
だが時計関係者にとって、新型コロナウイルス危機がもたらした最大の衝撃は、世界最大の時計宝飾フェアとして時計業界、さらに1980年代末からの機械式時計ブーム、その後の高級時計ブームを牽引してきた通称バーゼルフェア、正式名「BASELWORLD(バーゼルワールド)」の事実上の終焉だ。
バーゼルワールドのルーツは第2次世界大戦前の1917年、スイス産業見本市の時計部門。第2次世界大戦中に一時中止された以外は、今日まで延々と毎年続いてきた時計業界最大の見本市。1973年にはヨーロッパ時計宝飾フェアとなり、1986年以降は世界的な時計フェアへと発展。ピーク時には2000を超える時計宝飾ブランドが出展し、唯一無二の新作発表の場として君臨してきた。
日本のセイコーとシチズンも1986年から出展。以来、両ブランドの新作はここから世界に発信されてきた。
その勢いと影響力は1990年代から2000年代まで続いてきた世界的なブームと同様に右肩上がりで、フェアの出展社数も増加の一途をたどった。当時は、時計ビジネスで世界的に成功するなら、バーゼルワールドへの出展が不可欠だと言われたほどだ。1993年に「カルティエ」を代表とする当時のヴァンドームグループ(現リシュモングループ)が、高級時計にふさわしいラグジュアリーな環境を求めて同フェアを離脱、 Salon International de la Haute Horlogerie(S.I.H.H.)をスイスで第2の時計フェアとして立ち上げても、時計ブームの世界的拡大を背景にその地位は揺るがなかった。
しかし2010年代に入ると、高騰する出展料や運営体制への不満から出展を中止するブランドが徐々に増え、出展ブランド数は激減。時計関係者の間で「フェアの終焉」が囁かれるようになる。その噂を裏付けるように、世界最大の時計企業スウォッチ グループが2018年を最後に撤退した。
待ったなしの改革を迫られたバーゼルワールド事務局は2018年のフェア終了後、新マネージング・ディレクターを迎えて改革に着手した。しかしそれでも2019年の出展ブランド数は520(宝飾を含む)にとどまり、フェアの存続が危ぶまれる事態は変わらなかった。2019年11月にはセイコーが2020年の出展中止を表明。フェアの存続は、2020年4月最終週から開催される予定だった今年のフェアの成否にかかっていた。(後編へ続く)
渋谷 康人

オフィス・ノマド代表。1962年、埼玉県生まれ。大学卒業後、徳間書店に入社。文芸編集部を経て、「グッズプレス」編集部に配属。表紙撮影で出合った「ブライトリング」の“コスモノート”を購入したことをきっかけに時計にはまり、95年からスイス2大時計フェアや時計ファクトリーの取材を開始。2002年に同社を退社し、「エスクァイア日本版」の編集者などを経てオフィス・ノマドを設立。時計ジャーナリスト、モノジャーナリスト、編集者としての顔を持つ。趣味は料理。
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