日本取引所グループ(JPX)
産業立国へ、資本主義の父が創設
資本コストの意識高め
日本のマーケットの
さらなる魅力向上へ
資本主義の父とは、渋沢栄一の異名である。近代の幕開け以降、約500もの会社の創設・経営に携わる一方、会社への資金供給を支える金融システムを構築し、産業の発展と経済の成長をけん引してきた。そのシステムの一つが、国内初の証券取引所「東京株式取引所」だ。現在、東京証券取引所を運営する日本取引所グループは資本コストを意識した経営を促し、伝統的な取引所としての機能を強化しながら、新たな領域へも進んでいく。
東京証券取引所。前身である東京株式取引所の時代からこの地で取引所を運営してきた
明治末期の定期取引市場の様子。明治中期に市場規模が拡大し、立会場は一新されている
小さな資本を集めて大きな資本とする、そんな合本組織の会社で事業を起こし、規模のメリットを生かしながら産業を発展させていこう――。江戸から明治に時代が変わり、渋沢栄一はそう構想していた。合本組織の意義を説くばかりでなく、創設や経営にも自ら乗り出した。
渋沢が資本主義の父と評価されるのは、合本組織を創設・経営する傍ら金融システムの構築にも貢献したから。その一つが、合本組織の普及に欠かせない証券取引所だ。1878年、渋沢は発起人の一人として東京株式取引所を開設する。
開設当初、株式会社はまだ限られ、株式の売買はほとんど見られなかった。東京株式取引所で株式の流通が活発化するのは、1910年代以降である。
東京証券取引所。前身である東京株式取引所の時代からこの地で取引所を運営してきた
明治末期の定期取引市場の様子。明治中期に市場規模が拡大し、立会場は一新されている
東京証券取引所本館1階の証券史料ホールには東京株式取引所の創立証書などが展示されている。渋沢栄一の直筆サインは右から2人目(左)ここでは様々な展示を通して証券業界の成り立ちへの理解を深められる(右)
投資家との対話が不十分
稼ぐ力を伸ばせない企業
市場運営の基本は昔も今も投資家と上場会社をつなげること。近年は投資家との対話を通じた企業の持続的成長の後押しを積極的に進める。
背景には、投資家と上場会社の間の建設的な対話が不十分という課題がある。日本の経済や産業の成長には、企業が稼ぐ力を伸ばし、思い切った成長投資に乗り出していく必要がある。大胆な経営判断を行うためには、企業のガバナンス体制が構築されていなければならない。さらに投資家や株主との対話を通じた気付きが、自律的な企業価値向上の実現を後押しする。
日本でコーポレートガバナンス改革が進展した契機は、2014年2月に機関投資家向けのスチュワードシップ・コードが、また2015年6月に上場会社向けのコーポレートガバナンス・コードが策定されたことである。
それから約10年。コーポレートガバナンス改革は、形として浸透しつつある。
例えば独立社外取締役。コードによれば、プライム市場の上場会社は取締役会の3分の1以上選任すべき、という。その基準通りに選任する上場会社の割合は、2014年は市場第1部の6%強にすぎなかったが、2023年はプライム市場の95%にまで達した。
現在は、コードの順守という「形」にとどまらず、実質において適切なガバナンス体制を構築していく段階だ。「『形式』から『実質』への深化が課題です」。JPXグループCEOの山道裕己氏は言葉に力を込める。
取締役兼代表執行役グループCEO 山道 裕己氏
2023年3月にはプライム/スタンダード両市場の上場会社に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」について開示を要請。①資本コストや資本収益性を把握②それらの内容や市場評価に関して、取締役会で現状分析・評価を議論③改善に向けた計画を策定・開示し、その後も投資家との対話の中で進捗状況などを開示――という手順を踏むよう求めた。
企業の持続的な成長という観点で課題視するのは、投資家の目線とのズレだ。「資本コストを把握しても、それを意識した経営には至っていない企業が多い。投資家の目線とズレがあることで、対話が深まらない。投資家と企業が『資本コスト』や『資本収益性』を共通言語として対話を深められるよう、改めて声をかけました」(山道氏)。
資本コスト意識の経営へ
プライムは6割以上対応
上場会社に対して開示を要請しただけではなく、その後の状況の可視化も怠らない。企業の状況を投資家に周知するとともに、企業の取り組みをさらに後押しするため、2024年1月からは月に1度、要請に基づき開示する企業の一覧を公表している。
プライム市場については2024年5月現在、開示済み63%、検討中10%、という結果だ。「経営上の課題としてはあまり意識されてこなかったという場合もあると思います。要請からわずか1年で半数以上に及んだのはポジティブに評価しています」(山道氏)。
ここでもやはり、目指すのは投資家と上場会社の建設的な対話が進むこと。開示済みの企業の割合に一喜一憂するのではなく、実質面でのガバナンス改革の深化、そして、上場会社の自律的な企業価値向上の取り組み活発化を待ち望む。
2024年2月には、90社を超える投資家との面談を踏まえ、投資家が期待している取り組みのポイントや投資家が一定の評価を与えている取り組みの事例を公表した。山道氏は「私たちが公表する開示企業一覧や参考事例なども、対話のきっかけになります」と今後の進展に期待する。
投資家との対話は国内に限らず、海外投資家との間でも重んじるだけに、その言語にも気を配る。とりわけプライム市場は、グローバルな投資家との対話を念頭に置いた市場区分だけに、英文開示の必要性が高い。そこで、決算情報や適時開示情報については2025年4月から、日本語と同時の英文開示を順守すべき行動規範として義務化する。
資本市場は今、活況を見せる。日経平均株価はこの3月、海外投資家からの資金に支えられ、史上初の4万円超えを達成。プライム市場の株式時価総額は1000兆円に迫る勢いだ。山道氏は「日本のマーケットが転換期にある、コーポレートガバナンス改革で日本企業に持続的な成長が見込める、という期待感も大きい」と、市場の心理を読む。
投資家と上場会社の建設的な対話は今後、深まるに違いない。企業が資本コストを意識した経営に乗り出し、取り組みの成果を投資家が評価するようになれば、持続的な成長への好循環が築かれていく。
JPXが求める、株主、そして投資家への目配りは、合本組織を通してステークホルダーとの共創を目指す渋沢の思いとも重なる。渋沢いわく、「一人だけ富んでそれで国は富まぬ国家は強くならぬ」――。共通の思いの先には日本経済の繁栄が待つのである。




