AIインフラ投資「数千億ドル」時代、
日本企業が狙うべきボトルネック戦略の正体
ベイン・アンド・カンパニー
パートナー
専門分野:テクノロジー・企業買収、
合併(M&A)・戦略
大原 崇 氏
ベイン・アンド・カンパニー
パートナー
専門分野:テクノロジー・デジタル・
通信・エンターテイメント
井上 真吾 氏
ベイン・アンド・カンパニー
パートナー
専門分野:テクノロジー・産業機械・
産業財、デジタル
西脇 文彦 氏
AIの進展と地政学リスクが重なるなか、経営に求められる意思決定の質とスピードはかつてなく高まっている。成長軌道に乗るために、日本企業は何を選び、どこに集中して投資すべきか。日本企業が勝ち筋を見出すための戦略を考える。
1章 変革期に問われるのは“Run”ではなく“Change”
—— 日本の経営者は今、どんなことに関心を持っているのでしょうか。
大原:私が担当している半導体やテクノロジー、製造業、物流といった幅広い企業に共通しているのは、「成長戦略」に対する強い関心です。特に上場企業は資本市場からも「成長戦略を示せ」という強いプレッシャーを受けています。AIをどう事業ポートフォリオ再編やM&Aの軸に据えるか。それをどう市場にアピールするか。それらがホットトピックになっています。
井上:通信、エンターテイメントの領域からも、「この変革期に企業をどう運営すべきか」という問いが多く寄せられています。ベイン・アンド・カンパニーでは、経営のフェーズを「Run the Business(既存事業の維持・運営)」と「Change the Business(事業変革)」の2つに分けて定義していますが、AIの進展と地政学リスクが重なる今は、まさに「Change the Business」が求められていると感じます。“これまで通り”という慣性をいかに乗り越えるか。その意思決定こそが、今の経営に問われているポイントです。
西脇:製造業やインダストリアルサービス分野でも、これまで進めてきた収益構造改革が一段落し、「次の成長」にどう向かっていくかというステージにある企業が多い印象です。国内だけでなく、海外の競合にどう勝つかという観点から、AIを活用して事業を強化するだけでなく、顧客の付加価値をさらに高めるための動きが加速しています。
—— 戦略17分野のなかで、特にAIや半導体への期待が高まっています。まずはAIの産業構造の全体像について教えてください。
大原:最下層に半導体、その上にデータセンターや通信・電力といったインフラ、さらにAIモデルやソフトウエア、そして最上位にアプリケーションが位置するスタック構造になっています。この構造をビジネスの観点で見る上では、「お金の流れ」が非常に重要になってきます。ユーザーがアプリケーションに対価を支払い、その収益がモデル企業、クラウド事業者、そして半導体企業へと流れていく。つまり、上から下へと資金が落ちていく構造になっているのです。ここで押さえるべきポイントは、データセンター建築ラッシュの現在は、半導体・インフラ領域に資金が集中しているという点です。データセンターへの投資は数千億ドル規模に達しており、AIモデルやアプリケーション市場とは桁が異なります。したがって、「どこにビジネス機会があるのか」を考える際には、この構造を冷静に見る必要があります。
AI時代、日本企業はどのレイヤーで勝つべきか
—— そのような構造の中で、日本企業はどのように収益機会を見出すべきでしょうか。
大原:キーワードになるのが「ボトルネック」です。AIデータセンターではGPUが注目されがちですが、コスト全体に占める割合は2割程度に過ぎません。残りの8割はストレージ、ネットワーク機器、冷却装置など。これらの領域でも供給不足が発生しており、結果としてベンダーに有利なポジションが生まれています。さらにGPUそのものだけでなく、それを構成する基板やパッケージングといった部材にもボトルネックが存在します。こうした領域は、日本企業が強みを持つ分野が多く、大きな利益確保につながっています。AIスタック全体を取りに行くことではなく、ボトルネックとなる領域を押さえることが日本企業の勝ち筋につながると言えます。
ただし、ここで見落としてはならないのが、その優位性が永続するわけではないという点です。ボトルネックはあくまで一時的なものであり、数年以内に代替技術が登場し、市場構造そのものが変わる可能性もあります。そのなかで生き残るのは、ナンバー1、ナンバー2のポジションを確立できた企業に限られます。どこがボトルネックになるのかを先読みし、そこに経営資源を集中させて業界トップを目指す。いわば“選択と集中”の精度が、競争力を大きく左右します。すべてを取りに行くのではなく、勝てる領域に資源を絞り込むことが不可欠です。
ソブリンか否かではない、競争領域の見極め

井上:ソブリンAIについても同様です。ソブリンAIは「国産化」という文脈で語られることが多く、日本企業にとって大きなチャンスのように見えますが、実際にはそれほど単純な話ではありません。クラウドの領域では、AmazonやGoogle、Microsoftといったプレイヤーが圧倒的な基盤を築いています。利用企業が求めているのは主権やセキュリティだけではなく、演算性能、低遅延、コスト、導入スピードといった複数の要件を同時に満たしていること。これらはトレードオフの関係にあるため、ソブリンとパブリッククラウドは二者択一ではなく、適切に使い分けることが前提になります。この構造を理解しないまま「国産だから勝てる」と考えるのは危険です。この領域でも、日本企業はグローバルプレイヤーすべてと戦うのではなく、自社の強みが生きる領域を見極めることが重要になってきます。
—— AIを活用することで、企業はどのように体質を強化していくべきでしょうか。
井上:AIエージェントの活用はすでにどの企業にとっても前提に近い段階に入っており、大きく3つのステップで進んでいます。まずは既存業務の効率化。次に業務フローそのものを組み替える業務モデル変革。そして、AIを活用した事業モデル変革です。
西脇:現在、多くの企業が効率化と業務モデル変革に重点を置いています。例えば、これまで見積もりをつくってお客様に提示するまでに3〜4週間かかっていた業務が、やり方によっては1日、2日でできるケースも出てきています。これは単に効率が上がるというだけではありません。これまで取りこぼしていた受注機会を獲得できるようになるなど、成長そのものに資する活用にもつながります。そうしたチャンスを見出して検討を進める企業がかなり増えてきた印象です。ここで注意しなければならないのは、「既存業務をそのままAIに置き換える」という発想だけで進めてしまうことです。これはかつてのERPやRPAの導入と同じで、最適化されていない業務をそのまま置き換えても本質的な競争力強化にはつながりません。むしろ、これをきっかけにワークフローをあるべき姿に見直し、より目指したい形に再設計することができれば大きな競争力になり得ます。経営層がしっかりコミットし、強い意思で推進することが何より重要です。
大原:この領域でも企業間の差はすでに出始めています。ビジネスプロセスそのものを大きく変える取り組みは、誰かが強い号令をかけなければ進んでいきません。そして、その号令をかけるのは経営トップです。ボトムアップ・現場頼みの段階的な改善ではなく、経営陣が自ら先頭に立ってトップダウンで変革を進められるかどうかが成否を分けます。
“全抱え”を捨て、勝てる領域で世界標準を狙う
—— フィジカルAIについてはどのように捉えるべきでしょうか。
西脇:フィジカルAIやヒューマノイドはすでに実装に近づいており、知能や知覚の面では大きく進化。ヒューマノイド1体あたりの製造コストは現在3万〜5万USドル程度であり、普及可能な段階まできています。今後2〜3年で、製造業・物流のようにある程度コントロールされた環境下で、より自動化させるために適用されていくだろうと見ています。
一方で、手先の動きや屋外での電源など、運用には課題が残ります。この議論ではどうしても二元論になりがちですが、実際にはすべてがヒューマノイドに置き換わるわけではなく、既存ロボット・ヒューマノイド・人間の三者が共存する世界観になるでしょう。
ヒューマノイドに関しては、米国・中国のプレイヤーが圧倒的に多く、投資規模の面でも先行しています。一方で、フィジカルAIは人と接する領域に踏み込むため、メカとの連動や組み込みソフトを含めた制御技術が非常に重要になります。特に介護現場のように人に直接触れる領域では、力加減を誤れば怪我につながるリスクもあります。したがって、「安全に動かす」というニーズは非常に高くなります。その点で、日本企業がこれまで培ってきた強みが活かせる領域だと言えます。
日本企業には機構部品やアクチュエーターといったハードウエア、さらにはそれを精緻に制御する技術があります。また、複数の機器を連携させるインテグレーションや動作を予測する領域でも勝機があります。
ただし、戦い方が重要です。すべてを自社で抱え込むのではなく、エコシステムの中で自社の強みが最も発揮できる領域に集中することが重要です。その特定領域で優位性を確立し、グローバルスタンダードの主導権を握ることを目指す。これこそが、日本企業が勝つための現実的な戦い方になります。
勝敗を分けるのは、経営者の意思決定と実行力
—— 最後に、これから日本企業が取るべきアクションについてお聞かせください。
西脇:日本企業は世界的に注目されており、これから大きく成長できるステージにいます。重要なのはフォーカスを定め、グローバルで勝てる領域に経営資源を集中させていくことです。そこに徹することが、日本企業がより強い競争力を発揮していくための鍵になるでしょう。
井上:私は20年以上コンサルタントとして仕事をしていますが、今はAIと地政学リスクが同時に押し寄せる、これまでにないほど大きな変化の時期だと感じています。特に日本の大企業にとって、この時期はこれまで蓄積してきたアセットやケイパビリティをAIによって引き出せるという意味で大きな強みにもなり得ます。一方で、現状に強く引きずられすぎると、競争に勝てなくなる可能性があるのも事実です。“これまで通り”を前提にしない意思決定が、これまで以上に重要になっています。だからこそ、経営者が力を発揮し、トップダウンで「Change the Business」を推進していただきたいと思います。
大原:現在は、経営者にとってかつてないほど「決めなければならないこと」が多い時代です。AIスタックのどこで戦うのか。利用企業としてAIをどう活用して自社を強くしていくのか。その前提となる未来予測を企業としてどう描くのか。こうしたことをいずれも経営者が決断していかなければなりません。逆に言えば、ここで大胆な意思決定を行い、勇気を持ってやり切ることができれば、大きく飛躍できる好機でもあります。一社でも多くの日本企業がジャンプアップを果たせるよう、我々も支援をしていきたいと考えています。