帝京大学先端総合研究機構 訪問 Vol.4

医療のニーズをくみ取り先進技術で課題解決に貢献

科学技術の発展はあらゆる業界に恩恵をもたらす。医療分野も例外ではない。
近年目覚ましい進化を遂げているVRやAI、ビッグデータ解析などを駆使し、
様々な医療ニーズに応える帝京大学大学院 医療技術学研究科の古徳純一教授に話を聞いた。

(聞き手:大角浩豊 日経サイエンス発行人)

古徳純一氏

帝京大学
医療技術学研究科 診療放射線学専攻
医学物理グループ 教授
古徳純一

 

――大学院時代は宇宙物理を研究されていたそうですが、医学物理分野に関心を持たれるようになったのはなぜでしょうか。

古徳 10年以上前に遡りますが、宇宙放射線の研究に携わっていた縁で3次元脳内顕微鏡の開発に参加することになり、医療との関わりが始まりました。数学や物理を研究してきた立場から見れば、医療の世界には誰も手を付けていない未開拓領域が多く、医療の進歩のために挑戦できることがたくさんあるのではと思っています。

――先生が開発されたVR(仮想現実)を使った放射線量のリアルタイム推定システムは世界初の装置ですから、まさに未開拓の領域ですね。システムの概要を教えてください。

古徳 もともとX線やCTで患部の画像を撮影しながらカテーテル治療などを行うIVR(Interventional Radiology)という術式があり、その際の手術室内の放射線量をモニタリングしたいというニーズがありました。IVRは、患者さんにとっては低侵襲で負担が少ない術式ですが、使用した放射線が医療機器などで散乱してあらゆる方向に飛んでいくため、医療者の安全のために線量を把握する必要があるそうです。我々にはリアルタイムで線量を計算する技術やVRに関する知見があったので、医療側のニーズと我々のシーズを掛け合わせれば、手術室内の放射線量のリアルタイム推定が可能だと考えました。実際に手術室で計測してみたところ、医療者の立ち位置など、特定の場所で線量が高まる傾向にあることが分かりました。現状は室内の状況を見るためにVRゴーグルが必要ですが、医療関係者が事前に手術室のどこがハイリスクなのかを知っていれば、リスクを遠ざけることができます。

――先ほどVRゴーグルを着用してデモンストレーション画面を見せてもらいましたが、空間内にずらりと並んだバブルの色で線量の強弱を表現していて分かりやすいですね。

古徳 いろいろな表現方法を検討しましたが、線量が高いところのバブルは赤く、低いところは青で表現することで、奥行きある3次元空間の状況が直感的に分かると判断しました。現在は手術室内の放射線量を3次元で体感できる教育用システムとして運用していますが、将来的には実際の医療現場で広く使っていただけるようになればと思っています。

――大阪大学と共同で発表された、医療ビッグデータから健診項目との因果関係を推定できる人工知能(AI)も大変興味深い研究成果です。

古徳 大阪大学の土岐博特任教授からのオファーで共同研究プロジェクトが始まりました。医療ビッグデータの解析は、医療政策や健康支援につながる研究テーマとして注目されていますが、対象となるデータ量が少ないとうまくいきません。今回は、大阪府保険者協議会および大阪府国民健康保険団体連合会の協力で、大阪府民 60万人もの特定健診データを扱うことができました。また、このプロジェクトには医師も参画し、AIが導き出した健診項目との因果関係の妥当性を医療者の目線からチェックしていただけたことも大変にありがたいことでした。なお、因果探索に使用するAIのベースは数年前に提唱された「Direct LiNGAM」と呼ばれる数理モデルで、これを医療ビッグデータに適応したのは我々のチームが初めてです。

古徳純一氏

――このような解析により、健康診断の結果から将来的な生活習慣病のリスクを予測できるということですよね。

古徳 Direct LiNGAMを使った解析から、善玉コレステロール(HDL)の増加はBMIや中性脂肪を改善する要因であること、BMIは血糖値や肝臓悪化の指標である GPTに悪影響を持つことなどが示されました。この知見を活用して開発されたのが、大阪府が提供している「アスマイル」という健康アプリの「生活習慣病予測AI」です。AIが導き出した予測を自らの健康管理に役立てることが可能で、大阪府では生活習慣病を防ぐための保健指導に応用したいとの考えもあり、そのための研究は現在も続いています。

――文理融合型の研究組織「先端総合研究機構」に対して、社会課題解決につながる研究が期待されています。

古徳 この機構には一流の先生方が多数在籍されていますので、様々なコラボレーションの可能性があります。我々の研究はいわゆる基礎研究ですが、医療関係の方々のニーズをくみ取り、社会課題の解決につなげていけたらうれしいです。

古徳純一ラボの主な研究

リアルタイムで診療中の放射線量を可視化

IVRを行っている手術室の内部の放射線量を可視化する世界初のシステムを開発。VRゴーグルを使って3次元空間を移動することで、放射線量の高いエリアが直感的に体感できる

代数的位相幾何学を使って医用画像の鑑別精度向上

MRIなどの医用画像を対象にデータの形状や連続性を捉えるトポロジカルデータ解析を実施。この手法を使えば画像だけでは分かりにくかったHCC(肝細胞癌)、MT(転移性肝腫瘍)、HH(肝血管腫)を鑑別できる

医療ビッグデータをもとに因果関係をAIで予測

正の因果効果を暖色で、負の因果効果を寒色の矢印で示した。善玉コレステロール(HDL)の増加がBMIや中性脂肪、血糖値を改善することなどの因果関係がみられる

AI技術を活用した新しい自動細胞追跡システム

深層学習を用いた画像認識技術により培養ヒト表皮幹細胞集団の個々の細胞を自動検出し(左)、各細胞を高精度で追跡できるシステムを開発(右)。皮膚などの再生医療に使用される培養ヒト幹細胞の品質管理法として広く応用が期待される