二度目の月面着陸への挑戦
内田 私は宇宙ビジネスや先端科学技術に関する政策を長く研究テーマとしてきました。袴田さんとは10年以上前に知り合い、そこから仲良くさせてもらっています。2週間ほど前にもある催しでご一緒したばかりです。一方で、こうしてじっくりと対談するのは初めてです。よろしくお願いします。
袴田 こちらこそ、よろしくお願いします。
内田 早速ですが、2025年6月に民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」のミッション2で2度目の月面着陸に挑戦されました。残念ながら失敗に終わりましたが、振り返ってどのように感じていますか。
袴田 ispaceは月への輸送サービスと月面開発を事業の軸に据えています。実現に向けて、まずは月面に着陸する技術を獲得することが重要です。ただ、これまでのミッション1とミッション2はどちらも軟着陸に失敗しました。23年のミッション1で着陸直前までいけたので、25年のミッション2では「今度こそは確実にいけるはずだ」との思いで挑みましたが、残念ながら軟着陸には至りませんでした。
とはいえ、悲観はしていません。月面着陸は他のビジネスのように知見を流用できるわけではなく、自分たちで経験を積み重ねるしかない。自らの手で挑戦し、そこで得た経験を次につなげていく。その繰り返しです。2回の失敗は残念ですが、それにめげずに継続して、後続ミッションへフィードバックを取り入れる体制を維持することが大切だと考えています。
内田 2回とも記者会見を開いて失敗要因を分析して報告するなど、ispaceは説明責任に対して非常に敏感と感じています。もちろん、他社もその意識は高いと思いますが、ispaceは一段高いレベルで透明性を担保している印象です。これはどのような理由からですか。
袴田 ディープテック、それも宇宙ベンチャーとして23年に初めて東証グロース市場に上場しましたが、市場から宇宙産業に対する理解が得られているとは言い難い状況です。そうした背景もあり、十分な情報公開をして理解を得ることが重要だと強く意識するようになりました。
その精神は組織文化にも根付いています。透明性という言葉は使っていませんが、バリューの中に「インテグリティ」(誠実)を記しています。当社の事業は多様性が高く、組織内で信頼を担保するためにも誠実さが欠かせないからです。
長期ビジョンには10年の設立時から「Expand our planet. Expand our future. 〜人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界へ〜」を掲げ、40年代に月での生活圏を創出する「Moon Valley 2040構想」を打ち出しています。現状を見れば、これらは嘘っぽく見えてしまいます。ですから、ステークホルダー(利害関係者)に「謙虚かつ実直に、このビジョンを実現するために日々取り組んでいる」という姿勢を示し続けることが大事だと思っています。
失敗できない社会を変えたい
内田 ミッション2が失敗した直後に「ミッション3、ミッション4で再挑戦する」と宣言し、また、ミッション2の着陸前には「失敗できない社会にしない」という強いメッセージを出していました。あの言葉には多くの人が勇気づけられました。大げさに言えば、日本の文化そのものを変えるような意味合いも込めていたのではないか、と。
袴田 そうですね。日本には失敗を許容しづらい文化がありますが、それを変えていきたい、その先人になりたい、との意思を込めました。宇宙開発の世界では、失敗を完全に避けることは不可能であり、ある程度の失敗を許容する必要があります。その上でispaceは「失敗も前提としてどのように事業を運営していくのか」を徹底的に突き詰めています。
内田 袴田さんは、子供の頃に魅了されたSF映画『スター・ウォーズ』が宇宙に興味を持つきっかけだったとか。宇宙と言っても広いですが、そもそも、袴田さんはなぜ月に着目したのですか。
袴田 もともと月が特別好きだったわけではないんです。月を見上げて「きれいだな」とか、そういう感覚も実はあまりなくて(笑)。私はエンジニアなので、関心があったのは天体学や地理学ではなく、ロケット工学でした。メカメカしいものがかっこいいという入り口から入り、宇宙に興味を持ちました。行き先が月かどうかは関係なく、どのような技術で宇宙開発を実現するかに惹かれていました。
大きな転機は「Google Lunar XPRIZE」(米グーグルが支援した月面探査の賞金プロジェクト)に取り組んだことです。あの挑戦を通じ、中長期的に事業として伸ばすためには何をすべきかを真剣に考えるようになりました。当時は「はやぶさ」のような宇宙探査機が小惑星で成果を上げ、海外でも米宇宙企業のプラネタリー・リソーシズなどが台頭してきた時期。そうした状況を見て、宇宙資源開発という分野がこれから破壊的なマーケット、いわゆるディスラプティブな市場になっていくだろうとの感覚を強く持ち始めました。ですから当初は小惑星の資源に注目していたのです。
その考えが変わったのは、東北大学の吉田和哉教授らと一緒に実施したビジネス合宿です。そこで「小惑星派」と「月派」に分かれ、どちらに事業性があるかを寸劇で表現しました。私は小惑星派で、東北大メンバーは吉田教授と共に月派でしたが、議論の中で「月には水があり、それが資源になる」と聞き、なるほどと納得させられたんです。
内田 月に水があるとするなら、40年代へ向けての構想で見据えている「月に1000人が常駐し、毎年1万人が地球から往来する」世界が実現する確率は高まるわけですね。
袴田 はい。プラネタリー・リソーシズの事業モデルは小惑星から資源を持ち帰る必要があり、かなりハードルが高い。しかも小惑星の場合は往復するだけで4年近くかかり、トライアンドエラーは現実的ではなく、事業にはなり得ないだろう、と。
その点、月であれば3〜5日で行けますから、何度も挑戦しながら環境を整えていけば市場形成を加速できます。さらに輸送ビジネスの展開も可能です。もし月に水があれば、水素と酸素を取り出して燃料にできる可能性も秘めています。現地でそのまま利用できる利点があり、輸送燃料などに活用できる点で大きな優位性があると考えました。
月にある水や砂を多彩に活用
内田 月で採取したものを月で使う、「月産月消」の考え方ですね。確かにISRU(In-Situ Resource Utilization:現地で入手可能な資源を利用すること)は月面開発において必須だと言われています。ISRUの実現可能性についてご見解を聞かせていただけますか。
ispaceの月着陸船「RESILIENCE」ランダーと月面探査車「TENACIOUS」ローバーのイメージ。(写真:©ispace)
袴田 まだまだ検討段階であり、現時点で「ここまでできます」と断言するのは難しいです。ただ、月で水を採取して現地で消費することは確実に必要なことです。その理由は、地球から輸送するコストがあまりにも高過ぎるためです。それを踏まえると、月面開発では現地で採取して現地で使うモデルこそが最適だと捉えています。
最初に利用できるのはやはり水です。水素エネルギーに活用できますし、飲料水としても不可欠ですから。さらに水を分解して水素と酸素を生成すれば、先ほども触れたようにロケットの燃料としても活用できます。こうした形で水の利用法が確立されれば、次の段階では鉱物資源へと広がっていくでしょう。
鉱物資源では例えばシリコンが挙げられます。もしかしたら半導体や太陽光パネルの製造につながるかもしれない。このように、月で水や資源を使えるようになれば、月面開発の持続性は格段に高まると思っています。
その際、カギになるのが3Dプリンターのような現地製造技術です。これにより資源をその場で加工して活用できる道が開けます。ただし月の資源は限られているため、長期的には周辺の小惑星資源を活用する方法も考えなくてはなりません。
内田 実際に日本の大手ゼネコンがレゴリス(月の砂)を使ってコンクリートを作る試みをしています。袴田さんとしては、最終的にどのくらいの割合まで月の資源で活動できるようになると考えていますか。
袴田 恐らく半分以上の活動が現地の資源で賄われる世界になるのではないかと思っています。発展を大きく加速させるドライバーは「現地資源の利用量」です。最初は資源を使うための莫大な投資が必要になりますが、参入が進んで利用が加速すれば採算が取れるようになるはずです。
特にエネルギー源となる燃料の需要は、今後の宇宙開発で飛躍的に増えていくに違いありません。これからは衛星の軌道上サービスも本格化し始めると思いますので、やがては宇宙空間で燃料を確保することが標準になっていくと予想しています。その一部として、レゴリスから資源を取り出すことは十分にあり得ると考えています。
内田 現在は国家主導の探査が中心ですが、次の段階では人々の活動を支える通信や測位、エネルギーといったインフラ産業が主流になると見ています。そうしたビジネスは民間企業が担っていくと思いますが、一体どのような産業が月で生まれると思いますか。
袴田 月に人がそれなりに住み始めると、生活を成り立たせるインフラやサービスが求められるので、ソフト面も含めた広がりが出てくると予想しています。国際宇宙ステーションでも宇宙飛行士が活動していますが、人数が増えるほど「限界的に我慢して暮らす」生活ではなく、生活の質を担保したある程度豊かに暮らせる環境が理想になります。
その根拠は地球における南極基地の例です。南極には数百人の科学者の他に、活動を支えたり治安を維持したりする人員がいて、全体で約2000人が居住しています。月でも同じようにメインの目的に関わる人に加えて、その数倍の人がサポートすると見ています。
米SpaceX社のFalcon 9による打ち上げ前のRESILIENCEランダー(写真:©ispace)
内田 極地には最初に宇宙飛行士や探検家のような「スーパーマン」が行き、開拓の道筋を探ります。でも、その次の段階になって科学者や技術者、さらには普通の人が行くようになると生活の質が大事になってきます。それを踏まえると、潤沢なエネルギー確保は欠かせません。月面でのエネルギーは、当面は太陽光パネルでの発電が主流になると思いますが、それ以外の手段に関してはどのように考えていますか。
袴田 おっしゃる通り、最初は太陽光発電がメインですが、「Moon Valley 2040構想」のように人が滞在できる世界を目指すなら、膨大なインフラとエネルギーが必要になります。月の夜は大気がなく温度はマイナス150度まで下がり、南極のように光がほとんど入らない場所もあるので、太陽光だけに頼るのは非現実的です。
要するに、必ず別のエネルギー源が必要で、最終的には原子力に頼らざるを得ないでしょう。米航空宇宙局(NASA)も原子力開発に力を入れていますが、原子力だけでも心もとないので、太陽光や燃料電池などと組み合わせたエネルギーミックスによって需要やバックアップ体制を整える形になると思います。そうした複数のソースを組み合わせて、ようやく月面での持続的な活動が可能になると考えています。
内田 月面での活動は、月の南極付近で水を探す拠点づくりから始まると想定しています。その後は拠点が分散していく形になるのでしょうか。
袴田 月に人が滞在するとなると絶対にエネルギーを切らしてはいけないし、生命維持装置が止まることは許されません。そう考えると、一つの拠点に依存するのはリスクが高過ぎます。ですから基本的には常に2つの拠点を持ち、片方にもし問題が起きてもバックアップできる体制を整えておくことが大事だと思いますね。
ミッション3の月着陸船のイメージ(写真:©ispace)






