キリン流・CSV経営学
キリン流・CSV経営学

ビール文化を育みながら、人と人とのつながりを生む キリンビールが大切にしてきた「コミュニティ創出」への取り組み ビール文化を育みながら、人と人とのつながりを生む キリンビールが大切にしてきた「コミュニティ創出」への取り組み

“人と人とがつながるよろこび”を届けることで、
お客様と深く永く、あたたかな絆を育み続けてきたキリンビール。
それは、キリングループのCSV※1パーパスの一つである「コミュニティ」の取り組みそのものでもある。
その一例が、クラフトビールや「SPRING VALLEY BREWERY」を通じた、新たなつながりの創出だ。
コミュニティ型ブランドの原点である「ハートランド」にはじまり、「スプリングバレー」へと受け継がれる、
新たなビール文化やコミュニティの醸成に貢献する同社の取り組みを
ビアジャーナリストの藤原ヒロユキ氏と共に振り返り、その未来を展望する。

※1 Creating Shared Valueの略。共通価値の創造。社会的ニーズや社会問題の解決に取り組むことで
社会的価値の創出と経済的価値の創出を実現し、成長の次なる推進力にしていくこと。

「コミュニティ」ブランドの原点
ハートランド

かつて、六本木にあったビアホール・ハートランド。「つた館」と「穴ぐら」、情緒ある2つの空間から成るこのビアホールは、1986年から1990年までの限定オープンにもかかわらず、のべ56万人が来店する一大ビアコミュニティとなった。その求心力となったのが、今も根強い人気を誇るビールブランド「ハートランド」である。

ハートランドは、お客様や地域をはじめ、ステークホルダーとのつながりを通じて価値を創出する、キリンのコミュニティパーパスを体現する原点ともいえるブランドだ。その発信地であるビアホールは、ブランドに共感するファンとの関係を築く場でもあった。

ビアホール・ハートランドの「つた館」(左)と「穴ぐら」(右)。ハートランドを取り巻くコミュニティの拠点となった。

ビアホール・ハートランドの「つた館」(上)と「穴ぐら」(下)。
ハートランドを取り巻くコミュニティの拠点となった。

ハートランドにもビアホールにも、キリンの社名は一切入っていない。それは画一化したナショナルブランドビールではなく、もっと自由にビール本来の楽しさを提供したいという想いからだった。ハートランドのコンセプトは「素」。この一文字には既存の価値観や流行にとらわれることなく、「自分にとっての本物を発見してほしい」というメッセージが込められている。

藤原ヒロユキ氏も、この世界観に共感した若者の一人だった。当時の思い出を振り返る。「ちょうど僕が大阪から上京したばかりの頃、ビアホール・ハートランドに行っていました。ファッション誌のイベントを開催したこともあるんですよ」

ビアジャーナリスト/ホップ生産者/イラストレーター

藤原 ヒロユキ 氏

1958年大阪府生まれ。国立大阪教育大学卒業後、中学教員を経てイラストレーターに。1995年以降全国に広がった地ビールに魅了され、ビアジャーナリストとして活動。2010年一般社団法人日本ビアジャーナリスト協会設立。2012年ビアジャーナリストアカデミー開校。国内外のビールコンテストの審査を務めるほか、書籍や各種メディアを通じてビールの楽しみ方を広く伝えている。2015年より京都・与謝野でホップの生産を開始し、2019年移住。与謝野ホップ生産者組合副組合長として、若手ブルワリーの育成にも努める。

ライブ会場やギャラリースペースとしての顔も持っていたビアホール・ハートランドは、様々なイベントやアーティストとのコラボを行うなど、最先端のカルチャー拠点となっていた。それもまた、広告ではなくクチコミによって人が集まる共感型コミュニティの中で、ファンと共にハートランドブランドを創り上げていくという狙いからだった。

ハートランドが築き上げたのは、お客様同士のコミュニティだけではない。流通や料飲店と直接コミュニケーションする、新しいネットワークを創り出した。例えば、酒販店と一緒に勉強会を開催したり、ユーザー向け情報誌を発行する「ハートランド・コネクション」の企画もその一つ。また、料飲店ネットワーク「ハートランド・ジャンクション」では、メニューブックやマニフェストの共有を通じて、ハートランドのコンセプトをそれぞれのお店で体現することで、ハートランドファンのコミュニティを広げていった。 お客様に“知らせる”のではなく、“気づいてもらう”ことを目指したハートランドは、それを置く店のこだわりも含めて新しい価値を醸成し、同時多発的にファンコミュニティを創出していったのだ。

ビアホール・ハートランドがなくなった今も、そのつながりは大切に育まれ、ハートランドは発売から30年以上がたった現在も、順調に取扱軒数を増やし続けている。ビール全体の販売数量は1994年をピークに減少しているが、ハートランドは1993年から2017年まで24年間連続で売上を伸長。2019年には、1994年比で約10倍の販売数量となった。市場全体が落ち込む中で、この右肩上がりの成長は驚異的といえよう。

コミュニティに愛され、育まれたハートランド。
今も全国各地の飲食店や家庭で、親しまれている。

ファンのコミュニティには、このような奇跡を生み出す力がある。一方で、「コミュニティを存続させるには、ブランドやモノ自体がきちんと確立していなければいけない」と藤原氏は念押しする。

「ハートランドという素晴らしいビールがあったからこそ、そのおいしさや価値観が人づてに伝わってファンが集まり、コミュニティが発生しました。告知をしなくても自発的にハートランドを選ぶお店やお客さんがいて、それが持続的な成長につながっているのでしょう。同じことが今、クラフトビールの世界で起こりつつあります」(藤原氏)

多様なつながりを大切にすることで
クラフトビール文化の土壌を育む

2014年、キリンビールはクラフトビール事業に本格参入した。その背景にあったのもまた、「画一性から脱却し、ビールをもっと面白くしたい」という強い想いだった。

「クラフトビールは、ビールの伝統的な製法を活かしながら、自由な発想で造られたビールです。その魅力は、なんといっても多様性にあります」と藤原氏は言う。日本のビールは99%がピルスナータイプといわれるが、それは「スポーツの種目が100m走しかないと思い込んでいるのと同じ」なのだそうだ。

「マラソンや短距離走、柔道、新体操、砲丸投げと様々なスポーツがあるように、ビールにもいろんな種類があり、それぞれに飲み方も楽しみ方も異なります。この多彩なバリエーションの中から誰もが自由に選べることこそが、本来のビールの面白さなのです。たくさんある中から自分の好みの味を見つけるという、宝探しのような楽しさがあります」(藤原氏)

様々な色のビールが並ぶ見た目からも、
クラフトビールの多彩さがうかがえる。

これまでのナショナルブランドビールにはないビールの魅力を発信し、その文化を広めるためには、ハートランドのときと同様に新しいコミュニティの拠点が必要だった。そこでキリンビールは、クラフトビールと愛飲家、造り手と飲み手、そしてクラフトビールファン同士をつなぐ場として、醸造所併設のクラフトブルワリーパブ「SPRING VALLEY BREWERY(SVB)」を2015年東京・代官山に、2017年京都にオープンした。

クラフトブルワリーパブ
「SPRING VALLEY BREWERY(SVB)」東京(上)と京都(下)。
クラフトビール文化を醸成するための新たな拠点となる。

「若者のビール離れ」といわれる中で、SVBには若い世代、とくに女性が多く訪れ、クラフトビールを「自分たちのビール」として楽しんでいる。実際、今回取材で訪れたSVB京都は、カップルや女性グループ客で賑わい、京都という土地柄から外国人客も目立っていた。

そんなお客様たちに、クラフトビールの魅力を聞いてみると、「味のバラエティがたくさんあって楽しい」「いろんなビールを飲み比べたり、食事と合わせて選べるワクワク感がある」「いつも飲んでいるビールとは違う、ちょっとした贅沢気分が味わえる」「日本の各地域のビールが選べるのがうれしい」といった声が多く寄せられた。

ビールについて語るとき、人はみな笑顔になる。そんな笑顔の集まるSVBは、クラフトビールのファンコミュニティとして地域に溶け込んでいるようだ。「日本に本当のクラフトビール文化を育んでいくためにも、東西のコミュニティ拠点が果たす役割は大きい」と、藤原氏も評価する。

SVBでは、お客様と造り手たちが語り合う「ブリュワーズナイト」や、様々な日本産ホップで造ったクラフトビールを楽しめる「フレッシュホップフェスト」という原料生産者とブルワー、お客様をつなぐイベントも開催している。

最近では、コロナ禍でしばらく実施を見合わせていたイベントもようやく復活し、SVBだけでなく、多くのクラフトパブにも客足が戻ってきた。なかには、コロナ禍前より賑わっている店もあるという。

「クラフトビールファンは、お店やブルワー、ブルワリーが好きで通う人が多いので、規制がなくなれば当然そこへ帰っていくわけです。ここでしか味わえない楽しみがあるというのは、やはり強い」(藤原氏)

コミュニティの拠点があるからこそ、人は集う。その人がまた人を呼び、つながりの輪が広がっていく。クラフトビールという新しいビール文化は、コミュニティの力を得て豊かな土壌を育んでいくに違いない。

日本のクラフトビールを、京都から!
地元の素材を使った
地域活性プロジェクト

クラフトビールは、地域に根ざしたビールでもある。地元の素材を活かしたビールも多い。京都の魅力を広く伝えるために、SVB京都では与謝野ホップで造った「京都 YOSANO IPA※2」や、京都産コシヒカリを使った期間限定品「Kyoto 2023」など、京都限定のクラフトビールを展開。地元をはじめ各地から訪れた多くのお客様に喜ばれている。

※2 IPAとは「India Pale Ale(インディア・ペールエール)」のこと。

例えば、「せっかく旅行で来たのだから、京都のビールを飲みたい」という北海道から来た女性のお客様もいれば、「僕らのIPAと京都のIPAはまったく違っていて、そこが面白い」という米国人カップルも。なかには、「地元の素材を使うことは、その土地の文化を伝えるだけでなく、地域経済の発展にもつながります。サステナビリティの観点からも、私たちはそんなクラフトビールを選びたい」(米国人女性)という声もあった。

おいしいクラフトビールで地域を元気にするために、現在キリンは地域の他のクラフトブルワリーやビール関係者と共に「京都産原料100%ビール(K100)プロジェクト」を進めている。与謝野ホップの生産者である藤原氏も、メンバーの一人である。

「クラフトビールで大切なのは、その土地や国らしさ。その点、日本は海外のいいものを取り込むのはうまくても、独自のビアスタイルがまだ確立できていないんですね。理由の一つは、日本独自の原料を使っていないから。僕が国産のホップづくりを始めた背景でもあります」(藤原氏)

与謝野はホップ栽培に適した立地にあり、農業としても成り立つ。「与謝野ホップを地域のブランドとし、ここから日本のビアスタイルづくりを目指していきたい」という想いから、藤原氏は2019年に与謝野へ移住。「地域コミュニティの一員として、京都らしいビールを創っていこうというSVB京都の取り組みは本当に嬉しい。実際に与謝野ホップを使ったビールもSVB京都で造ってくれて、地元の生産者たちも喜んでいます」(藤原氏)

SVB京都の「京都 YOSANO IPA」は、全国・全世界から京都に来るお客様を通して与謝野ホップの認知度を高めるきっかけとなった。また、ペアリングメニューに地域の特産物をフィーチャーすることで、農業や水産業の応援にもつながっている。SVB京都は、クラフトビールの発信地であり、ファンコミュニティの拠点であると同時に、地域活性のハブステーションとしても存在感を高めているようだ。

与謝野ホップを使って醸造した
「京都 YOSANO IPA」。
SVB京都から新たなビールを発信する。

クラフトビール事業を通じて
“人と人とがつながるよろこび”を
届けていく

クラフトビールは、その発祥からしてコミュニティとは不可分の存在だ。そもそもアメリカでクラフトビールが生まれた背景には、ホームブルーイング(自家醸造)のカルチャーがあった。移民たちの祖国である欧州にルーツをたどり、これを再現したり再解釈することで新しいビールを誕生させたことが始まりだ。それがやがて近隣の住民に広がり、コミュニティをつなぐ役割を果たしてきた。

「今やクラフトビールの世界大手となっているブルックリン・ブルワリーが、麦芽100%のブルックリンラガーを造ったのも、ブルックリンはドイツ移民が多い街だったからです。これで新しいビール文化が生まれ、荒廃したブルックリンの街はクールな街へと発展しました。クラフトビールはローカルに生まれるものだからこそ、地域コミュニティに与えるインパクトも大きいのです」(藤原氏)

ビールを起点にコミュニティが生まれ、そのコミュニティが新しい文化を醸成していく。それを意図的に行ったのが、ビアホール・ハートランドであり、SVBである。近年は、これにSNSなどのネットワークのコミュニティも加わった。藤原氏は、そこに注目する。「SNSではそれぞれの価値観が交錯し、よりディープなコミュニティが生まれています。そしてそれらが別のコミュニティとつながって、ネットワークが広がっていく。これは、ローカルから発生して世界に広まったクラフトビールのムーブメントとよく似ています。キリンがクラフトビール事業の意義をコミュニティに求めたのは、まさしく先見の明といえるでしょう」

キリンビールは、クラフトビール事業を通じて、全国のブルワリーや⽣産者を支援し、地域を元気にするプロジェクトに取り組んでいる。サプライチェーンや地域社会との関わりの中で様々なコミュニティの活性化に貢献し、それがクラフトビール市場の拡大にも寄与している。無数の点であったコミュニティが線となり、やがて面を描くことで、その共創価値、経済的価値はますます高まっていくに違いない。

コロナ禍によるロックダウンを体験し、人と人とのつながりの大切さを痛感した昨今、同社がCSVパーパスの一つに掲げる「コミュニティ」の意義はより重要なものとなっている。クラフトビール事業に限らずあらゆる事業領域の中でコミュニティのあり方を模索し、その醸成と発展に取り組むキリングループ。同社の姿勢に共感する人々からまた新たなコミュニティが発生し、ユニークな文化やビジネスが生まれ、豊かな未来が拓けていく。それこそが、キリンが届けたいと願う“人と人がつながるよろこび”であり、コミュニティの価値そのものなのである。