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Vol.15
社会課題解決を目指して生まれた
「システム×デザイン思考」をDXに導入する
複雑化する社会課題は、特定の専門家だけで解決するのは困難だ。多様な専門性を横串でつなぎ、専門知を統合して解決を目指す必要がある。こうした課題意識をベースに、2008年に設立されたのが慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)である。マサチューセッツ工科大学(MIT)とスタンフォード大学の協力を得て、SDMは「システム×デザイン思考」という考え方を進化させてきた。それは社会課題の解決だけでなく、組織のDXにおいても有効だ。システム×デザイン思考とは何か、その射程について、SDM教授の白坂成功氏に聞いた。
白坂 成功氏
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント
研究科
教授
博士(システムエンジニアリング学)
横串の専門性を磨いて、
複雑な社会課題の解決に挑む
――白坂先生は、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)で教鞭をとっておられます。同研究科が提唱する「システム×デザイン思考」が生まれた背景、狙いなどについてうかがいます。
白坂 SDMが設立されたのは2008年。マサチューセッツ工科大学(MIT)とスタンフォード大学との共同で、教育プログラムを開発しました。通常、多くの大学院は1つの専門性を深掘りします。それはそれで大変重要ですが、一方で物事を統合して解決を目指すアプローチも求められています。ますます複雑化する社会課題を解決するためには特定の専門性だけでは難しくなる中で、統合的な思考はますます重要になっていると思います。
多分野の専門家を集めて議論し、それを束ねて解決策を見出す。このような役割は従来、主に企業によって担われていました。しかし、社会課題が複雑化しグローバルな広がりを持つ中で、人材育成も含めて全てを本当に企業だけに任せていていいのでしょうか――。
例えば、製造業であれば主として工学的なアプローチで、より便利なモノをより安く開発・生産しようと考えるでしょう。一方、大きな社会課題を解決するためには、モノが利用される社会の仕組みについて、法律などを含めて再検討する必要があるかもしれません。このように、1つの専門性だけでは対処できない課題が増えています。SDM設立の背景にはそんな意識がありました。様々な専門性をつなぐ知識や能力を、私たちは「横串の専門性」と呼んでいます。
――MITとスタンフォード大学からは、どのようなものを学んだのですか。
白坂 MITはシステム的に物事をとらえ、課題解決するアプローチにおいて多くの経験を積んでいます。一方、スタンフォード大学は、ハッソ・プラットナー・デザイン研究所(Dスクール)でのデザイン思考の研究や教育などのように、新価値創造のアプローチで世界的に知られています。MITが多様性の統合に長けているとすれば、Dスクールは多様性を生かした新価値創造に長けているといえます。そして、私たちは、米国流の両大学の教育手法を単純にそのまま日本に適用するのではなく、日本という環境により適したものにしたいと思い、これらを日本という環境にあうようにいかに融合させるかを考えてきました。さらに時代背景の変化に合わせて、毎年、授業内容を何かしら変えながら教育を進化させています。
――多様性がキーワードですね。
白坂 私たちには認知バイアスがあります。そして、専門家は、自分の専門に関係する範囲のことしか認知することができないという専門家バイアスがあります。だからこそ自分の専門分野における「問い」は速く、確実に解けます。一方で、こうしたバイアスがあることによって、専門分野以外のことを考える際に重要なことを見逃してしまうこともあります。この課題を乗り越えるためには、自分とは異なるバイアスを持つ人との共同作業を通じて、バイアスを超えるための相互作用を起こす必要がある。それに必要なものが、多様性を生かすということです。
システム思考とデザイン思考を融合させる
――では、システム×デザイン思考とは何か。ポイントを教えてください。
白坂 その目的は多様性を生かして、課題解決や新しい価値創造を行うことです。多様性を生かすといっても、単にいろいろな人を集めれば目的を達成できるわけではありません。そこで、システム思考とデザイン思考を融合させます。
システム思考は「俯瞰的にとらえる」と「関係性をとらえる」という2つの考え方をベースに、目的指向で課題を解決するアプローチです。ただ、その際にもバイアスが課題になります。全体を俯瞰しようとしても、ある分野の専門家だけでは難しい。そこで、多様な人たちのアイデアや意見を統合する必要があります。このために必要なのが、「多視点からの構造化と可視化」です。
同時に多様な人たちのバイアスが働きづらくするために、視点を決めながら、専門家が非専門家の理解を促すために、説明の対象を構造化した図などを示しつつ、「自分が伝えたいのはここ」「いまこの話をしています」と分かるようにするのです。お互い専門外の話の内容を理解しやすくすることによって、多視点での議論を活発化することが可能になります。
思考の流れをデザインすることも重要。これはシステム工学から受け継いだ考え方です。私はもともとメーカーの技術者で人工衛星の設計を専門にしていました。衛星を設計するためには機械や電気、ソフトウエアなど様々な専門的知見を、ゴールを目指して統合しなければなりません。このアプローチをものづくりではなく、思考プロセスに適用しました。
例えば、ヘルスケアの新サービスを考えるとき、ブレインストーミングからスタートすべきか、フィールドワークや資料収集を先にするか。こうした思考プロセスをデザインしようという考え方。これも、システム思考の要素を発展させたものです。
まとめると、多様性を生かした議論を支える多視点からの構造化と可視化、思考の流れをデザインするという2つがシステム×デザイン思考におけるシステム思考の中核です。このようなシステム思考と、相手との共感を大事にしながら、多様性を生かし、試行錯誤を繰り返すデザイン思考を融合させる。それがシステム×デザイン思考です。
DXを実践するために
目的と仕組み、
手段を一体として考える
デジタルを理解していないと、
適切な目的設定ができない
――システム×デザイン思考について、具体例をもとに説明していただけますか。
白坂 SDMの授業には企業も参加します。企業の困りごとを持ち込んでもらい、システム×デザイン思考による解決を目指すのです。ある冷凍食品メーカーの困りごとは、新商品開発でした。学生たちは7人ほどのチームをつくり、1週間、冷凍食品ばかりを食べました。その結果、学生たちの意見は「冷凍食品は面倒くさい」だったのです。
冷凍食品というと、簡単・便利というイメージですが、彼ら彼女らは逆の感想を持ちました。「500Wで3分間」「点線のところまでカバーをめくってください」などといった細かい指示が多すぎるのです。そうした面倒をなくすため、学生たちが考えたのが「レンジでチン3分シリーズ」。細かい指示をできるだけなくし時間を3分で固定し、メーカーはそれに合う中身を考えてくださいという提案です。
それが学生たちが提案した新商品開発プロセスの提案です。何の冷凍食品をつくるかを考える従来のそれとはまったく異なるプロセスであり、人間中心のアプローチということがいえるでしょう。このような人間中心を考えるときにはデザイン思考が役立ちますが、このようなことを考えるために思考の流れをデザインし、多様性を活かすために多視点からの構造化と可視化を行うのはシステム思考となります。
――システム×デザイン思考でDXを実践する際には、どのような注意が必要でしょうか。
白坂 私たちは目的、目的を実現する仕組み、手段という3つの階層で考えています(図参照)。
例えば、紙の書類によるイベント参加者の管理を考えてみましょう。イベント参加者の管理という目的に対して、紙の申込書は手段、申込書を束ねることが仕組みです。企業などは長らく、こうした既存の手段を用いて目的を実行していました。
ここに、デジタルという新しい手段が登場しました。申し込みはオンラインになり、そしてデジタルデータを束ねるということが行われています。それによって、現在の目的=参加者の管理を実現することはできますが、それだけではDXとはいえません。参加者に別の体験を届けるなど、新しい目的の実現につながるなら、それはDXと呼べるかもしれません。つまり、DXの本質は、デジタルという新しい手段で、これまでにできなかった新しい目的を実現することです。どのような価値を創造するかが問われます。正確性は欠きますが、目的の設定ではデザイン思考の比重が大きく、仕組みづくりではシステム思考の比重が大きくなります。
――DXを実践する上での課題についてうかがいます。
白坂 デジタル特有の難しさがあります。デジタルがどのような技術で、それをどう使えば、何ができるのかを、セットで考えないと適切な目的設定ができないからです。
――確かにこれまで多くの分野では、「目的設定を考える人」、「そのための手段を組み合わせて仕組みをつくる人」、という分業が可能でした。
白坂 DXに取り組もうとすると、そうした分業はあまり現実的ではありません。デジタルのことを理解していないと、適切な目的設定ができない。目的と仕組み、手段を一体として考える必要があります。私たちは、デジタルを理解していながら、かつ目的に向かって仕組みを考えられる人材の育成が重要と考えており、SDMにおいてもそのような人材の排出を目的にプログラムを考えています。
――最後に、デジタルガバメントまたはデジタル社会づくりに向けた展望をうかがいます。
白坂 行政サービスのデジタル化については、システム×デザイン思考が役立つと思っています。市民への共感をベースに、デジタルで実現可能な新しい目的を設定する。かつては、誰もが一律の手続きを求められていましたが、いまでは個人にカスタマイズされた手続きも可能です。また、個人に対して「あなたは、この助成金を受け取ることができます」とプッシュで通知を送ることもできる。
政府が推進するデジタル田園都市国家構想は、「誰一人取り残されないための取り組み」を掲げています。地域で暮らす個々人を理解し、共感を醸成して人間中心の仕組みをつくる必要がある。それはシステム×デザイン思考と通底する考え方であり、SDMの蓄積が活用できる分野は多いはずです。
(聞き手は日経BP 総合研究所 木村知史)
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科
教授
博士(システムエンジニアリング学)
白坂 成功 氏
東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻 修士課程修了。その後、三菱電機株式会社にて宇宙開発に従事。技術試験衛星VII型(ETS-VII)、宇宙ステーション補給機(HTV)等の開発に参加。特にHTVの開発では初期設計から初号機ミッション完了まで携わる。途中1年8ヶ月間、欧州の人工衛星開発メーカに駐在し、欧州宇宙機関(ESA)向けの開発に参加。「こうのとり」(HTV: H-II TransferVehicle)開発では多くの賞を受賞。内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のプログラムマネージャーとしてオンデマンド型小型合成開口レーダ(SAR)衛星を開発。2004年度より慶應義塾大学にてシステムズエンジニアリングの教鞭をとり、2010年度より同大学院システムデザイン・マネジメント研究科准教授。2017年度より同教授。(写真:赤司 聡)



