水を多用するのは食品業に限らない。

精密製造はもとより、発電、鉱業などあらゆる
企業活動に水は関わる。その水不足が深刻だ。
水という自然資本への情報開示や規制対処を、
経営陣は真剣に考えるべき時が来ている。
総じて低い日本企業の水利用に対する意識。
その論点を検証してみる――。

総論

ビジネスの持続可能性を「水」の視点で問う
自然資本の水、利用する以上は回復も
リスク情報の開示が求められる時代へ

自然資本の一つである水。それが今、マネジメントの対象として注目を浴びる。ビジネスの持続可能性を「水」の視点で見ると、その回復が欠かせないからだ。求められるのは、水の流れを基軸に据えた「流域」という捉え方。水という自然資本の維持・回復に取り組もうとするとき、その捉え方が必須だ。企業は今後、水とどう向き合えばいいのか――。水ジャーナリストで東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹の橋本淳司氏に聞いた。

■表 「逼迫する水問題」が2023年の10大リスクの最後にランクイン(出所:ユーラシア・グループ「TOP RISKS 2023」)

「ならず者国家ロシア」「『絶対的権力者』習近平」「『大混乱生成兵器』」……。地政学リスク専門のコンサルティングファーム、ユーラシア・グループが公表した「TOP RISKS 2023」。10大リスクの最後に挙がるのは、「逼迫する水問題」である(表)。

同グループによれば、水問題は2022年から兆候が見られたという。「水位低下はアフリカの食糧危機を悪化させ、ヨーロッパでは海運や原子力発電を停止させ、中国では工場の閉鎖につながった」。

2023年はそうした状況がさらに悪化する、と警告を発する。「河川では最低水位を記録し、世界の企業の3分の2が事業やサプライチェーンにおいて重大な水リスクに直面することになる」と。

水問題が起きる理由は、一つには地域によって必要な水量を確保できないから。水資源の地域偏在という事情が背景にある。もう一つ、マネジメントの欠如も挙げられる。必要な水量は確保できても適切に分配されなければ、不足は生じる。

水ジャーナリスト
アクアスフィア・水教育研究所代表
武蔵野大学客員教授
橋本 淳司 氏

さらに地球温暖化も問題に拍車をかけるという。水ジャーナリストの橋本淳司氏は指摘する。

「地上の水分は温暖化に伴う気温上昇で蒸発します。欧州のように水が足りない地域では蒸発量ばかり増え、干ばつが進み、日本のように水が豊かな地域では雲になって、雨が降りやすくなる。水資源の地域偏在が、さらに進むのです」

水問題が深刻化の様相を見せる中、持続可能なビジネスを展開していくには、渇水にも洪水にも悩まされることのない、水の安定利用が不可欠。まず認識すべきは、何か。

橋本氏が訴えるのは、自然資本である水と市場経済との関係性に目を向けることである(図1)。

■図1 市場経済では自然資本としての水を利用し環境負荷を与えている※アクアスフィア・水教育研究所の資料を基に作成

自然資本とは、経営基盤を支える資本の一つとして自然環境を捉える考え方。その価値を適切に評価・管理することが、ビジネスの持続可能性を高めることにつながる。

流域での維持・回復へ
米企業は水再生に投資

では市場経済との関係性は、どう見ていけばいいのか。

この図が示すのは、企業は水を利用した生産活動を通じて商品やサービスを提供し、収益を上げている、ということ。それに伴い、自然資本には環境負荷を与え、その価値を毀損している。このままでは自然資本はいずれ失われてしまう。

そこで、生産活動を行う企業には2つの取り組みが求められるという。「一つは、生産活動の中に水の循環利用を取り込むことです。もう一つは、生産活動とは別に再植林や農地管理など自然資本の維持・回復に取り組むことです」。

前者の取り組みは、水利用の抑制につながり、自然資本への環境負荷を抑える効果が見込める。一方、後者の取り組みは、自然資本の維持・回復を通して地域の水供給を増やすことにもつながる。

橋本氏が環境面の理由からより強く推すのは、後者の取り組みである。「自然資本の維持・回復への取り組みは、生物多様性の保全や気候変動対策に通じる可能性も見込めます。企業の中にも具体的な取り組みが見られ始めています」。

例に挙げるのは、米メタや米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の取り組みだ。「メタは流域の水再生プロジェクトに投資しています。またP&Gは流域で生態系の保護や地下水の補充に取り組んでいます。同社はさらに、水質の改善を目的とする複数の水再生プロジェクトにも関与しています」。

この2社の取り組みにも見られるように、その対象は「流域」。企業が水との向き合い方を考えるときには、拠点施設のある「流域」という捉え方が非常に重要になる。

「雨が降り、それが地形に従って集まり、水の流れを形成する。自然資本である水に目を向けるときは、その水の流れを中心に据えるべきです。日本企業はまだ、その捉え方が十分ではないと感じています」

流域での貢献に向け
水リスクの分析・対策

今の時代、水の安定利用に向けた「流域」での取り組みは、資本市場の評価対象にもなり得る。気候変動への対策や生物多様性の保全に向けた取り組みと同様の位置付けだ。

そうした「流域」での取り組みを進めるときのステップを橋本氏は次の3つに整理する。

まず生産拠点の利排水をフローで捉え、リスクを分析すること。次に、それらリスクへの対策とその影響をマネジメントすることである。「自社が利用する地下水がどこからどこへ流れるかを把握して涵養かんよう策を実施することが大事です」。

またここではサプライチェーンの単位で捉えることも重要だ(図2)。そうすれば、水リスクは複数の流域上に存在することが分かる。「例えば飲料メーカーの場合、生産拠点で水を確保できても、原材料の産地が水不足であれば、生産に支障が出ることも起こり得ます」。

■図2 企業の水リスクは複数の流域上に存在する<アパレル産業の例>※アクアスフィア・水教育研究所の資料を基に作成

最後は、流域の水問題を解決するため行政や市民と行動を起こすこと。先ほど挙げた拠点内での水の循環利用や自然資本の維持・回復に向けた取り組みだ。それらを通じて、ビジネスの持続可能性やブランドイメージの向上を図る。

「環境面でのリスク分析やリスク対策は今、非財務情報として開示が求められるようになってきました。今後は『水』についても同じように扱われるようになる、とみています」。橋本氏は将来をこう見通す。

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