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吉村調査隊がエジプト発掘を「開拓」できたわけ
吉村作治 タフな現場を攻略するヒント(2)

エジプトの発掘調査に乗り出したのは学生時代。何の当てもなかったが、自ら道を切り開いてきた。今でも発掘資金は自分で工面している。壊れにくいタフブックは経済的にも味方をしてくれている。
何の当てもない。情熱だけを持ってエジプトへ

サイバー大学学長。早稲田大学客員教授。工学博士(早大)。エジプト考古学者。アジア初のエジプト調査隊を組織し現地に赴いて以来、40年以上にわたって発掘調査を継続。数々の発見により国際的評価を得る。
吉村氏は座して考えるより、まず行動を起こすことを選ぶ。走りながら考えることで状況を打開してきた。
エジプトの発掘に挑戦し始めたのは1960年代半ば、まだ大学生の時だった。当時、日本はエジプトの発掘に参加しておらず、何の足がかりもなかった。発掘資金のめどもたっていない。アピールできるような実績も皆無。それでも吉村氏は熱意だけを持ってエジプトの地を東奔西走した。

チャンスは偶然訪れた。発掘権の割り当てを行うエジプト考古庁の長官と、飛行機で偶然乗り合わせたのだ。面会の約束を取り付け、何度も訪ねては交渉を重ねた。エジプトへ渡って4年、ついに、日本の調査隊としてはじめて発掘許可を受けた。
1974年に発見した彩色階段が、世界で大きな話題を集めたのも偶然だった。やはり飛行機で隣り合わせになったAP通信の文化記者が遺跡の価値を認め、エジプト発掘史上に残る大発見として世界に配信してくれたのだ。それを契機に日本のマスコミもこぞって取り上げた。すると、当時の文部省も発掘成果を高く評価し、その後6回の補助金拠出が決まった。

いずれも偶然に過ぎないといえばそれまでだが、現地に飛び込み、あきらめずに続けたからこそ得られた幸運でもある。「できるかできないかを考える前に、やってみようと。成功しない人は、絶えず悩んで、だいたい途中でやめますよね。私は死ぬまでに成果が上がればいいという心づもりでやってきたんです」(吉村氏)。
過酷な環境に耐えるパソコンが必要不可欠
吉村氏にとって、発掘資金の確保は常に重要なテーマだった。大半を自分の手で集めていたからだ。周囲からはやっかみの声もあったが、テレビ番組やCMへの出演、講演会、出版などあらゆる手を尽くして資金を作り出し、発掘を続けてきた。

パソコンも、資金難に重くのしかかる課題の1つだ。「砂が風に舞っているし、夏場は気温も高い。普通のパソコンでは、だいたい1年しか持たないんです」(吉村氏)。1年に1台というと少なく聞こえるかもしれないが、隊員が10人いれば10台だ。「あまり研究費でパソコンばかり買っていると、チェックする側から不審に思われてしまうんですよ」(吉村氏)。
吉村氏がタフブックを選んだのは、エジプトの砂漠という過酷な環境に耐えられるパソコンが必要だったからだ。吉村隊が持つタフブックCF-19は、ファンレス設計とシーリング機構により、どの方位から砂やホコリ、水をかぶっても、本体内部への侵入を防ぐ。発掘現場で安心して使える頑丈仕様だ。

携帯しやすいコンパクトなボディでありながら、耐衝撃性能、防塵・防滴性能に優れているのが特徴。バッテリーの持ちが約8時間と長いうえ、タブレットモードにも対応しているので幅広い現場で活躍する。


「隊員はよくパソコンもデジカメも落っことすんですよね」と笑う吉村氏は、タフブックの耐落下・振動性能も高く評価している。また、アンチリフレクション処理を施した高輝度モニターもエジプトでは不可欠だという。特に夏場の日差しは強烈だ。「皆さんが想像するような強さじゃないんですよ。サングラスをかけないと目を開けてられないくらいなんだから」(吉村氏)。一般的なパソコンではまったくモニターが見えなくなってしまうという。「現場向けのパソコンというのは、本当に貴重ですよ」(吉村氏)。

苦境を乗り切るテクニックなどない
吉村氏の研究人生について、印象深いエピソードをもう1つ紹介しよう。
発掘を認めてくれた恩人であるエジプト考古庁の長官が、文化大臣と衝突して長官の座を追われたことがあった。職を失った長官の身元を吉村氏は引き受け、がんであることがわかるとアメリカでの肝臓移植まで手配した。この間、生活費や入院費用など、すべて苦しい財政状態の中から捻出した。ところが、「政敵の身元を引き受けたことを大臣は快く思わず、私の発掘権を取り上げてしまったんです」(吉村氏)。
結局長官は亡くなった。最後は遺体をエジプトまで運び、長官の夫人とモスクで葬式を上げた。すると、この話が美談としてエジプトのメディアに取り上げられた。文化大臣も感激して、態度を和らげたばかりか、吉村氏を信頼し、以降は協力的になったという。
「苦境を乗り越えるのに、結局、テクニックなんかないんですよ」と吉村氏は振り返る。あれこれ逡巡せず、情熱のまま突っ走り、途中でぶれることも、あきらめることもなかった。それがさまざまな人の心を動かし、巻き込んで、発掘の成功へと吉村氏を導いてきたのだ。
2009年からは、ハイテク調査で発見した第2の太陽の船(夜の船)を発掘し、復元するという一大プロジェクトがいよいよスタートする。さらに多くのタフブックを現地に運び込み、万全の体制で臨む予定だ。また世界の大きな注目を集めることは間違いない。






