――ユナイテッドアローズは、「人的資本経営」をどのように実践しておられますか。
当社は「高いケイパビリティ」「高い心理的安全性」「高いエンゲージメント」を人的資本経営の3つの柱としています。
中でも重視しているのが、3つ目のエンゲージメントです。2018年からeNPSスコアの測定を行っており、その結果に応じてデータドリブンに人事施策を調整しているのが、当社の人的資本経営の大きな特徴だと言えます。
――どんな取り組みなのか、具体的に教えてください。
eNPSスコアは、職場に対する愛着・信頼の度合いを示す値です。「あなたは今働いている会社への入社を友人や家族にどの程度勧めますか?」と問いかけ、推奨者の割合から批判者の割合を差し引いた後の値(eNPSスコア)の高さを測定します。値が高いほうが、エンゲージメントが高いということです。
当社はこの5年間、eNPSスコアの測定を行うと同時に、スコアに与える影響度が高い因子は何なのか?という相関分析を行ってきました。興味深いのは、コロナ前とコロナ禍になってからで、因子が大きく変わったことです。
――どう変わったのでしょうか。
当社の従業員の約8割は店舗スタッフなのですが、コロナ前はものすごくお客様が多く、残業が日常茶飯事でした。そのため、eNPSスコアにマイナスに影響する因子も「仕事量」や「労働環境」が多かったんです。ところが、コロナ禍で店舗が長期休業を余儀なくされると、「このまま働き続けられるのか?」という「失職リスク」が大きなマイナス因子となり、「労働環境」などを上回ったんですね。その結果、eNPSスコアが下がるとともに退職率は5ポイント以上も上がり、2年間で約1000人もの従業員が入れ替わりました。
そこで、エンゲージメントを高めるためには、経営方針と教育が重要だということが分かったのです。辞めない、あるいは会社を再成長させられるように、もっと自分たちの能力を磨き、経営を建て直していこうという前向きな気持ちになってもらうことが大切だと気づきました。
以来、当社は人的資本経営のための施策として、従業員に学びの機会を提供することに力を入れています。今後、どんな施策を採り入れていくのかも、eNPSスコアと因子の相関性を見ながら、データドリブンに調整していく考えです。
――柱の残りの2つである「高いケイパビリティ」と「高い心理的安全性」は、どのような狙いで掲げているのでしょうか。
コロナ禍以降、何とか離職は減り、業績も順調に回復しています。ただ、問題なことに、やや成長が鈍化しているのです。
従来のビジネスモデルで直近の経営は維持できても、さらなる成長のためには、新しい事業にも果敢にチャレンジしていかなければなりません。
会社が事業の幅を広げるには、従業員にも自分たちの能力の幅を広げてもらう必要があります。これが「高いケイパビリティ」を柱の一つとしている理由です。
また、従業員が能力の幅を広げるには、新しいことに遠慮なくチャレンジできる環境が不可欠なので、「高い心理的安全性」も柱として掲げているわけです。
――花崎さんは、「高いケイパビリティ」「高い心理的安全性」「高いエンゲージメント」の3つの柱で取り組んでいるユナイテッドアローズの「人的資本経営」を、どのようにご覧になりますか。
エンゲージメントだけでなく、従業員と会社が共に成長するためにケイパビリティを高め、それを担保する環境として心理的安全性を高めることも追求している点にバランスの良さを感じます。
心理的安全性は、とかく「働きやすさ」や「風通しの良さ」を担保する環境のように誤解されがちですが、本来は山崎さんがおっしゃるように、会社や上司に遠慮することなく新しいことにチャレンジできる環境のことです。そうした本質をしっかり理解した上で、従業員の皆さんにも正しいメッセージを発信されているのだろうと拝察いたします。
ちなみに、先ほどeNPSスコアのお話がありましたが、定量的なスコアだけでなく、従業員のコメントなどの定性的な情報も人事施策作りに反映されているのでしょうか。
もちろんです。「会社の成長に貢献したいので、足りない知識を学ぶ機会を与えてください」とか、「店舗運営しか知らないので、デジタルマーケティングを勉強したい」といった多数のコメントが集まってくるので、施策作りの参考にしています。
スコアだけを見て施策を決定すると、ポピュリズム(迎合主義)に陥りかねないので、少数の意見にもしっかり耳を傾けることが大切ですね。
おっしゃる通りです。先ほど、CHROの条件の一つとして「人間理解」を挙げましたが、従業員一人ひとりの気持ちや思いにまできちんと寄り添っておられる点が非常に素晴らしいと思います。
――人材育成に力を入れているとのことですが、小売業・販売業ならではの人材教育の難しさもあると思います。ユナイテッドアローズでは、どのように工夫しておられますか。
すべての従業員に平等な教育機会を提供することには心を配っています。約8割が店舗スタッフなので、同じ時間、場所に全員を集めて研修を行うことは不可能です。そのため、同じ研修でもなるべく回数を分け、リモートでも参加できるように大部分はオンライン研修としています。
――最後に、現在CHROとして活動されている方、これからCHROを目指す方にメッセージをお願いします。
繰り返しになりますが、経営者の一人として、人事の切り口から会社の成長や企業価値の向上に貢献できるのがCHROという経営職の魅力です。責任感を持ちつつも、ぜひ楽しみながら活躍していただきたいですね。
私も、日々ワクワクしながら仕事を楽しんでいます。「人的資本経営」が当たり前になったことで、日陰の存在だった人事がこんなに脚光を浴びる時代は今しかない。CHROという仕事に自信と誇りを持って、ぜひ頑張ってください。