帝京大学先端総合研究機構 訪問 Vol.3

新しい治療戦略を確立して人類の夢「がん根治」に挑む

がんを根治する新たな治療方法が望まれる中、
帝京大学先端総合研究機構の岡本康司教授は「がん細胞の治療抵抗性」に着目。
オートファジーとの関連を明らかにするなど、
治療抵抗性をキーワードに研究を進める岡本教授に、研究の今とこれからを聞いた。

(聞き手:大角浩豊 日経サイエンス発行人)

岡本康司氏

帝京大学
先端総合研究機構
健康科学研究部門
教授
岡本康司

――まずは研究テーマである「がんの治療抵抗性」について教えてください。

岡本 がん治療で大きな問題となっているのは、抗がん剤などの内科的治療が効かなくなってしまうことです。「がん細胞」というと同じ性質を持つ細胞の集団のように思われるかもしれませんが、再発や転移を引き起こしているのはがん細胞の中でも抗がん剤に抵抗性を示して生き残ったもので、それこそががんの根治を阻む原因になっていると考えられているのです(図1)。最近では、シングルセル解析と呼ばれる技術により1細胞単位で遺伝子発現の特性を調べることが可能となり、この技術のおかげで治療抵抗性を持つがん細胞と治療感受性のあるがん細胞の違いがわかってきました。

図1 最近のがん治療の進歩と今後の課題

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など抗がん剤に次ぐ新たな治療薬が次々と開発されているが、治療開始からしばらくたつと薬の効果が薄れていくためがんの根治は難しい。この問題にがん細胞の「治療抵抗性」が関わっていると考えられる。

――最新の研究では、治療抵抗性を示す大腸がん細胞にオートファジーの活性化が関係していることを発見し、その分子メカニズムを解明しました。

岡本 まず、私たちは大腸がんの患者さんの細胞から3次元構造を持つ大腸がん細胞構造体(オルガノイド)を形成し、その中に存在している幹細胞を解析しました。幹細胞とは自己複製能や分化能を持つ細胞のことで、がんの発生や抵抗性にも関与していると考えられています。それらのがん幹細胞を解析した結果、大腸がん幹細胞の中には増殖の速い幹細胞と、極めて増殖の遅い休止型の幹細胞とが混在しており、休止型がん幹細胞が治療抵抗性を示していることを見いだしました。さらにその性質を調べていったところ、治療抵抗性を獲得する際にオートファジー活性が上昇していることを発見しました。

――オートファジーとはどのような現象なのでしょうか。

岡本 オートファジーは、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士がメカニズムを解明したことで知られる現象です。発生時や飢餓状態に陥ったときに細胞内の不要なタンパク質をオートファゴソームという膜で包み込み、その膜をリソソームと結合させてタンパク質を分解して再利用します。また、異常なタンパク質が蓄積されないようにするなど、生体恒常性の維持にとっても重要です。治療抵抗性がん細胞は、このしくみを悪用して、自分に有利に働くようにしていると考えられます。

――「オートファジーを悪用する」とはどういうことなのでしょうか。

岡本 オートファジーが治療抵抗性につながるメカニズムはこれから解明すべき課題ですが、私たちの実験系では、オートファジーが活性化されると抗がん剤抵抗性を示すマーカーが上昇し、逆にオートファジー活性を阻害する薬と抗がん剤を併用すると、治療抵抗性が低下して大腸がんの増殖を抑えられることが確認されました。この結果から、私たちはオートファジーの活性化を抑えることが治療標的となると考えて、研究を進めているところです(図2)。

図2 オートファジー亢進がん細胞が大腸がんの再発を担う

大腸がんのがん細胞の中でも、オートファジーが活性化(亢進)した幹細胞は抗がん剤が効きにくく、治療後しばらくたってから再発する。オートファジーの活性化を抑えることで再発を防げれば、がんを根治できる可能性がある。

――今回の研究は大腸がんですが、他の臓器のがんについても同じようなしくみが働いているのでしょうか。

岡本 がん種によって発生機序が違うため、全てのがんでオートファジーが関わっていると断言できませんが、大腸がんだけではないだろうと予想しています。実際に、他の種類のがんでも治療抵抗性とオートファジーの関係を示唆する報告もされています。

――岡本先生は「がん細胞とその周囲細胞のネットワーク化」にも関心があるとのことですが、それはどのような研究なのでしょうか。

岡本 がん細胞は単独で抵抗性を維持しているのではなく、周囲の細胞とのネットワークの中で機能していると考えられるのです。一例を挙げると、がん細胞は周囲にある線維芽細胞の性質を自分の生存に有利に働くように変えることが知られています。同じようなことが抗がん剤抵抗性で起きている可能性は高いでしょう。しかし、シングルセル解析では、細胞間ネットワークを調べることができません。そこで、各細胞の遺伝子発現情報だけでなく、細胞の位置情報も得られる空間ゲノミクス解析や空間オミックス解析と呼ばれる最先端の解析手法も積極的に用いて、治療抵抗性がん細胞を支えている細胞ネットワークについても明らかにしていきたいと考えています。

――オートファジーを悪用するなど想像以上に賢く狡猾ながんを根治するのは容易ではないように思います。

岡本 あらゆる手を尽くし、新しい戦略を生み出して最終的に生き残ったがん細胞ですから、そう簡単には死滅してくれません。しかも、がんが大きくなるにしたがって多様性を獲得するので、生き延びる可能性を持つがん細胞が増えます。そのようながん細胞と対峙し根治するのはとてもチャレンジングなことですが、それはがん研究を始めたときから目指してきた研究者としての夢でもあります。

――帝京大学先端総合研究機構は「文理融合型の研究により社会的課題の解決をめざす」という研究スタイルを掲げていますが、今後この研究拠点でどのように研究を進めていきますか。

岡本 帝京大学先端総合研究機構では、あらゆる分野の研究者が集まっており、バイオインフォマティクスなどの数理解析を取り入れることはもちろん、社会科学や人文科学の研究者たちとのインタラクションから新しい発想が生まれるのではないかと期待しています。私たち研究者は基本的に前しか見ていないものですが、少し立ち止まって、自分たちの研究の社会的意義を考えてみるなど、視野を広く持って研究を進めていきたいと思います。