デジタルガバメントが実現する豊かな未来

Sponsored by 富士通株式会社

Vol.9 日本のスパコンの現在と未来
「富岳」で挑む実証研究の最前線

理化学研究所と富士通によって開発されたスーパーコンピュータ「富岳」を用いて、いま様々な先端研究が進められている。その柱ともいえるのが、文部科学省による「『富岳』成果創出加速プログラム」である。20以上の課題が設定されている中の1つが、「『富岳』を利用した革新的流体性能予測技術の研究開発」。この研究開発をリードしているのが、東京大学生産技術研究所教授の加藤千幸氏である。「富岳」を含めた日本のスパコンの強み、そしてスパコンの現在と未来について、日経BP総合研究所 クリーンテックラボ所長の大石基之が加藤氏に聞いた。

加藤 千幸

東京大学 生産技術研究所 教授
革新的シミュレーション研究センター センター長

自作ハードウエアの経験がスパコン活用にも生きる

――まず、加藤先生の研究とスパコンの関係について教えてください。

加藤 私自身の研究テーマは非定常流体現象の数値解析とその制御、エネルギー変換機器の研究です。前者の一例は、船舶の設計における大型模型を用いた試験を、数値シミュレーションで代替えすることを目指した研究。後者は洋上風車の研究開発などに取り組んでいます。大規模シミュレーションを実行する機会は多く、研究活動にスパコンは欠かせません。

 理化学研究所と富士通によって開発された「富岳」は、2021年3月に共用が開始されました。文部科学省は「『富岳』成果創出加速プログラム」を設置し、いくつかの領域で成果の創出を後押ししています。領域の1つが産業競争力の強化であり、私たちは「『富岳』を利用した革新的流体性能予測技術の研究開発」という課題に取り組んでいます(加藤氏は課題代表者)。同プログラムは20以上の課題を設定しており、私たちはその1つを担当しています。

 私たちの課題が対象としているのは、プロペラなどのターボ機械(機械と流体の間でエネルギー変換する流体機械)と自動車です。ターボ機械はエネルギー産業、自動車は輸送産業の中核。日本の産業競争力はもちろん、エネルギーの効率的な利用を進める上でも、「富岳」を活用した研究には重要な意味があると考えています。

――研究者としては、どのような歩みを経て現在の研究分野に至ったのですか。

加藤 機械工学を専攻した大学院時代は実験に明け暮れました。今のような便利な計測器はないので、ほぼすべてが手づくりです。自分で回路をつくって、装置を制御するためのプログラムを作成する。そんな経験が、後にスパコンに関わるようになってから生きています。ハードウエアの動きがある程度分かりますからね。

 1984年、私は大学院を卒業して日立製作所に入社しました。研究所に配属され、最初に与えられたテーマは乱流解析。それがスパコンとの最初の出合いです。

 研究所では当初、日立製のM-280を使っていましたが、しばらくして新型のS-810/20というスパコンが導入されました。圧倒的な性能向上に驚いたことを、よく覚えています。というのは、M-280で数時間かかっていた計算が、1、2分で答えが返ってきたからです。そんなに速いはずがない、どうせエラーだろうと思って、何度か同じジョブをサブミットしました。実は、S-810/20は何度も同じ計算結果を返していたのです。

 その後、私は1999年に東大に移りました。2003年から「戦略的基盤ソフトウエアの開発」という文科省の大型プロジェクトの代表を務め、以来、継続的に文科省のプロジェクトに関わっています。

汎用CPUへのこだわりが日本のスパコンの強み

――2012年に共用開始された「京」に続き、今回の「富岳」と、最先端のスパコンを用いた研究を続けられてますね。

加藤 その前に、2002年に運用が始まった「地球シミュレータ」があります。私たちはこれを用いた研究にも取り組みました。世界最高レベルのものができたから、それを使って研究をしたい。研究者として、ある意味当然のことでしょう。地球シミュレータから「京」、そして「富岳」へ。ほぼ10年間隔で登場したフラッグシップと付き合ってきました。

――3つのフラッグシップを比べると、どのような変化がありますか。

加藤 性能の向上は当然です。地球シミュレータに比べて「京」は計算速度が100倍以上、「京」から「富岳」では50~100倍になりました。また、「京」以降は国全体でプロジェクトを推進する体制がより整備されました。加えて、地球シミュレータの目的は気候変動予測などに活用されていましたが、「京」と「富岳」は広範な目的に対応できるよう設計されています。

 コデザインの考え方を取り入れたのも「京」からで、「富岳」ではそれがより本格化されました。コデザインというのは、予めターゲットアプリケーションを決めて、その性能をできるだけ引き出せるよう、ハードウエアのパラメータを設定し、ハードウエアの設計が決まったらアプリケーションの性能を出すようにアプリケーションをチューニングするという方法です。コデザインにより、ハードウエアの性能を十分に引き出せるアプリケーションを開発できるので、ハードとソフトの研究者・技術者は価値の高い情報を共有しながら、プロジェクトを進めています。

――日本のスパコンの立ち位置を、どのように評価されますか。

加藤 非常に高いレベルにあると思います。なぜかというと、非常に難度の高いテーマに取り組み続けているからです。具体的にいうと、汎用CPUへのこだわりです。例えば、米国や中国のスパコン開発はGPGPU(General-Purpose computing on Graphics Processing Units)ベースですが、これでは使えるアプリケーションが限られてしまいます。特に、ものづくりでは非常に利用しにくいものになります。

 「富岳」を動かしている汎用CPU「A64FX」は、富士通が開発しました。なぜ汎用CPUが求められるのかというと、私たちがコデザインで開発しているようなアプリケーションだけでは、ものづくりの現場は動かないからです。

 流体解析や創薬といった研究開発の各領域には、すでに標準的に使われている市販のアプリケーションがあります。こうした市販製品がスパコンでも動かないと、困ったことになります。スパコンを用いて行う研究と、その研究をベースに自分たちの組織に戻って継続すべき研究開発が断絶してしまうのです。これでは、一貫性を持った研究開発はできません。このような一貫性をGPGPUで確保するのは、極めて困難だと思います。

加藤 千幸氏

日本のスパコンはレベルが高く、
チャレンジングな課題に
取り組み続けている

「富岳」の成果創出加速プログラムの5テーマ

――ポスト「富岳」を含め、日本におけるHPCの将来をどのように見ておられますか。

加藤 地球シミュレータ→「京」、「京」→「富岳」では、それぞれ桁違いの性能の進化がありました。ポスト「富岳」においても、フラッグシップを開発するのであれば、おそらく数十倍の速度向上が求められるでしょう。2倍程度では、社会的な理解は得にくいように思います。

 また、汎用CPUの路線でどこまで進めるのかも重要なポイントです。今までの議論を見る限り、汎用CPUを使って「富岳」の5倍くらいの地点までは見通せそうですが、それでは十分とはいえません。加えて、半導体技術の動向も見逃せません。「富岳」で用いられたA64FXは7nmプロセスを採用していますが、線幅をどこまで細くできるか。この点でも、今後の進化を興味深くウォッチしています。

――冒頭で紹介のあった「富岳」の成果創出加速プログラムについて、もう少し詳しく教えてください。

加藤 先に話したように、私たちの課題はターボ機械と自動車を対象にしています。実証研究のテーマは5つ。私たち東京大学が主な実施機関となっているのが、船舶の周囲に発生する乱流境界層を完全に解像する予測を実現し、曳航水槽試験を数値シミュレーションに代替し得ることを実証する研究。さらに、高効率な省エネデバイス開発への貢献も目指しています。ここでは、私たちが開発した「FrontFlow/blue (FFB)」という有限要素法に基づくアプリケーションを用いています。

 このほか、多段遠心ポンプの内部流れの予測などの実証研究(実施機関:九州大学)、圧縮機サージの直接解析(同:九州大学、岩手大学)、リアルワールド自動車空力性能の予測(同:神戸大学、理化学研究所、山梨大学)。リアルワールド自動車空力音予測(同:豊橋技術科学大学、神戸大学、理化学研究所、東京大学)があります。これら5つのテーマでは、FFBを含めて4つのアプリケーションが活用されています。

 アプリケーションの開発は容易ではありません。ハードウエア側とも議論を重ねながらのプログラム開発ですから、それ自体が非常に複雑かつ困難を伴うプロジェクトです。

「流れ」をつくることが求められる時代

――日本のスパコン開発のユニークさや特徴についてうかがいます。

加藤 先ほど触れた汎用性は、大きな強みだと思います。日本は長きにわたり広範な分野で活用できるハードウエアやシステム、ソフトウエアづくりに注力してきました。この強みをどのように生かすかは、これからも考え続ける必要があります。一方で、弱みといえるのがマーケットのサイズです。

 私が社会人になったころは、スパコンそのもので利益をさほど出さなくても、メインフレームが大きな収益を上げていました。メインフレームとスパコンの開発は多くの部分が重複するので、スパコンへの開発投資はあまり問題になりませんでした。

 しかし、今の状況はまったく異なります。スパコンという事業を持続的なものにするためには、スパコン市場をもっと拡大させる必要があるでしょう。非常に大きな課題であり、簡単な解はありません。しかし、チャレンジし続けなければならない課題だと思います。

――スパコンまたはHPCの将来の役割を、どのように見ていますか。

加藤 しばしばAIとHPC、あるいはデータサイエンスとHPCは対比して語られますが、AIがHPCの機能を代替えしたり、HPCがAIの機能を代替えしたりするわけではありません。つまり、HPCとAIは全くの別物です。HPCやスパコンにできるのは、大規模な計算を高速で実行すること。そして、大量かつ価値のあるデータを生成できることです。通常は、データがつくられた後で、AIやデータサイエンスがその活用を担うことになります。

 量子コンピュータとHPCの関係においても、似た議論があります。ITベンダーの中には、HPCから量子コンピュータにシフトする動きがあります。それは各企業の戦略であり、そうしたリソースシフトもあり得るだろうと思います。ただ、量子コンピュータとHPCはまったくの別物であり、一方を発展させれば他方が不要になるといった関係にはありません。両方とも重要であり、将来の社会においても大きな役割が期待されています。

加藤 千幸氏

HPCと量子コンピュータは別物
両方とも重要で、
お互いに大きな役割がある

 スパコンの将来を考えると、今は大きな分岐点に差し掛かっているように思います。「京」から「富岳」までの時代には、ある意味で分かりやすい「流れ」があり、その流れに乗ることを考えればよかった。もちろん、流れに乗ることは、それ自体が大変なんですよ。しかし、流れに乗ることに様々なリソースを集中させることができました。ポスト「富岳」では、こうした状況が大きく変わります。極端にいえば、流れをつくらなければならない。これまでとは、別種のアイデアや努力が求められます。

 確実な未来を描くのが難しい中で、日本のスパコンをどのように発展させるか。量子コンピュータやAIなどを含め、誰かがグランドビジョンを提示する必要があるでしょう。そうした意識は産官学全体に求められますが、日本の将来構想という観点では、おそらく政府が中心的な役割を担うべきでしょう。

東京大学 生産技術研究所 教授
革新的シミュレーション研究センター センター長
加藤 千幸(かとう ちさち)

1959年生まれ。84年、東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻修士課程修了。84年株式会社日立製作所機械研究所入社。98年、同社退職。99年に東京大学生産技術研究所助教授、2003年に東京大学生産技術研究所教授に就任。生産技術研究所計算科学技術連携研究センター長、革新的シミュレーション研究センター長なども歴任。(写真:棚橋 亮)

加藤 千幸氏

富士通が考える
デジタルガバメントのあり方

INDEX
pagetop