「水資源の豊かな国・日本」のリアル
恵みの雨は地下水として涵養する
「みんフラ」保全への働きかけを
産業活動や都市活動に欠かせない水資源。今後も、その安定供給を期待するには、地下水という目に見えない資源の重要性を再認識し、水循環の健全性にこれまで以上に気を配ることが欠かせない。企業にとっての水資源との向き合い方を、水ジャーナリスト、東京財団政策研究所研究主幹の橋本淳司氏に聞いた。
橋本 淳司氏
水ジャーナリスト / アクアスフィア・水教育研究所 代表
東京財団政策研究所 研究主幹
1967年生まれ。出版社勤務を経て独立。国内外の水問題を調査し、各種メディアで発信。国、自治体、企業、学校の水に関する活動の企画・提言・教育などを行う。武蔵野大学客員教授、NPO法人地域水道支援センター理事なども務める。著書に『水道民営化で水はどうなるのか』(岩波書店)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)など。
降水量の観点から見れば、日本の水資源は確かに豊富だ。国土交通省「日本の水資源の現況」2023年版によれば、日本の年降水量は世界の約1.4倍。ほかのアジア諸国に匹敵する年降水量を記録する。
ところがそこに、人口密度の視点を加えると、様相はがらりと変わる。1人当たりの年降水総量は世界平均の4分の1程度。決して豊かとはいえない。
東京23区の水収支
雨を利水に生かせず
「日本は水資源が豊かな国であるというのは誤解なんです」。そう喝破するのは、水ジャーナリストとして活動する東京財団政策研究所研究主幹の橋本淳司氏だ。
「人口密度が高いからという理由もありますが、それに加えて、急峻な地形のために降った雨が河川を通じてすぐに海に流れ出てしまう、という理由もあります」
降雨を利水に生かし切れていないという現実は、水収支という別の角度からも明らかだ。
水収支とは、地域における水循環のあり方を定量的に捉えたものだ。降った雨が、地下に浸透する一方で地表を流れ、河川に流れ込んでいく。大気中にも蒸発散する。これら自然の水循環とは別に、上下水道や農業水利施設という人工の水循環もある。
東京23区を例にこの水収支を見ると、そこには大きな特徴が浮かび上がる(図1)。橋本氏は指摘する。「降雨が1467mm/年に対して浸透が123mm/年にすぎません。緑被率が低いことの表れです」。
■図1 東京23区の水収支年間降雨は1467mmだが、その半分以上の906mmは雨水として河川や下水処理場に流出する。地下への浸透はごくわずか※産業用水調査会『用水と廃水』(2009年51巻2号)「国内主要都市における水収支構造と水利用ストレスの評価」
出所:東京財団政策研究所「水みんフラ―水を軸とした社会共通基盤の新戦略―」2024年3月を基に作図
緑被率が低いと、雨水が地中に浸透しにくい。その多くは雨水管に流れ込み、河川に放流されたり下水処理場に送られたりする。これらの雨水は、その排水が想定通りに運ばないことに起因する内水氾濫を招くため、治水の対象だ。
橋本氏はそこに、利水の視点も加えるべき、と訴える。「都市活動では大量の水を消費します。それを本来は、都市域への降雨で賄えればいい。水利用の自律性は、今は低いと言わざるを得ません」。
採取者が地下水涵養
基本は水田への湛水
対策として考えられるのは、雨水の貯留や浸透である。一般論として地表の水を地下の帯水層まで浸透させることを涵養といい、地下水を増やすことができる。その地下水を、工業、農業、生活など、経済・社会活動に供給する。
地下水は既に、これら経済・社会活動に広く使用されている。前出の「日本の水資源の現況」によれば、最も使用されている用途は工業用水。その次に農業用水と生活用水が並ぶ(図2)。
■図2 地下水使用の用途別割合工業用水の使用量は以前、農業用水や生活用水とそう変わらなかった。しかし2020年に使用量が急増。割合が跳ね上がった
※「生活用水」「工業用水」(2020年度の使用量)は国土交通省水資源部調べを基にした推計。「農業用水」は農林水産省「第5回農業用地下水利用実態調査(2008年度調査)」による。「養魚用水」「消流雪用水」(2021年度の使用量)は国交省水資源部調べを基にした推計。「建築物用等」は環境省調査によるもので、条例などによる届け出などにより2021年度の地下水使用量の報告があった地方公共団体19都道府県の利用量を合計したものである。一部2020年データを含む
出所:国土交通省「日本の水資源の現況」2023年版
熊本地域での地下水涵養事業。稲刈り後の水田に水を張り、地下への浸透を図る写真:橋本淳司
この地下水の涵養で注目したい取り組みを見せるのが、熊本市を中心とする11市町村で構成される熊本地域である。
この地域では地下水の豊富さから半導体工場の進出が相次ぐ。それが地下水の需要増をもたらすことから、水マネジメントを欠くと、水収支のバランスが崩れかねない。
そこで熊本県では、条例や指針を根拠に地下水の利用者に採取の抑制を求める一方で、地下水の涵養について努力義務を課してきた。その基本は、水田に水を張る湛水という取り組みだ(写真)。その水は地中に浸透し、地下水として涵養される。
■図3 水田の多面的な機能水田には米の育成という機能以外に様々な機能がある。森林も同じく、木の育成という機能以外に水田同様の多面的な機能がある資料提供:橋本淳司
地下水の涵養という観点においては、例えば森林も水田と同様の役割を果たす。これらは民間所有の土地である場合も多いが、その役割は多面的かつ公共的だ(図3)。
「みんフラ」という
社会共通基盤の発想
こうした水循環の健全性を支える社会共通基盤システムを、橋本氏らは「水みんフラ」と総称する。日本はそのシステムが整っているからこそ、1人当たりの水資源が決して豊かでなくても水の安定供給を実現できている、という見方に立つ。
東京財団政策研究所が2024年3月にまとめた政策研究「水みんフラ―水を軸とした社会共通基盤の新戦略―」が、その考え方を整理したものだ。橋本氏も研究分担者の一人として参画する。
「みんフラ」とは、「みんなのインフラ」という意味を持つ造語である。「水みんフラ」は、上下水道や農業水利施設などの構造物、森林や農地などの自然生態系、それらを維持管理する人や組織から構成される。
問題は、農地や森林などが民間所有の場合、担い手不足などから保全されにくくなる、という点にある。「公共インフラは老朽化や財政難で持続性が危ぶまれ、それが社会課題として意識されます。しかし農地や森林の保全は、農業や林業の課題としてしか意識されません」。
企業は今、「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」の提言を踏まえた情報開示が求められる時代。水循環の健全性という視点とも無縁ではいられない。水資源の利用者として「水みんフラ」の保全は自分ごとでもあるはずだ。その発想に立ち、保全の支援を進めたい。






