サイバーリスクを金額に置き換えて説得
2017年に発足した日本サイバーセキュリティ・イノベーション委員会(以下、JCIC)は、日本企業にサイバーセキュリティーに関する政策提言を行っていく非営利・独立の民間シンクタンクだ。同団体で主任研究員を務める上杉 謙二氏は、「企業がDXの効果を持続的に得るためには、サイバーセキュリティー対策を同時に推進する必要があります。対策を怠るとシステム停止や情報流出のリスクが顕在化するだけではなく、多額の金銭的損失が発生する可能性があるからです」と警鐘を鳴らす。
JCICが国内で情報流出などの適時開示を行った企業47社の株価を調査したところ、50日後の株価が平均6.3%下落することが分かった。セキュリティー対策の未整備は損害賠償や善管注意義務違反に問われる恐れもあるだけに、もはやIT/セキュリティー部門だけの問題ではなく、経営層も含めて全社一丸で取り組むべき経営課題となっている。
ただし、IT/セキュリティー部門が経営層にセキュリティー投資を促す際には技術的な説明をしても理解してもらえないケースが多い。そこで上杉氏は「経営の共通言語である“お金”で説得することが不可欠です」とした上で、そのポイントを4つ挙げる。
1つ目は「経営の用語を用いる」こと。経営層はインシデントの検知数や防御数などにはほとんど関心がない。それよりも「これぐらいの被害が起こる可能性がある」という財務インパクトや経営全般のリスク、コンプライアンスなどを語るほうが、効果があるという。
2つ目は「サイバーリスクを金額に置き換える」こと。セキュリティー投資額の設定は非常に難しいが、「サイバー攻撃の被害に遭うと、これだけお金がかかる。だからセキュリティー投資が絶対に必要だ」と説得する。その際はJCICが損失額の算出法として発表している「サイバーリスク数値化モデル」などを使うことが有効だ。
セキュリティー予算・人材は売上高の「0.5%以上」が基準に
3つ目は、その数値を踏まえた「セキュリティー予算・人材の要求」だ。JCICではセキュリティー投資額の目安として「連結売上高の0.5%以上、セキュリティー人材は全従業員の0.5%以上の確保」を推奨している。例えば連結売上高が1000億円の企業であればセキュリティー投資額の目安は年間5億円、従業員が3000人なら15人という計算だ。
投資額の根拠として上杉氏があげるのが、FS-ISACという米国金融機関のセキュリティー団体が出している調査数値(総収益に占めるサイバーセキュリティー支出額)だ。2019年の0.34%から2020年には0.48%に増加していることや、代表的な金融機関であるJPモルガンが年間約660億円以上(同社営業収益の0.5%)をサイバーセキュリティーに投資していることなどを踏まえ、「日本のDX推進企業も先進的な金融機関並みに投資を強化すべき」と説明する。
「いずれにしても経営層やCISOがどのようなビジョンでDX戦略やセキュリティー対策を考えるのかが重要。メリハリをつけて必要な箇所にしっかり投資することが必要です」と上杉氏は指摘する。
4つ目は「セキュリティーKPIを設定し、モニタリングする」こと。セキュリティー投資にメリハリをつけるためにはサイバーセキュリティー施策が有効に機能しているかをKPIで評価することが大切だという。JCICは「サイバーセキュリティーのKPIモデル」をオリジナルモデルとして策定している。このモデルではセキュリティー責任者が自社の取り組み段階(成熟度)に応じたKPIを3つのモデルから選択し、目標設定やパフォーマンス評価に活用することを提案している。これにより目標管理の見える化が社内に浸透し、経営層の理解が深まることで、予算や人員などのリソースが獲得しやすくなるという。
避けられない経営リスクとなったサイバー攻撃に迅速かつ適切な対応ができる体制を整えておくことは、あらゆる企業にとって喫緊の課題となっている。ステークホルダーへの説明責任はもちろんのこと、社会全体のセキュリティーレベル向上や日本のDX推進を継続するためにも、適正なセキュリティー投資を確保しておきたい。