基調講演京都産業大学

京都産業大学
経営学部 教授
中野 幹久 氏
VUCAの時代において、サプライチェーンをめぐる課題は現場のオペレーション改善にとどまらず、事業や経営そのものを左右する経営課題へと変化している。効率性、応答性、持続可能性、強靭性といった複数の指標にはトレードオフがあり、どれか一つを追求すればよいわけではない。基調講演には、京都産業大学経営学部教授の中野幹久氏が登壇。サプライチェーンを取り巻く環境変化を整理し、再設計に向けたマネジメントの考え方と、それを支える人材要件について解説した。
製造原価や物流費を抑え、在庫を減らす。需要の変化に素早く対応し、納期を守り欠品を防ぐ。これまでサプライチェーンの課題は、主にこうした効率性と応答性の観点から語られてきた。
しかし現在、企業が向き合うべき課題はさらに広がっている。原材料費やエネルギーコストの上昇、人手不足に加え、地政学リスクや自然災害、サイバー攻撃など、供給網を揺るがす要因が相次ぐ。環境負荷の低減や社会的責任への対応も企業に強く求められている。安定供給を維持し、リスク発生時にも早期に立て直すレジリエンスの向上も欠かせない。
中野氏は、こうした背景から現在の企業が「短期と中長期、財務と非財務、内向きと外向きの課題を同時に抱えている」と指摘する。サプライチェーンは、もはや調達、生産、物流といった個別機能の問題ではなく、企業の存続と成長を左右する経営課題へと変化している。
では、企業はこうした複雑な課題にどう向き合うべきか。中野氏が示したのは、外部環境の変化に応じてマネジメントを変え、パフォーマンスを高めていく考え方だ。
「複雑性が高く、因果関係が曖昧な環境においては、唯一の最善策となるマネジメントが存在するわけではない。いわゆるワンベストウェイはない」(中野氏)
需要も供給も安定していた時代は、コストを抑え、効率性を高める戦略が取りやすかった。しかし現在は、需要変動に加え、供給面の不確実性も高まっている。もはや平時と有事を分けて考えることは難しく、状況に応じて柔軟にサプライチェーンを調整する力が欠かせない。
一方で、納期対応や供給確保を優先すれば、在庫や物流コストが増え、効率性が損なわれやすい。だからこそ、サプライチェーン全体の状況を可視化し、複数の指標を見ながら改善を重ねる仕組みが重要になる。中野氏は「先進的な情報技術や体系的な評価システムを活用し、組織能力そのものを高めていく必要がある」としたうえで、「グッドイナフ」という考え方を推奨する。
「グッドイナフ」とは、複数のパフォーマンス指標の間にあるトレードオフを、実行可能かつ受け入れ可能な水準に調整する考え方だ。過剰な品質、サービス水準、製品バリエーション、納品リードタイムを見直せば、効率性や人的負荷を改善できる可能性がある。
「例えば加工食品業界ではメーカーから卸売業者への配送を翌日納品から翌々日納品へ移行する動きがある。これは応答性の水準を意図的に調整し、物流効率を高める取り組みだ」(中野氏)
すべてを自社で抱え、すべてに全力で対応するモデルは限界を迎えつつある。中野氏は、こうした動きを「選択的縮小」と位置づける。何を維持し、何を見直すのか。その選択こそが、サプライチェーン再設計の核心となる。
サプライチェーン再設計を実現するには、戦略だけでなく、組織構造やプロセス、人材のあり方も見直す必要がある。リスクモニタリングシステムによる異常検知、デジタルツインを活用したシミュレーション、マルチAIエージェントによる機能間の調整など、先端技術はサプライチェーン再設計を支える有力な手段になり得る。
ただし、技術を導入すれば課題が解決するわけではない。組織内にはサプライチェーン全体の再設計を指揮できる責任者が不可欠だ。同時に、中野氏は「SCM専門部門や責任者を置いたとしても、一部の専門人材に任せればすべて解決する環境ではなくなっている」と指摘する。SCM課題が高度化し、多様化するなか、特定のリーダーや専門人材に依存すれば、それ自体が組織の脆弱性になりかねない。
そのためには、SCM部門だけでなく、調達、生産、物流、販売など各機能部門を含めて、複数の人材を育成していくことが欠かせない。さらに、そうした人材が部門を超えて連携し、課題を先回りして発見・解決するプロアクティブな行動を引き出す環境も必要になる。
中野氏は、そのための要素として評価・報酬制度の重要性を挙げる。サプライチェーン全体の成果につながる行動が正しく評価され、報われる仕組みがなければ、部門横断の取り組みは定着しにくい。体系的な評価制度と報酬制度を連動させることが、今後の課題になると指摘する。
「SCM部門に所属する人材だけがSCM人材なのではない。サプライチェーンに関わるすべての構成員を、SCMの担い手として捉える必要がある」と中野氏は訴える。自部門の効率だけを見るのではなく、社内外のプレイヤーと一体となって価値を高める。その意識を組織全体に根づかせることが、これからのサプライチェーン再設計を支える基盤になるだろう。

基調講演
京都産業大学
企業の存続と成長を左右する
サプライチェーンの再設計

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