


不確実性と危機の時代に、
手探りで世界と渡り合う企業がある。
福島県二本松市で270年以上続く
酒蔵・大七酒造だ。
日経クロストレンド発行人の佐藤央明を
ナビゲーターに、
“哲学でこそ飯を食う”
ブランドの姿を解明する。
大七酒造は2025年4月1日、日本酒の新たな地平を切り開く酒を世に問うた。その名は『The GATE』─“門”─世界の美食家を未知なる出合いへと誘う扉だ。フランス、イギリス、アメリカ、そして日本で同時発売され、今後はアジアも射程圏内に収める。
新商品は、国内の酒税法に鑑みて分類すれば純米酒だが、しかしその実態は従来の枠組みでは到底とらえきれない。幾重にも変化(へんげ)する“四次元の酒”であり、食の喜びを増幅させる美食装置であるからだ。さらに、産声を上げたのは福島県の二本松ではなくフランスはリヨンである。単なる日本酒の海外輸出ではなく、異文化との邂逅が生んだ1本なのだ。
連載第4回では『The GATE』を例にとり、世界の舞台でブランドを築くにいたった大七のたゆまぬ思索を追体験する。

大七酒造10代目蔵元の太田英晴社長は珍しく、控えめな興奮をにじませているように見えた。いつも穏やかなその語り口もわずかに弾むようだ。
「新商品となると私たちはつい、純米大吟醸にしようか純米酒にしようか、米は何にしようか、という造り手目線から考えはじめます。しかし、『The GATE』は、そうした発想から一線を画したところからスタートしました。コンセプトは“ガストロノミックSAKE”。美食の国のトップソムリエがもたらしてくれたアイデアです」
今年春、世界4カ国で同時発売した『The GATE』。開発はフランスソムリエ界の若き重鎮、グザビエ・チュイザ氏との共創で進めた。フランス最優秀ソムリエとMOF(フランス国家最優秀職人章)のダブル栄誉を得たチュイザ氏は、大七を『日本のロマネ・コンティ』と公言して憚らない。23年10月には自らが勤めるパリのオテル・ド・クリヨンで半月に及ぶ『大七ウィーク』を成功させた。メインダイニングのみならず、バーにも客室にも大七の日本酒を取りそろえたイベントは評判を呼び、用意した酒は完売。これを機にタッグを組み、新商品開発プロジェクトが始動したのだ。
翌24年2月、チュイザ氏はリヨンのホテルの一室で、温めていたアイデアを太田社長に披露する。大七の多様な酒をブレンドし、“ガストロノミックSAKE”というコンセプトを打ち出したのだ。
「どんな料理にも寄り添う『美食家のための酒』というアイデアに衝撃を受けました。テーブルでサービスをする飲み手側からしか生まれない発想であり、同時に、知らずにはまっていた造り手側の箍(たが)にも気付かされました」
しかしそうした日本酒への渇望は、太田社長の中にも小さく息づいているものだった。ワインは食事との相性=マリアージュが語られる飲み物だ。組み合わせ次第で1+1が2を超えて、何倍もの味わいをもたらすとされる。一方の日本酒はというと「かつて褒め言葉と言えば『食事を邪魔しない』で、最大限の賛辞ですら『食事を“全く”邪魔しない』。耳にするたび、日本酒ははたして邪魔をする飲み物なのだろうかという忸怩(じくじ)たる思いを抱いていました」。
たしかに日本酒が飲まれる場面を想像すると、その相棒は食事ではなく味が濃い肴やつまみであり、たとえばコースの和食では「そろそろお食事になさいますか」と声がかかると酒器が下げられ、ご飯と味噌汁が運ばれてくる。
「つまり日本酒は伝統的には食前酒なのだと、ソムリエの田崎真也さんからも聞いたことがあります。2000年初頭だったでしょうか。この頃から私は、マリアージュをかなえる“食中酒”を志向するようになっていたのです」

ガストロノミックSAKEというチュイザ氏のコンセプトに触発され、大七は従来とは異なる開発アプローチを試みた。アッサンブラージュを多次元化することにしたのだ。
アッサンブラージュとは、年代やぶどうの種類が異なる複数の原酒を混ぜ合わせ完成度を高めるシャンパンの伝統的なブレンド技法だ。大七酒造はこれを取り入れ、トップブランドを開発した経験を持っていた。07年に発売した『妙花闌曲グランド・キュヴェ』だ。
「純米大吟醸の熟成による成長曲線は単純なものではありません。華やかな香り、力強さ、まろやかさ、深いうま味、余韻の長さなどおいしさの指標は複数あり、それぞれがピークを迎えるタイミングに数年単位でずれがあるのです。そこで『妙花闌曲グランド・キュヴェ』では、熟成期間の異なる純米大吟醸をブレンドすることで、様々なおいしさの頂点を同居させようと試みました」
もちろん、簡単なことではなかった。日本酒のブレンドは常識的には「水平型」、つまり同年に仕込まれた同種の酒をブレンドし、標準化を目指すというものだ。しかし当時大七が試みたのは「垂直型」。同タイプの酒を年度違いでブレンドしていく、難しいチャレンジだった。
「『吟醸酒には1本の細い糸が通っていなければならない。ブレンドで線が太ると味が堕落する』──これらは父の言葉です。たとえば、無作為に複数人の顔をモンタージュすると標準的な美しさに近づくと言われますが、しかし唯一無二の美にたどり着くことはできないでしょう。それと同じで、ブレンドには優れた個性を損なうリスクがあるのです」
純度を保ち、細い線を重ねる繊細なアッサンブラージュにより生まれた酒はG8洞爺湖サミット晩餐会の乾杯酒に採用されるなど、高い評価を得た。
こうした蓄積があってこそ、チュイザ氏のお題に解を見出すことができたのだろう。『The GATE』の型破りなブレンドは、単なる水平型でも垂直型でもない。仕込み年代も分類も、酒米すらも違う酒を大胆にとり合わせたものだ。ヴィンテージの純米酒も、まだ若い純米大吟醸も、大七の蔵にある日本酒はすべてが原酒候補となり、酒が持つあらゆる魅力を共存させることを目指した多次元のアッサンブラージュが試みられた。
「細い線上に一つの個性を鋭く尖らせ純化させるのではなく、柔らかく丸く広げていく。これまでと対極の酒を目指しました。肩ひじを張らなくても食卓で喜びや楽しさを感じられるような、それでいて野放図ではない、様々な料理に合う懐の深い酒です」
“懐の深さ”は「相手によってがらりと表情を変える」酒として結実した。繊細さ、まるさ、薫り高さ、重厚感、野性味、スパイシーさ……料理に合わせ、『The GATE』はまったく異なる姿で立ち現れる。
「幾重にも重ねた個性からどの顔を引き出すのか、変化の鍵は“温度帯”にあります。10度前後なら大吟醸特有のフレッシュさが際立ちライトなオードブルに合いますし、室温なら少しピリッとしたスパイシーさが感じられ、肉料理のようなメインディッシュを力強く引き立てます。そして35度くらい、いわゆる温燗(ぬるかん)にするとこれがまた絶妙で、フォアグラのような脂肪分を多く含んだ温かい料理を、とろけるようなおいしさに導くのです」
温度以外にも、違いを生み出す仕掛けがある。「グラス」だ。温度帯ごとにリーデルから選んだ3つのグラスを使い分けると、異なる個性がより鮮やかに花開く。ワインは通常25度くらいまでの温度帯で味わうから、35度のマリアージュはまさに日本酒ならではの領域だ。しかも、エディションを重ねるごとに進化していくというから、次はどんな個性で飲み手を魅了してくれるのか、楽しみは尽きない。
どんな料理であってもこの1本さえあれば、最高のマリアージュがかなう。『The GATE』が目指すのはその境地だ。酒文化は豊かであるがゆえに、飲み手に知識を要求する面があった。言い換えれば初心者を遠ざけていた遠因を引き受けるという意味でも懐深いこの酒が完成した時、1752年から続く酒蔵の十代目は「新しい日本酒に出合ったなと、そう感じました」。
大七が海外進出を考えるようになったきっかけはフランスにある。92年、百貨店が蔵元向けに主催したワイナリー巡りツアーだ。有名ワイナリーを訪ねるのは初めてだった。シャンパーニュ、ボルドー、ブルゴーニュと巡るにつれ、ワイナリーの規模が小さくなり、家族経営も目立つようになった。太田社長自身、シャトーを仰ぎ見る観光客から、同業者を見る目へと変わっていった。ふと、そのワイナリーと大七の酒蔵、そこでつくられるワインと大七の酒の“差”が気になった。酒造りの在り方も、味わいの魅力も、決して引けを取らないように思われた。しかし、大七は市場のすべてを日本国内に限っており、かたや眼前の家族は世界の美食家を顧客としている。
「何十年と世界市場で揉まれてきた彼らに一日の長があることは明らかですが、日本酒のポテンシャルも再認識できました。同時に、我々が世界において全く無名の存在であるという事実は放置していい話ではない、日本人としての誇りにかけても、何とかしなければいけないと思ったのです」
しかし当時海外に進出できていたのは資本に余裕のある大手酒造メーカーだけ。そこで大七は、同程度の規模の他の酒蔵と協力し合いながら、展示会にグループ出展するなどして少しずつ海外販路を切り開いた。反応が良かったのは進取の気性に富み異文化へも寛容なアメリカだった。しかし10年ほどたった頃、原点の地である美食大国フランスで勝負してみたいという気持ちが抑えきれなくなっていた。マリアージュを重視するワイン文化の国にこそ、日本酒の味わいの深さや文化的な価値を伝えたい。グループでの輸出活動から、思い切って単独での輸出へと切り替えた。
2年に一度フランス・ボルドーで開催される世界最大級の酒の展示会『VINEXPO』への単独出展も申し込んだ。しかし、人気のためブースになかなか空きが出ない。ようやく枠を確保できたと知らせが届いたのは、2010年10月のことだ。翌年6月開催の『VINEXPO 2011』の枠だった。
2011年3月11日、福島県二本松市を拠点とする大七酒造を未曾有の困難が襲うのは誰もが知るところだ。しかし東日本大震災発災の3か月後、太田社長は予定通りボルドーの地に立った。行かないという選択肢はなかった。大七の酒を持参し、「フクシマ」でものづくりに携わる人たちがどれほど慎重に検査を重ね安全性を確保しているのかを説明した。けれどそれ以上に伝えたかったのは世界中から寄せられた支援への心からの感謝だった。
この展示会で、大七はセミナーも開催した。会場で準備をしていると、展示会スタッフが近づいてきて「事前の申請通りに椅子やグラスを用意しており変更はできないが、本当に大丈夫なのか」と言った。どういう意味なのかまったくわからなかった。しかし、会場の外を見た途端に合点がいった。
「用意した数では足りないことが一目でわかるほど、大勢の人が列を作って開場を待ってくれていたのです。我々も必死で対応し、最後にはスタンディングオベーションをいただきました。針のむしろに飛び込んでいくような覚悟もしていましたが、皆とてもあたたかく迎え入れてくれたのです」。いつも穏やかに取材に答える太田社長はこの一瞬、声を詰まらせた。
「心が痛む体験は何度もしました。しかし、つらい思いをしたくないからと引っ込んでいては、伝えたいものも伝わりません。外に出て出会いの中で理解を深めていく。我々にできることはそれだけですから」
そうしてフランスは、大七の酒の最大の理解者となった。貴醸酒や熟成酒といったチャレンジも積極的に受け入れ、文化的な価値を高く評価した。アジア圏では台湾からあたたかい手が伸ばされた。震災後、インポーターが二本松まで来てくれた。熱心に応援してくれるファンが数多くいた。本当に感謝しているのです、と噛みしめるように太田社長は微笑んだ。

「おいしい日本酒は『ワインのようだ』と表現されることがあります。でもいずれ、おいしいワインを飲んだときに『まるでSAKEのようだ』と言ってもらえる日が来たら、とも思うのです」
ただ、ワインを押しのけるような気持ちはまったくない。「押し売りをして、すでにある文化を上書きしたいわけではありません。各地に根付いた文化を理解しリスペクトしたうえで、食卓をさらに豊かにすることに貢献したいと思っています」
貢献の鍵を、太田社長は「うま味」に見出す。日本酒のグルタミン酸(うま味成分)含有量はビールの8倍、ワインの3倍以上と言われる。大七の特徴でもある生酛(きもと)造りの酒なら、更に強いうま味が引き出される。
「うま味は日本人が発見した第五の味覚です。昆布出汁のグルタミン酸と鰹節出汁のイノシン酸が合わさった『合わせ出汁』の魅力を我々はよく知っていますよね。うま味は足し算ではなく、掛け算のおいしさを生み出します。大七の酒と、肉に代表される動物系(イノシン酸)のうま味豊かな西洋料理をあわせれば、合わせ出汁のようにおいしさが何乗にも増幅されるのです。それはきっと、新しい喜びを世界の食卓にもたらすでしょう」
海外マーケティング担当の役員アッツ・ブランクスタイン氏に期待するのも、土地々々の文化を尊重したうえで、日本酒文化に理解を深めてもらうための活動だという。
「私たちは単にモノを売っているわけではなく、文化を伝えているつもりです。当然、相手の持つ異なる文化や価値観を深く理解する必要があり、ネイティブの視点が欠かせないのです。日本とは違う母国を持ち、各国文化に造詣の深いアッツさんはまさに、異文化の橋渡しに適任でした」
閉じこもっていては、開けられない。しかし、強引に開けようとしても開くとは限らない。伝統と革新が共存する『The GATE』は美食家たちにどのように理解され、受け入れられるのか。今まさに、日本酒の新たな境地への門が開かれようとしている。