むことはできません。逆に、AIに依存しすぎることも良くありません。AIの良さを認めた上で、人とAIが対等な関係であることが何より重要です。

図3 図3

図3:明治安田 10年計画
「MY Mutual Way 2030」の重要戦略

江川AIとの対等な関係を築くために、経営者はAIのできることや経営に与えるインパクトを正しく理解する必要があります。しかし、AIの進化はすさまじく、技術的な能力だけでなく、倫理や哲学といった領域にも対応できるようになっています。当社は京都大学と共同で、人間的なAIについての共同研究をスタートさせました。AIがより人間味を持ったとき、人は何ができるのかを見極めることが重要だと考えています。

 AIが進化し、より人間的になっても、人がすべきことは残されるのでしょうか。

江川正直、AIがどこまで進化するかは誰にも分かりません。だからこそ、理解する努力を続けることが経営者には求められています。そして少なくとも私は、人の力を信じています。

根岸私も、人が本来持っている感性は、今後AIが進化しても浸食されないと思っています。しかし、そう決めつけてはいけません。希望と同時に、柔軟さも持っていたいと思います。まずは謙虚な姿勢でAIを認めることが、企業の成長の原動力につながると思います。

江川氏、根岸氏
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