東京商工会議所
初代会頭・渋沢翁の精神を受け継ぎ
先行き不透明な時代、
企業の変革を後押しする
逆境の時こそ、力を尽くす―。東京商工会議所の初代会頭でもある渋沢栄一翁が、関東大震災で自ら被災しながら支援に奔走した時の精神である。自らを律するとともに、企業経営者を鼓舞する言葉でもある。東商はその精神を受け継ぎ、「会員企業の繁栄」「首都・東京の発展」「我が国経済社会の発展」の3つのミッションを掲げ、活動を展開。不透明な社会・経済環境の中で、変革に挑戦する会員企業の支援に全力を尽くす。
2023年11月11日の0時、東京タワーが明るい藍色に輝いていた。この日は渋沢翁の命日。東京商工会議所は、藍玉の製造・販売が渋沢翁の家業だったことから渋沢翁ゆかりの色といわれる藍色に、タワーをライトアップした。
新型コロナウイルス禍で社会が暗闇に包まれていた2021年11月、逆境に立つ中小事業者や医療関係者への応援の気持ちから、この取り組みが始まった。2023年11月は3回目の開催だ。
メッセージは、「逆境の時こそ、力を尽くす」。関東大震災後、渋沢翁が自ら被災しながらも被災者の支援や震災からの復興に尽力したことに由来する言葉であり、東商が受け継いできた渋沢翁の精神でもある。
大隈重信から相談を受け
不平等条約の解消へ
東京商業会議所(当時)の2代目ビル。東京・丸の内の現在地に1899年に完成した
東京23区に現在8万を超える会員企業を抱える経済団体である東商にとって、渋沢翁は生みの親だ。自ら創立発起人を集め、前身の東京商法会議所を1878年に設立。38歳で初代の会頭に就いた。
東京商業会議所(当時)の2代目ビル。東京・丸の内の現在地に1899年に完成した
きっかけを与えたのは、明治政府の大隈重信である。
江戸末期に欧米列強との間で締結した不平等条約の撤廃に向け、大隈は英国公使に「輿論」の反発を理由に交渉を持ち掛けた。ところが、「日本には輿論を形成する場がない」とはねつけられ、欧州視察の経験を持つ渋沢翁に相談したのである。
欧米では当時、商工会議所に相当する民間の経済団体が設立されつつあった。渋沢翁はそれを念頭に、民間の任意団体として東京商法会議所の設立を提案し、実現に至った。
現在、東商は、「会員企業の繁栄」「首都・東京の発展」「我が国経済社会の発展」という3つのミッションを掲げている。2022年11月に第22代会頭に就任した小林健氏(三菱商事相談役、以下小林会頭)はこう語る。
第22代会頭(三菱商事相談役)小林 健氏
「首都・東京は日本経済の成長をけん引する重要な役割を担っています。主役は、企業です。特に大宗を占める中小企業が新たな価値を創造し、チャレンジできる環境・機会を提供することが東商の役割です」
東商の活動の柱は、「経営支援」「政策要望」「地域振興」「国際展開」の4つである。
経営支援活動としては、資金調達や事業計画策定の支援、国や東京都の施策情報の提供、従業員の育成サポートとしての各種の検定・研修の実施などである。
また、政策要望活動では、会員企業への調査や生の声を政策提言に生かし、国や都の施策として実現すべく働きかけを行っている。
「原点は対話」を信条に
「現場主義・双方向主義」を体現
活動を引っ張る小林会頭の信条は、「原点は対話である」であり、「現場主義・双方向主義」を体現している。東京23支部はもとより、全国各地の商工会議所、能登半島地震の被災地などを訪問し、企業経営者らと対話する。そこから知恵が生まれ、会員企業を取り巻く課題への対応が定まり、実行されている。
小林会頭が信条とするのは、「原点は対話である」という考え方。会員企業を自ら訪ね、現場主義を貫く。手前右から2番目が小林会頭
東京商工会議所本部ビル1階に置かれた渋沢栄一翁の像。会頭就任時の年齢38歳に近い43歳時の写真を基に製作した
本部ビル5階の「東商渋沢ホール」。最大500人収容の規模を持つ。東商ではこのほか、会議室も貸し出す
本部ビル6階に開設した「東商渋沢ミュージアム」。渋沢翁関連の資料を整理する中で見つかった直筆の書などを展示する
2023年度には、賃上げや取引適正化に向けた環境整備、中小企業の新たな挑戦の後押し、東京の持続的な発展を目指す取り組みを展開。また、新札発行に向けた機運醸成や渋沢翁の功績と精神の普及にも取り組んでいる。
東京商工会議所本部ビル1階に置かれた渋沢栄一翁の像。会頭就任時の年齢38歳に近い43歳時の写真を基に製作した
本部ビル5階の「東商渋沢ホール」。最大500人収容の規模を持つ。東商ではこのほか、会議室も貸し出す
本部ビル6階に開設した「東商渋沢ミュージアム」。渋沢翁関連の資料を整理する中で見つかった直筆の書などを展示する
冒頭のライトアップも、その事業の一環であり、新札発行当日である7月3日も、同様のライトアップを実施した。また「渋沢栄一翁の顕彰に関する包括連携協定」は当初6者だったが、12者の地域・団体まで広がりを見せた。
小林会頭はこう強調する。「『私益と公益の両立』を目指した渋沢翁の理念は、現代の東商にも受け継がれています」。
企業経営は依然として逆風にさらされている。少子高齢化、財政赤字、エネルギー問題、人手不足、賃金・生産性の停滞、地政学リスクなど課題は山積みだ。足元では、円安・物価上昇が日本経済に大きな影響を与えている今だからこそ、渋沢翁から受け継いできた精神が生きる。逆境の時こそ、力を尽くす――。積み重ねた成果は、会員企業数の拡大にもつながっている。
「先人は明治維新や第2次世界大戦後の混乱を乗り越え、日本を成長させてきました。先行きが見えない時代でも、私たち経営者が前を向き、渋沢翁の精神と理念を受け継ぎ、3つのミッションを胸に果敢に挑戦することで、必ず困難に打ち勝てる、そのように確信しています」と小林会頭は企業経営者を励ます。
東商では2024年2月、「渋沢栄一翁の顕彰に関する包括連携協定12者首脳会議」を開催した
そのうえで、企業のあり方について、「企業の大小に関わらず、経営者の責務は、経済価値・社会価値・環境価値を同時に追求することです。これは、言い換えれば、社会に責任を持ち、貢献するということです。渋沢翁が掲げた『私益と公益の両立』そのものだと考えています」と述べ、「中小企業は経営者と現場の距離が近く、変化に迅速に対応できることが最大の強みです。私が先頭に立って変化に挑戦する中小企業を支援していきます。日本の良さと強さを再認識し、ともに変革に挑みましょう」と力強く語った。




