キリン流・CSV経営学
キリン流・CSV経営学

日本にクラフトビールの文化を醸成 新たな市場を育てる、キリンのビジネス戦略 日本にクラフトビールの文化を醸成 新たな市場を育てる、キリンのビジネス戦略

ここ数年で一気に身近な存在となったクラフトビール。成長の牽引役となったのは、キリンビールだ。
同社のクラフトビール戦略は2014年から始まった。
ブルワリー併設店舗「SPRING VALLEY BREWERY」や、
小型のビールサーバー「Tap Marché」(以下、タップ・マルシェ)の展開により、
クラフトビールを楽しめる場を全国の料飲店に拡大。
さらに「SPRING VALLEY」ブランドにおける缶商品の発売や「キリン ホームタップ※1」を通じ、
“家飲み”シーンにまでその楽しみを広げている。
9月13日には、新商品「SPRING VALLEY シルクエール<白>」を発売し、売り上げも好調だ。
クラフトビール戦略を通じてキリンビールが目指すものとは何か。同社企画部の山田精二氏に聞いた。

※1 「つくりたてのおいしさをお客様にお届けしたい」という思いから生まれた会員制 生ビールサービス。「一番搾り」「SPRING VALLEY 豊潤<496>」「SPRING VALLEY シルクエール<白>」はもちろんのこと、22年からはヤッホーブルーイング社、Far Yeast Brewing社といった他ブルワリーのビールラインアップを増やしている。

※内容や出演者の所属は、取材当時のものになります

キリンビールの「新たな成長エンジン」
としてクラフトビールに注力
ビールを魅力化し、
人と人とのつながりを育んでいく

キリングループは「健康」「コミュニティ」「環境」「酒類メーカーとしての責任」という4つのCSV※2パーパスを掲げる。経営戦略の根幹を成すこの取り組みにより、コーポレートスローガンである「よろこびがつなぐ世界へ」を実現していくという。

※2 Creating Shared Valueの略。共通価値の創造。社会的ニーズや社会問題の解決に取り組むことで社会的価値の創出と経済的価値の創出を実現し、成長の次なる推進力にしていくこと。

「“つなぐ”というのは、まさに私たちの事業価値そのもの」と語るのは、キリンビール企画部の山田精二氏だ。同社が目指すのは、人と人とがつながるよろこびを届け、お客様と最も深く永くあたたかな絆を育み続けていくこと。その『ありたい姿』へと邁進し続けるため、2022年のキリンビール中期経営計画では、「ブランドと人を磨き上げ、結果を出す」をテーマに、「強固なブランド体系の構築」と「新たな成長エンジンの準備」を戦略の柱に位置づけている。

キリンビール株式会社
企画部 部長

山田 精二 氏

「私たちとお客様をつなぐのは、『一番搾り』をはじめとしたブランド群。ブランドは当社だけのものではなく、お客様や社会にとって欠かせない存在として考えなければいけません。主力ブランドの強化に取り組むことは、当社とお客様の絆や、お客様同士のつながりをより一層広げ、深めていく一助になると考えています」(山田氏)

既存ブランドのさらなる成長を図る一方で、「新たな成長エンジン」として、クラフトビール事業にも力を入れる。ビール市場全体が低迷する中で、近年人気を高めるクラフトビールは市場復活の鍵となる。プレミアムビールとは異なる形での差異化や高付加価値化を実現し、新たな競争の軸としていく考えだ。

日本のビール類市場規模は低下傾向であるが、その一方で、年々拡大しているのがクラフトビール市場だ。

「世界には100種類以上ものビアスタイルがあるといわれる中で、日本のビールは99%がピルスナータイプ。若者のビール離れなどといわれますが、それはビールの選択肢を広げてこなかった自分たちに責任があるのではないか」と山田氏は自戒を込めて言う。

多様なビアスタイルを擁するクラフトビールの飲用意向は、若年層ほど高い。実際に、クラフトビール飲用者は、たくさんの種類を飲み分ける傾向があり、ビールが最近魅力的になってきたと思う方が多いという。

「ビールをもっと魅力化したい」という切実な思いがあるとともに、中長期的な市場トレンドを見て既存事業のみでの継続的な成長は難しいことからも、将来の利益・持続的成長のドライバーとしてクラフトビール事業への参入を開始したのだ。

事業の構想は3ステップ。
まずは、ビールの楽しさを伝えながらテストマーケティングを行う、ビール醸造所(ブルワリー)併設の店舗「SPRING VALLEY BREWERY」を2015年に横浜と東京・代官山にオープン。2017年には京都、2018年に東京・銀座(期間限定)と店舗を拡大することで、クラフトビールの魅力体験の場を増やしていった。次に、タップ・マルシェ(後述)やホームタップを活用した料飲店や自宅での飲用機会を広げ、クラフトビールのさらなる認知や体験の向上に貢献。そしてクラフトビールへの注目が一層高まったタイミングで、いよいよその感動をより多くのお客様に届けるべく、家庭用缶製品の発売に踏み切ったというわけだ。

その場で造られたクラフトビールを楽しめる店舗「SPRING VALLEY BREWERY(スプリングバレー・ブルワリー)」(写真は東京・代官山の店舗)。

2021年にクラフトビール缶「SPRING VALLEY 豊潤<496>」を上市するまで、実に約8年。ビールの魅力化や感動体験を伝えるために邁進し続けた同社のクラフトビール戦略は、ここに来て大きな成長線を描き始めた。その勢いに乗じて、2022年には「SPRING VALLEY 豊潤<496>」のリニューアルに加え、新商品「SPRING VALLEY シルクエール<白>」を発売するなど、家庭用分野においてもクラフトビールの魅力化・多様化に努め、市場を牽引している。

9月13日に新発売した「SPRING VALLEY シルクエール<白>」は、小麦麦芽を使用することで、きめ細かなふわとろの泡とまろやかな口あたりを実現した、日本では珍しい“白ビール”だ。缶商品の発売に先行して、8月8日から、「スプリングバレー・ブルワリー」を含む料飲店で提供している。

「クラフトビールの魅力は、多様なビアスタイルと味わいにあります」と山田氏。「あれもこれもどれもおいしいっていうクラフトビールならではの多様性と、その違いや楽しみ方を語り合うコミュニケーションの醸成。それを広げていくことがクラフトビール事業の役割であり、その取り組みはビール全体の魅力化に寄与すると考えています」とその意義を語る。

新しい分野への挑戦は、組織にとっても刺激となる。全社を挙げて、従来とは異なる醸造技術やマーケティング戦略、営業方法、R&Dイノベーションを追求することで、新たなナレッジが蓄積され、人材もまた磨かれていく。それが次なる価値創造と企業成長の原資となる。

同社のクラフトビール戦略は、いわばキリンビールの成長戦略そのものといえるだろう。

小型ビールサーバー
「タップ・マルシェ」を通じた
全国のクラフトブルワリーや
地域との共創

10年前には聞き慣れなかったクラフトビールという言葉も、いまや広く普及している。しかし、日本におけるクラフトビールの市場シェアは、ビール類全体の約1.5%とまだ発展途上。その種類も限られている。“多様性”が魅力のクラフトビールが真に日本で根付くためには、より多くのプレーヤーによる市場全体の活性化が必要だ。

そこでキリンビールでは、一緒に取り組む仲間づくりとして、2014年から国内外のブルワリーとの連携を進めている。クラフトビールの国内最大手ヤッホーブルーイングや米国大手ブルックリン・ブルワリーとの資本提携をはじめ、さらにキリングループとしては、米国大手のニュー・ベルジャン・ブルーイングなど海外クラフトブルワリーのM&Aにも積極的だ。

だが、それだけでは不十分だとキリンビールは考えた。本当のクラフトビール文化は、より多くの接点で楽しまれ、かつキリン単独ではなく多様なクラフトブルワリーが足並みをそろえることで始まる。それを叶えるために開発したのが、タップ・マルシェだ。

タップ・マルシェとは、キリンビールが2018年から料飲店に向けて全国展開している、クラフトビール専用のディスペンサー。小型でありながら、1台で最大4種類のクラフトビールを提供できるのが特長だ。

タップ・マルシェで取り扱うのは、キリンビールのクラフトビールだけではない。同社の提携ブルワリーはもちろん、資本関係のないクラフトブルワリーも含めた14社の個性的なビールを楽しむことができる。

米国などにおいて、クラフトビールは大量生産ビールに対する一種のカウンターカルチャーという側面もあるため、クラフトブルワリーが大手のビール会社と手を組むのは極めて稀だという。米国ブルックリン・ブルワリーの創業者であるスティーブ・ヒンディ氏も、「競合ともいえる独立クラフトブルワリーの商品を大手ビールメーカーが販売するのは、世界でも異例」と驚いたほどだ。しかし、キリンビールには、明確な思いがあった。

「クラフトビールの魅力はクリエーティビティとダイバーシティ、そしてコミュニティにあると考えています。多様な価値を創造し、お客様にお届けするには1社だけでは限界があります。クラフトビール文化を広めるためには、共にビールを面白くしていく仲間たちとの共創が不可欠であり、そのための仕掛けがタップ・マルシェなのです」(山田氏)

タップ・マルシェには老舗の木内酒造や伊勢角屋麦酒をはじめ、宮崎ひでじビール、山口地ビール、いわて蔵ビールなどといった郷土色豊かなクラフトブルワリーが全国から参画。ブルワリー各社から、キリンビールは一緒にビールを活性化する“仲間”として受け止められたようだ。

その理由は、同社の「クラフツマンシップ」にある。全国のブルワリー同様、「おいしいビールを造りたい」という一心で技術を磨いてきたキリンビールは、大ビール会社というよりも、大きなクラフトビールメーカーとして彼らの目に映ったのだろう。

もちろん、大手企業としての責任もある。キリンビールは、クラフトビールがかつての“地ビール”のように一過性のブームで終わらぬよう、産業全体の健全な育成をサポートする施策を展開。技術支援などを通じて、業界内の技術力の底上げにも力を尽くしている。

「全国のブルワリーさんに参画を呼びかけた背景には、この取り組みを通じて地域に貢献していきたいという考えもありました。宮崎や伊勢、常陸、岩手の地名を冠したブランドを全国に広めることはシティセールスにもなるし、クラフトビールの原料に地元の素材を使うことで地産品のアピールもできる。もちろん、各地にタップ・マルシェを広めていくことにもつながるわけで、まさにWin-Winの取り組みだといえるでしょう」(山田氏)

タップ・マルシェ提供銘柄一覧※2022年9月時点

ブランド名 銘 柄
キリン SPRING VALLEY スプリングバレー 豊潤<496>
スプリングバレー シルクエール<白>
スプリングバレー MURAKAMI SEVEN IPA
スプリングバレー Afterdark
スプリングバレー Daydream
スプリングバレー JAZZBERRY
資本
提携先
ヤッホーブルーイング よなよなエール
水曜日のネコ
インドの青鬼
BROOKLYN BREWERY ブルックリンラガー
ブルックリンディフェンダーIPA
ブルックリンソラチエース
その他 常陸野ネストビール ホワイトエール
だいだいエール
ゆずラガー
伊勢角屋麦酒 ペールエール
ヒメホワイト
Far Yeast Brewing 東京ホワイト
東京IPA
宮崎ひでじビール 九州CRAFT日向夏
盛田金しゃちビール 名古屋赤味噌ラガー
小西酒造 スノーブロンシュ・ジャパン・ホワイトエール
DHCビール DHC Premium RICH ALE
石川酒造 TOKYO BLUES セッションエール
いわて蔵ビール みちのくレッドエール
山口地ビール 瀬戸内ヴァイツェン
銀河高原ビール 小麦のビール

日本各地のブルワリーがタップ・マルシェに参画する。地元の素材を使ったビールや、ブルワリーの個性が光るビールなど、多彩な味を楽しむことができる。タップ・マルシェを設置する店舗は、現在全国約2万店にまで、拡大しているという。

小型ビールサーバー「Tap Marché」参画ブルワリーの声

タップ・マルシェへの参画は、ブルワリーにどのようなインパクトをもたらしたのだろうか。キリンビールと資本関係のないブルワリー8社にヒアリングを行った。

コロナ禍でも好調 タップ・マルシェ参画で売り上げの増加を実感

今回ヒアリングしたブルワリーがタップ・マルシェに参加したのは、2017年~2019年。折しもコロナ禍の影響により、ビール業界全体の売り上げが低調になった時期と重なるブルワリーも多いが、アンケートに回答した6社中5社が、タップ・マルシェに参画してからの合計売り上げは毎年増加しており、その要因として、「タップ・マルシェによる料飲店の売り上げ」を挙げた。

※売り上げは、タップ・マルシェを含むすべてのチャネルの合計
※参画年度はブルワリーにより異なる(2017年~2019年のいずれか)
※出典:キリン調べ

認知や利益率の向上もブルワリーが肌で感じるメリットは

タップ・マルシェへの参画は、売り上げの増加に加え、ブランド認知の向上や販売エリアの拡大など、様々なメリットをもたらしたという。

※複数回答可能、選択式での調査
※出典:キリン調べ

インタビュー

タップ・マルシェに参画する
「世嬉の一酒造 いわて蔵ビール」の
佐藤航氏に話を聞いた。

世嬉の一酒造
いわて蔵ビール

佐藤 航 氏

「世嬉の一酒造 いわて蔵ビール」がタップ・マルシェに参画したのは、2020年です。当社は小さな会社なので、営業人員がいません。また、物流費の高騰もあって、販路の獲得に悩んでいました。さらにコロナ禍によって売り上げが減少。そんな折、タップ・マルシェに参画させていただくことになりました。

参画にあたり、1年間ほどキリンビールから様々な技術支援を受けました。高い技術を目の当たりにすることによって社内の意識も変わり、会社全体としての技術が向上し、以前よりも安定した品質のビールを供給できるようになりました。先日も、キリンビール主催の勉強会に参加しましたが、他のブルワリーと技術面の意見を交わす機会となりました。

それまでは“コアなビールファン”にしか知られていなかった当社ですが、タップ・マルシェ参画によって全国的な知名度を獲得。自力ではリーチできなかった料飲店に販路が広がり、新たなお客様に出会うことができました。「タップ・マルシェで知った」とブルワリーに立ち寄り、声をかけてくださるお客様もいます。さらに、キリンビールが手軽に飲める缶商品でクラフトビールを飲まなかった層にもアプローチしたことで、カテゴリー自体の裾野が広がってきていると思います。

イベントなどでの様子を見ていても、クラフトビールは老若男女を問わず、飲み比べやペアリングを楽しむことによって会話が成り立ちやすく、コミュニケーションを生み出していると実感しています。これからもタップ・マルシェを通じて、当社のビールを全国のお客様に楽しんでいただけるよう願っています。

日本産ホップや麦芽の
生産・提供により
国産ビールの魅力を
より高めていく

地域貢献を視野に入れたキリンビールの取り組みは、ビールの原料生産地にまで広がっている。その一つが、東北における日本産ホップの生産支援だ。

かつては国内で盛んに栽培されていたホップも、生産者の高齢化や後継者不足により生産量は大きく落ち込んでいる。このままでは日本産ホップの存続自体が危ぶまれるため、キリンビールでは、ホップの安定的な収穫量維持と品質向上を目指した支援を行う一方で、日本産ホップの育種や技術開発も推進。自社開発の日本産ホップ「IBUKI」は、「SPRING VALLEY 豊潤<496>」に採用するほか、全国のクラフトブルワリーにも販売している。

タップ・マルシェ参画ブルワリーの一つである岩手県のいわて蔵ビール「みちのくレッドエール」。フローラルで華やかな香りが特徴の希少な日本産ホップ「IBUKI」が使われている。

またキリンビールは、日本産のビール大麦を自社工場で麦芽にし、2018年からは外販も開始している。

「クラフトブルワリーの方々はローカルなものづくりを大切にされているので、日本産のホップや麦芽をご提供することでその思いに応えたい」と山田氏は語る。

現在、国内に600社以上あるといわれるクラフトブルワリー。日本にはまだまだ知られていないクラフトビールが数多く存在する。

「新しいおいしさと出合うことで、多くのお客様にビールの魅力を再発見していただきたいですね。それをサポートするのが、タップ・マルシェやホームタップを活用した取り組みであり、ビール業界全体の活性化を目指す当社の使命でもあると考えています」(山田氏)

クラフトビール事業の発展により
つながるすべての人々と
共に成長していく

キリンビールのクラフトビールブランドとして知られる「SPRING VALLEY」。この名称は、日本のビール産業の祖であるウィリアム・コープランド氏のブルワリーへのオマージュである。

「コープランド氏自身も明治時代の日本にビールを広めるだけでなく、原料や設備機械の販売もしていたといわれています。そこから130年余りを経て、私たちも今同じことをクラフトビールでやろうとしているわけです」(山田氏)

長い年月をかけてビールがこれだけ浸透してきたように、数年後にはクラフトビールもより身近なものになっていくに違いない。「ビールもまるで日本酒やワインのように、たくさんの銘柄から選べるのが当たり前になるでしょう。たくさんの種類があって選ぶ楽しさを提供できるものは、伸びます」と山田氏も期待を寄せる。

時代時代に合ったビールの魅力を通じて、「人と人がつながるよろこび」を届け続けてきたキリンビール。つながるのはお客様ばかりではない。他のクラフトブルワリーや原料生産者など全国に散らばる様々なステークホルダーもまた、大きなつながりの輪を形成する大切なパートナーだ。キリンビールが成長することで、バリューチェーンにおいて価値が創出され、地域課題の解決や、関わるすべての人々の幸せにつながるのだ。

よりよい未来に向けて、多くの仲間たちと共にクラフトビールに取り組んでいくキリンビールの挑戦に、今後も注目していきたい。