加速するオンラインとコロナ禍によって、一気に拡大したオンライン購買(eコマース)は、小売企業にとって必要不可欠な要素となった。だが、単純にインターネットで商品を買えるだけでは小売業は生き残れないという。キーワードは「シームレスな顧客体験」だ。デジタルマーケティングとeコマースサイトの開発に携わった2人のエキスパートが、これからの小売業に求められる条件を語り合う。
ここ数年、eコマース市場は拡大傾向にありました。そのトレンドが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大によって、どのように変化したと感じていますか。
加藤消費者行動の多様化と、デジタルデバイスの高度化は着実に進展してきました。個人から見ると、よりパーソナルな体験を求めるようになっており、情報取得の手段も、テレビや雑誌、チラシなどだけでなく、デジタルの重要性が増しています。とくに若い世代は、家にテレビがないという人も多く、デジタルが情報収集の唯一無二の手段となっているケースも見受けられます。
加藤圭介氏
アクセンチュア
インタラクティブ本部
マネジング・ディレクター
2001年アイ・エム・ジェイ(IMJ)入社、取締役副社長COOを経て、2016年、IMJのアクセンチュアグループ入りを機にアクセンチュア・インタラクティブ マネジング・ディレクターに就任。20年以上にわたり、マーケティング領域を中心に企業のデジタル変革を支援している。
正木ビジネットシステムは、アパレル業界を中心に、長年にわたって小売業のeコマースサイトの構築とそのバックオフィスのプロセスを構築してきました。そこで見てきた中では、COVID-19以前からeコマース化率を高めようという動きはありましたが、結果的に緩やかなものでした(図1)。それがCOVID-19によって、そんな悠長なことを言っていられなくなり、すごい速度感で変わり始めています。長年eコマース業界を見てきましたが、今ほど変化している時代はありません。
図1:コロナ禍以前のEC市場は緩やかに伸長
出典:経済産業省「日本のBtoC-EC市場規模の推移」
加藤COVID-19によって、消費者の行動基準は大きく変わりました。まず店舗にできるだけ行きたくないという動きです。そのためオンラインの購買にどんどんシフトしていきました。デジタルメディアへの接触も、COVID-19前と比べて圧倒的に増えました。また店舗に行っても、できるだけ滞在時間を短くしたい、あらかじめ選んでおいた商品を店舗でピックアップしたいといったニーズも増えています。
ですが、消費者のこれらのニーズを、感染防止のための一時的な行動と見るのは間違いです。消費者は認知、関心、検討、購買、受け取り、その後のリピートという一連の流れの中で、シームレスな体験を求めています。そして、消費者は一度そういう体験をしてしまうと、元に戻ってはきません。
この状況下、ある大手アパレル企業は、「eコマースが本業である」と言い切っています。従来のリアル店舗とeコマースの関係を大きく変え、マーケティングにとどまらず、バリューチェーンやビジネスそのものを変革する取り組みを進めています。この例のように、小売企業は顧客との付き合い方、アプローチの仕方を大きく変えていかなければいけなくなっています。
正木哲也氏
ビジネットシステム 執行役員
アクセンチュア インタラクティブ本部
マネジング・ディレクター
大手IT企業でシステムエンジニアを務めた後、ビジネットシステムに入社。店舗POSシステムや販売管理システムをASPで提供し、eコマースサイト企画開発にも従事。2015年からデマンドウェアのコマースアプリケーション(現・Salesforce Commerce Cloud)に注目し、この製品を中心とした開発で実績を重ねる。
正木その通りで、小売企業の対応は注意が必要です。例えば、単にアパレルeコマースが伸びているから、販売先を大手のファッションeコマースサイトに変えるといった表面的な対応を取るだけでは、小売企業の競争力は低下する一方です。長期的にじり貧になることは避けられません。
Next
なぜ、大手eコマースサイトに頼っていると、小売企業の競争力は低下してしまうのでしょうか。
正木eコマースにおいて、消費者が最も気にする点は価格です。インターネットでは価格の比較が瞬時にできるため、常に価格競争にさらされることになります。一方で、大手のeコマースサイトは手数料がかかります。そこに商品を卸して生き残るためには、薄利多売の道しかありません。品質や機能性よりも、価格を重視して商品を開発しなければいけなくなるからです。利益が薄いことを前提にした戦略では、負のスパイラルに陥っていきます。
私は、オンライン中心の時代に小売企業が生き残る究極の道は、受注生産だと思っています。しかし、これまでの受注生産品のように、長く待たされるものではだめです。デジタルの力を使い、企業全体が俊敏に動くことで、それが実現できると思っています。
加藤企業と消費者の新しい関係を築くには、単純に顧客接点を連携させるだけでなく、組織のあり方、人事評価の仕組みなども含めて手を入れなければいけません。ビジネスそのものを変革し、企業全体を変える必要があります。これをアクセンチュアではBX(ビジネス・オブ・エクスペリエンス)と呼んでいて、セールスとコマースの変革は、BXの4つの重点領域のうちの一つと位置づけています。
2021年2月、ビジネットシステムがアクセンチュアの一員となりました。これはBX推進のためのコマース強化策でしょうか。
加藤はい、そうです。アクセンチュアでは、リアルな店舗、eコマース、コンタクトセンターという3つの顧客接点を連携して、消費者に一貫した体験を提供する「シームレスカスタマーエクスペリエンス」を意識して企業を支援しています。ですが、マーケティングとサービスにおける豊富な実績に比べて、コマースの部分は能力が不足していました。そこを埋めるために最もふさわしい企業がビジネットシステムだったのです。
ビジネットシステムは、Salesforceのコマース製品である「Commerce Cloud」の導入実績が日本で最も豊富な開発企業の1社です。Salesforceは、CRMをはじめ、マーケティング、サービスなどのアプリケーションが同一のプラットフォームで稼働しており、すぐに連携が可能です。ビジネットシステムの開発力を得たことで、アクセンチュアとしてシームレスな顧客体験を支援できる体制が整ったと考えています(図2)。
図2:両社一体となり、シームレスな顧客体験を実現
正木一般的に、eコマースサイト開発会社ではUIやUXを重視し、サイトのデザインやボタンの大きさ、配置などに対するノウハウを持っていて、それを実装していきます。もちろんそれらは大事なことですが、オンライン上の顧客体験の本質ではありません。いくら表面を着飾っても、バックのオペレーションが弱いと結局は優れた体験が実現できません。そこで、ビジネットシステムではバックエンドのシステムも独自に開発して、注文された商品が素早く出荷できるよう支援をしてきました。
ですが、コロナ禍でeコマースが急増し、例えば、購入後のサポートやサービスの部分で困っている消費者が急増しています。ビジネットシステム単体では、eコマースサイトとそのバックのシステムしか提供することができませんでした。アクセンチュアに参画したことで、バリューチェーン全体を最適化し、小売業界を変えていくお手伝いができるようになると考えています。