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Vol.17
AIによって「超教育」が加速
大切なのは変化を楽しむ気持ち
産官学連携による学びの場の創出を目的に、2002年、当時MITメディアラボの客員研究員だった石戸奈々子氏は、NPO法人のCANVASを設立。以来、デジタルを活用して、子供たちのためのクリエイティブな場づくりに取り組んできた。初心は変わらないが、活動の範囲は広がり、今では超教育協会理事長や慶應義塾大学教授なども務めている。環境変化が激しさを増す時代、年齢に関わらず、学ぶことの重要性はますます高まっている。「学び」を考え続けてきた石戸氏の知見が、多方面で必要とされている。教育のデジタル化推進について話を聞いた。
石戸 奈々子氏
慶應義塾大学教授 博士
(政策・メディア)
B Lab所長
一般社団法人超教育協会理事長
CANVAS代表
「クリエイティブな場づくり」に
一貫して取り組む
――今回のテーマは「教育とデジタル」ですが、石戸さんは多方面で活動をしていますね。
石戸 「いろいろなことをしてますね」とよく言われますが、私としてはずっと同じことをしています。それは、クリエイティブな場づくりです。最初は子供たちのクリエイティブ活動を支援する場づくりからスタートしました。2002年にNPO法人としてCANVASを立ち上げ、創造的な学びの場づくりに取り組んできました。記憶・暗記を重視した学びではなく、思考力や創造力を育む学びを、テクノロジーの力を生かして実現したい。それを産官学連携で目指す組織がCANVASです。
以来、様々なプログラムを通じて子供と接してきました。ただ、2010年の段階で、私たちの活動が届いた子供は約50万人です。では、どうすれば約1000万人の日本の小中学生全員にそのような学びの場を提供できるのか。それはCANVAS設立の頃から、一番大切にしてきたことでもあります。
1つの手段が学校教育の情報化です。大きな柱が、1人1台の端末整備とプログラミング教育必修化。プログラミング教育はCANVASでも当初から手掛けていましたが、2005年から1人1台を、2010年頃からプログラミング教育必修化を積極的に訴えるようになりました。それから10年以上かかりましたが、2010年代の終盤に1人1台の環境整備、小学校でのプログラミング教育必修化の流れが見えてきました。ただ、ここまでは世界で行われている教育へのキャッチアップにすぎません。そこで、世界最先端の学び、新しい教育環境づくりに取り組みたいと考えて、2018年に一般社団法人超教育協会を設立しました。
一気に実現した「1人1台」の学習環境
――時間はかかりましたが、GIGAスクール構想によって、石戸さんが長年訴えてきたことの一部が実現しました。
石戸 1人1台実現は目標として掲げられていましたが、コロナがなければ、実現までに後25年かかるというのが文部科学省の試算でした。ところが、コロナ禍で一気に前倒しされました。
政策的な判断が下された後は、非常に短期間で、大きな混乱もなく1人1台の環境が整いました。世界を見渡しても、これほどのスピードで全国一律に展開できた国は日本以外にないでしょう。これまで日本は教育情報化の後進国でしたが、環境面ではトップに躍り出ました。
ただ、環境整備はあくまでも手段です。整えられた環境を使っていかに教育を変えるか、どのような教育を実践するか。これからが本番です。その上で具体的な課題としては、家庭のネットワーク環境と生成AIの利用が大きいと思います。
学校の環境が整備されても、家庭側の準備ができていなければ十分とはいえません。家庭でネットワーク接続できない子供たちが一定数いるので、こうした家庭をどのように支援するか。難しいテーマですが、政策的な手当ては欠かせないと思います。
生成AIについては、いずれ生活や仕事に欠かせないものになると思っています。現代人にとってのスマホのような存在でしょうか。様々なリスクはありますが、スマホと同様、生成AIもツールにすぎません。どんな道具にもメリット・デメリットがあり、良い使い方・悪い使い方があります。
ツールとしての生成AIをいかに使いこなすか。企業や行政でもその活用法が模索されていますが、教育においても生成AIとの向き合い方は大きな課題だと思います。
――リスクだけに焦点を当てるのではなく、ツールの特性を理解した上で使いこなすことが重要ですね。
石戸 かつて携帯電話の普及期に、当時の首相が「子供に携帯を持たせるなんて、百害あって一利なし」と発言したことがあります。確かに「弊害」はあるでしょう。それを゛百利一害“にするのが、この社会を構成する私たちの責務だと思います。
――教育において、生成AIはどのような変化をもたらすでしょうか。
石戸 1人1台の次は、1人1台ロボットを実現したいと考えていました。ドラえもんのように常に横に寄り添ってくれる専属家庭教師のようなパートナーです。それは生成AIではやくも実現されようとしています。教育に生成AIを使うことの是非も議論されていますが、是非ではなく、どうやって使うかを議論すべきではないでしょうか。
ファクトチェックは必要ですが、これを活用すれば世界中の知、時空を越えた知と対話しながら学習することができるのです。個別最適化された学習環境が実現できます。以前であれば、高価な本を買ったり、図書館に行ったりしないと得られなかった情報や知識に、子供たちは24時間365日アクセスし、学ぶことができるのです。
私たちは「超教育」の実現を提唱してきました。AIやブロックチェーンなどの技術の導入は、教科、試験、学校など、学びの内容・環境・評価を問い直す変化をもたらす可能性があります。教科面では、生成AIがすでに実現しつつあるように、教科を横断する超個別学習を実現するでしょう。そのためのカリキュラム再編成も求められます。それは検定や学習指導要領の内容や存在を問うことになり得ます。また、ブロックチェーンで学習履歴を全て蓄積することで、試験をする必要がなくなるでしょう。それは一発勝負の入試よりも公平な選抜につながり、入試の在り方を問うことになります。そうした変化により、学年や学校など教育機関の枠を超える学習環境をデザインすることができるようになるでしょう。学校制度の在り方自体も問うことになり得ます。
生成AIを教育に取り入れるには
リスクを恐れず
“百利一害“を目指すべき
変化を恐れるか、変化を楽しむか
――教育だけでなく、企業や行政を含めて、日本の組織は変化を嫌う傾向が強いといわれます。
石戸 変化に対する漠然とした不安が大きいのでしょう。それは、人間の自然な感情に根差しているのだろうとも思います。何百年も遡れば、産業革命期にはラッダイト運動がありました。その後も、多くのテクノロジーが雇用を奪うといわれ、反対運動に直面しましたが、実際には私たちの生活はより豊かで便利になり、より多くの新たな仕事を生み出してきました。
――最近は「AIが人間の仕事を奪う」という具合に、脅威が強調される傾向があります。石戸さんはポジティブな側面に注目して、わくわくしているように見えます。
石戸 本当にわくわくしています。新しい技術が登場したときに、それにわくわくする人と、不安を感じる人がいます。そして、世の中の変化がさらに激しくなる中で、変化を楽しめる人と、変化を恐れ不安に感じる人の違いは、とても大きいのではないかとも思います。
これからの学びで大事なのは、変化を楽しむ気持ちではないでしょうか。子供だけでなく、大人にとってもそんなマインドがこれまで以上に重要になります。企業のDXも同様です。変化を楽しみつつ、これまでの当たり前を疑い、新しい価値を創造する。そんな人たちが、新しい時代を切り拓いていけるのだと思います。
――変化を楽しむマインドを育てるには、どうすればよいでしょうか。
石戸 CANVASの活動などで、保護者から「私はプログラミングを知りません。子供にどう教えればいいのでしょうか」とよく聞かれます。私は「それなら、お子さんと一緒に学んでみてはどうでしょう」と答えます。親や大人が新しいものに関心を持ち、学ぶ姿勢を見せることが子供にとっては一番の学びだと思います。今は、生涯学習の時代。子供の親にも、職場のベテラン社員にもいえることですね。
――デジタルネイティブの子供たちは、親よりも先に習熟するケースも多い。そんなとき、親にはどんな役割があるでしょうか。
石戸 子供の吸収力はすごいですからね。でも、大人はこれまでの経験を通じて、汎用性の高い知識や知恵を蓄積しています。例えば、スマホを使うときのリスクには、リアルな世界のリスクとあまり変わらないものも多くあります。人の悪口は言わない、知らない人についていかない、親のクレジットカードを勝手に使ってはいけない、などの知恵が必要です。子供がトラブルに陥りそうになったときに、その対策を一緒に考えるなど、親や大人の役割は大きいのではないでしょうか。
(聞き手は日経BP 総合研究所 桔梗原富夫)
慶應義塾大学教授 博士(政策・メディア)
B Lab所長
一般社団法人超教育協会理事長
CANVAS代表
石戸 奈々子 氏
東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会などを設立、代表に就任。株式会社松屋社外取締役。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員やNHK中央放送番組審議会委員を歴任。デジタルサイネージコンソーシアム理事などを兼任。政策・メディア博士。著書には『子どもの創造力スイッチ!』『日本のオンライン教育最前線──アフターコロナの学びを考える』『デジタル教育宣言』など多数。



