デジタルガバメントが実現する豊かな未来

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Vol.10 行政・企業のデジタル化の鍵は
インターネットに適合する組織づくり

かつて、日本がデジタル技術の先端を走っていた時代がある。大型コンピュータの時代、1970年代から80年代にかけての頃だ。しかし現状、日本はデジタル活用の国際競争力で後れをとっている。コロナ禍でそれが改めて浮き彫りになった。その原因は何か。デジタルガバメントの推進には何が重要なのか――。日本を代表する金融・経済学者であり、『ブロックチェーン革命』『良いデジタル化 悪いデジタル化』などを著し、デジタル分野についても造詣が深い一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏に聞いた。

野口 悠紀雄

一橋大学名誉教授

縦割りという構造的課題に向き合う必要がある

――新型コロナ感染者数の状況把握のために、一部の役所では手書きしたものをファクスで送信していたことが話題になりました。大きな危機を迎えて、行政のデジタル化の遅れが露呈した形です。日本の行政において、デジタル化がなかなか進まない理由はどこにあるとお考えですか。

野口 一言でいえば、行政の縦割り構造が原因です。日本では長年、省庁ごとに別々のシステムをつくって運用してきました。こうした環境をすぐに変えることは難しい。インターネットを十分に活用しようとしないので、今では広く普及したWeb会議さえ、省庁ではあまり使われていないと思っています。

――一方の民間はどうでしょうか。日本はデジタルの面でも国際競争力で後れをとっていると言われていますが、かつては銀行のオンラインシステムなど、デジタル技術で先行する企業が多かったように思います。

野口 日本企業の多くもまた、政府と同じように縦割りです。ご指摘のように、1970年代から80年代にかけて、日本企業はデジタル技術において最先端を走っていました。当時は大型コンピュータの時代であり、それをつくれるのは日米英など少数の国に限られていました。そして、多くの日本企業が積極的に大型コンピュータを活用して、ビジネスで成果を上げていました。

 なぜ、それが可能だったのか。大型コンピュータが、日本の縦割りの仕組みに合っていたからです。例えば、会計部門は会計システムを構築して、自分たちの業務の効率化を図ります。当時は組織や業務ごとにシステムを導入するというスタイルが一般的で、隣の部門とのシステム連携などはあまり考えませんでした。システム連携がなかったわけではありませんが、それは限られた領域であり、一般的な活用法ではありませんでした。

 インターネットによってこうした前提が根底から覆ったのですが、日本の行政機関や企業はこれに対応できませんでした。デジタル化に遅れたのではなく、インターネットへの対応ができていない。それが日本の多くの組織の現状だと思います。

――日本の組織が抱える構造的な課題ということですね。とすると、本格的なデジタル化を進めるのは容易ではありません。

野口 日本社会を根底から変革する必要があり、それには非常に大きな困難を伴うでしょう。例えば、人材の流動性です。縦割り型の仕組みの中で、それぞれの企業なり組織はメンバーを固定しがちです。こうした現状を変えて、人材が組織間を移動しやすくする必要がある。給与体系についても、年功序列的なものから専門スキルを反映する形に変えなければなりません。組織の風土や文化などを含めて、再構築する必要があります。

マイナンバーカードの普及には国民の政府への信頼が不可欠

――構造的課題に向き合いつつ、できるところから行政サービスのデジタル化を進めるというアプローチもあると思います。その際、マイナンバーの役割は大きいのではないでしょうか。ただ、現状ではマイナンバーカードの利用はあまり広がっていません。

野口 使い道がないからです。コンビニで住民票の写しを発行できるとか、その程度では利便性を感じる人は少ないでしょう。とはいえ、マイナンバーカードの可能性は大きく、非常に大きな役割を担うことができます。その鍵は銀行預金口座との紐付けです。

 マイナンバーと銀行預金口座を紐付けることで、様々なことが可能になります。例えば、税務調査の質と効率は大きく向上します。国民の資産状況をかなりの程度把握できるので、困難を抱えている人たちへの支援もしやすくなる。コロナ対策として打ち出された定額給付金の不正受給や膨大な事務作業などが注目されましたが、こうした課題もかなり改善するはずです。

 しかし、紐付けのハードルは極めて高いのが実情です。なぜなら国民の政府に対する信頼度が低いからです。国民が政府を信頼すること、信頼に足る政府をつくることが何よりも重要です。

野口 悠紀雄氏

マイナンバーと銀行口座を紐付ければ
行政サービスの利便性が高まる

――デジタルガバメントの基盤として、デジタルIDは重要です。この点について、注目している国はありますか。

野口 デジタルIDで先行しているのは北欧諸国です。スウェーデンでは、銀行業界が開発した「BankID」が公共サービスでも使われており、普及率は80%以上に達しています。また、デンマークでは個人番号の「CPR」と本人証明を行う「NemID」が広く普及しています。その利便性は高く、納税や公共料金支払いなどの行政サービス関連、医療やオンラインバンキング、交通機関の電子マネーとして利用できるほか、連携する民間のサービスもあります。

 興味深いのは、ブロックチェーンによる本人確認のシステムを運用しているエストニアです。エストニア国民の約95%が国民IDの埋め込まれたカードを持ち、パスポートや公的身分証明書、運転免許証などとして活用しています。

 日本のマイナンバーカードの仕組みは中央集権型ですが、今後はブロックチェーンによる分散型のシステムを検討すべきでしょう。

「1940年体制」を克服してデジタル化を加速すべき

――デジタルガバメントにおいて、ブロックチェーンは他の分野でも有効活用できそうですね。

野口 たくさんの活用分野があると思います。例えば、公文書管理です。ブロックチェーンで文書を保管すれば、役所が勝手に書き換えることはできません。改ざんできない仕組みができれば、それは政府への信頼醸成にも寄与するでしょう。日本ではほとんど議論されていないテーマですが、ブロックチェーンによるアーカイビングを、政府は真剣に検討すべきだと思います。

――デジタル化を進める上での課題として、人材の不足がよく指摘されます。

野口 人材育成は決定的に重要ですが、日本では課題が多い。例えば、コンピュータサイエンス学部/学科を備えた大学が少なすぎます。東京大学にはコンピュータサイエンス学部はおろか、学科さえありません。一方で、農学部のような歴史の長い学部や学科は多くの大学にあります。農学が重要でないといっているのではなく、あまりにもバランスが悪すぎる。最初に触れた縦割りにも通底しますが、大学、特に国立大学という組織の硬直性がもたらす深刻な問題です。

――中等以下の教育はどうでしょうか。ここ2~3年の間に、小中学校でプログラミング教育が必修化されました。

野口 それ自体は大変よいことだと思います。ただ、問題は教育の中身です。教師の側で十分な準備ができているのか、疑問があります。プログラミングを教える教師の育成にも注力する必要があるでしょう。

――野口先生のお話をうかがって、日本のデジタル化の課題の大きさを改めて痛感しました。

野口 注意すべきは、従来型の組織構造や仕組みがもともとあったものではないということです。従業員を組織に固定する仕組み、企業別労働組合、年功序列の賃金体系などは、総力戦で挑むために1940年ごろつくられました。私はこれを「1940年体制」と呼んでいます。このような仕組みは高度成長期、あるいは大型コンピュータの時代にはうまく機能しましたが、インターネットの時代にはそうではないということです。

――日本のデジタル化の遅れは、組織の縦割り構造や人事制度など、80年前につくり上げた仕組みを引きずっており、それがインターネット時代に足かせになってしまっているというご指摘はとても腑に落ちました。容易ではないと思いますが、そこを変えていければ、日本は巻き返せるというエールと受け取りました。本日はありがとうございました。

(聞き手は日経BP 総合研究所 桔梗原富夫)

一橋大学名誉教授
野口 悠紀雄

1940年、東京に生まれる。1963年、東京大学工学部卒業。1964年、大蔵省入省。1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。

野口 悠紀雄氏

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