受賞者インタビュー金賞

東京商工会議所、東洋紡、日本取引所グループ、みずほフィナンシャルグループ 渋沢つながりの4者が一堂に会し、過去と現在を語る
新紙幣発行で話題を呼び、社内外への手応えも確かに

井上 敦子 氏

井上 敦子
東京商工会議所
総務統括部
組織運営課
課長

――渋沢栄一翁が新1万円札の顔になることを捉えて情報発信をするという企画でした。どのような動機でご出稿いただいたのですか。

井上 渋沢翁は東京商工会議所(東商)を設立し、初代会頭でもあります。その渋沢翁が新1万円札の顔になることを受け、渋沢翁の精神を広く周知・啓発することを目的に、2019年4月から様々な事業を展開してきました。この事業の一環として、企画への出稿を決めました。掲載号が7月8日号で新紙幣の発行日である7月3日から間もない日付だったことから、多くの方に注目していただける良いタイミングである、とも考えました。

 また当所は、現在も渋沢翁の精神を受け継ぎ、「会員企業の繁栄」「首都・東京の発展」「わが国経済社会の発展」という3つのミッションを掲げながら活動しています。その点についても改めて発信させていただく良い機会と捉えました。

菱川 新紙幣の発行を機に、渋沢翁と東商との関わりを幅広い世代の方々に伝えたい、と考えていました。その思いを実現するのに適した企画でした。

石丸 渋沢翁は創立者で、翁の座右の銘の1つである「順理則裕」を企業理念に掲げています。その渋沢翁が新1万円札の顔になることを知り、PR活動を考えていました。そこで、新紙幣の発行タイミングを狙った各メディアの企画を調査していたところ、日経ビジネスの企画と出合うことになったのです。

 PRを通して伝えたかったことは、2つです。1つは、当社が事業を通じて社会を豊かにし自らも成長するという公益と私益の両立の思想で会社を140年以上にわたって継続させてきた、という点です。もう1つは、祖業である紡績の技術を応用した技術を基盤に社会のニーズに応える形で事業領域を変化させてきた、という点です。現在は主要事業として、「フィルム」「ライフサイエンス」「環境・機能材」「機能繊維・商事」といった4つの領域を掲げています。この2つを伝えるのに、取材を基に渋沢翁のDNAが当社に継承されているか、しっかりと伝えて貰える記事体広告の体裁が最適でした。

ゆかりの企業だから語れることがある
厳しい予算枠をこじ開け、企画に参画

菱川 亜梨 氏

菱川 亜梨
東京商工会議所
オフィス環境部
渋沢記念事業推進プロジェクトチーム 主査

 渋沢翁は東京証券取引所の前身で国内初の公的な証券取引所である東京株式取引所の設立者の一人です。2024年1月の大発会には、渋沢翁が晩年を過ごした東京都北区の「新1万円札カウントダウンプロジェクト」PR大使である「しぶさわくん」を迎え、新紙幣の発行に向けた機運を盛り上げたほか、24年7月の新紙幣発行時には、渋沢翁の出身地である埼玉県深谷市の市長と旧紙幣の顔である福沢諭吉の出身地である大分県中津市の市長をお迎えし、東証Arrowsでの引き継ぎ式を後援しました。

 これらの取り組みは自治体側から持ち掛けられたものです。今回も同様に日経ビジネス側から企画をご提案いただき、出稿を決めました。ゆかりの企業だから語れることがあるはずですし、渋沢翁の理念を通じて現在を語るという意図も興味深い。東京商工会議所、東洋紡、みずほフィナンシャルグループ、という日本を代表する企業・団体とともにお声掛けいただき、たいへん光栄に感じています。

祖谷 みずほフィナンシャルグループのルーツの1つに、渋沢翁が創設した第一国立銀行があります。当社では創設150周年のタイミングで企業理念の見直しや企業風土の変革に取り組んでいました。そのさなかに、新1万円札の顔として渋沢翁が選ばれたのです。みずほの社員にとって、自らのルーツに心を寄せる良いタイミングだと思いました。

 2024年7月からはちょうど、様々なメディアを活用して「みずほには、渋沢栄一が生きていた。」と題するキャンペーンを展開する予定でした。渋沢翁の志を体現する社員の姿を通じて、その志を社内外に発信しようというものです。日経ビジネスの企画はまさに、そこに合致した内容でした。すぐに出稿を決めました。記事体広告は純広告とは違い、第三者の視点で描かれますから、読者への訴求力も違ってくると思います。取材を通して読者に伝えるというのも、必要なチャンネルです。

――日本取引所グループ(JPX)では、渋沢翁が新1万円札の顔になることを捉えて情報発信する予定を立ててはいなかったとのことですが、企画に対する承認を社内で得るためのご苦労もあったのですか。

 それほどでもないですが、B to Cの企業と違って広告宣伝費が限られるだけに社内を納得させる必要があるのは確かです。2024年で言えば、現物市場の取引時間の延伸、インフラファンドやクロスボーダー企業の新規上場PR、というように、予算段階で計画を立てると、それ以外に予算を割く余裕はそうありません。しかし、今回の企画は渋沢翁が設立に関わった企業・団体が現在を語るという非常に興味深い内容だったため、社内の反応は思いのほか好意的でしたね。

リーフレットの体裁で全従業員に配布
社外向けには受付近くの待合ロビーに

石丸 園子 氏

石丸 園子
東洋紡
執行役員
コーポレートコミュニケーション部長
カエル推進部担当

石丸 当社は企画への参画は問題なかったのですが、取材の受け手として現会長の楢原を登場させるのに苦心しました。「順理則裕」という企業理念を2019年3月に再定義し、新たな解釈を与えた時の社長が楢原なので、渋沢翁に対する思いは強く、スピーカーとして最適だと考えましたが、社長を差し置いて自分が表舞台に立ちたくない、と。それでも、企画の趣旨を踏まえて説得し、楢原が取材を受けることになりました。あの時は緊張しましたね。

――この企画や出稿内容に対する社内外からの反応はいかがでしたか。

井上 記事内容は、東商設立の経緯と現在の東商の姿という2つの面にスポットを当てたものです。渋沢翁の精神と東商について新紙幣の発行を機に改めて知ることができた、と非常に良い反応をいただいています。また渋沢翁が初代会頭であることを、若い世代を含む幅広い世代の経営者に知っていただくことにもつながりました。

 また出稿した記事部分を小冊子の体裁に整え、東商本部ビル6階にある東商渋沢ミュージアムにご来館された方や東商が主催するイベントに来場された方に配布しました。ミュージアムには、日本銀行から贈呈していただいた新1万円札の若い記番号券「AA000002AA」(「2番券」)を展示中ということもあって、新紙幣の発行後はそれまでにも増して多くの方々にご来館いただいています。その際、この小冊子を手に取っていただいているようです。渋沢翁と東商の関係をより理解できた、という声も聞かれます。

菱川 「2番券」を展示するようになってから、渋沢翁の思想を学ぼうと学生が来館する機会が増えました。そういう時にも、この小冊子を読んで渋沢翁の思想を学んでいただけています。

石丸 当社でも、記事部分をA3見開きのリーフレットの体裁に整え、社内外での活用を進めてきました。例えばグループ従業員向けの広報誌である「グループ報」への挟み込みです。創立者として渋沢翁の名前くらいは知っていても、「日本資本主義の父」といわれる人物であることまで知っている従業員はそう多くありません。それだけに、「この記事を読んで創立者を改めて尊敬するようになった」「そんな創立者のDNAを140年以上も受け継ぎ、誇らしく思う」といった声が寄せられました。「渋沢翁と当社の関係を再認識した」「綿紡績に始まり、それを基盤に様々な事業に展開してきたことを改めて理解した」といった声も聞かれました。リーフレットは、2025年4月入社の新入社員にも配布します。当社の歴史を説明する時に活用したいと考えています。

 このほか、本社受付の近くにある待合ロビーに置いておき、自由に持ち帰っていただくようにしました。お客様がお待ちの間に手に取ったり、社員から紹介されて手に取ったりする姿が見られました。冊数は結構、減りましたね。

 社内外からの声を直接お聞きしてはいませんが、東京株式取引所の開設から現在に至るまで約150年間における日本経済への貢献を改めて知っていただけたのではないか、と感じています。誌面にも登場する東京証券取引所1階の証券史料ホールには明治期からの取引市場の活況を伝える写真など貴重な史料が数多く展示されています。自由見学も可能ですので、今回の企画をきっかけに一度立ち寄ってみようと思ってくださる方がいらっしゃれば、大変うれしく思います。

第三者の視点が社内への浸透を助ける
風土変革への取り組みを後押しする役割

林 直子 氏

林 直子
日本取引所グループ
広報・IR部 プロモーショングループ
調査役

祖谷 2024年7月から展開し始めたキャンペーン全体として、反響は大きかったですね。今回の企画を通して企業風土の変革に向けた取り組みをお伝えできたので、記事をご覧になった企業から、「当社でも風土変革に取り組みたい。参考になったので、お話をぜひ聞かせてほしい」というご依頼もありました。他の企業と情報交換したりイベントへの登壇を要請されたりする機会も増えました。

 社員自身も自ら記事を読んで、また記事を読んだご家族から話を聞かされ、「みずほは変わりつつある、いい会社になろうとしている」と感じ始めてもいるようです。社員自ら、企業風土の変革への取り組みのエネルギーを得た、背中を押された、と実感しているのではないか、とみています。私はインナー向けのブランディングも担当しています。全国各地に拠点があり、国内だけでも約5万人の従業員がいます。様々なチャンネルを通じて企業理念を伝えようとしていますが、果たして全員に伝わり切っているかどうか、心もとないと感じる時もあります。そうした中、日経ビジネスという信頼できる第三者のメディアを通じて情報発信することができたというのは、非常に価値あることです。社員は自らの取り組みの意義をみずほ全体の取り組みの中で再認識できました。手が届きにくいところまで伝えたいことを伝えられるコミュニケーション手段として大いに助けられました。

――今回の企画は、渋沢翁のDNAを受け継ぎながら成長を遂げてきた企業・団体4者が一堂に会したのが特徴です。相互連携という観点でお感じになることはありますか。

井上 渋沢翁のおかげで、こうしてゆかりのある企業の皆様とご一緒に参画でき、貴重な機会をいただいた思いです。東商の調べでは、渋沢翁は481社の企業設立に関わり、うち186社が今でも存続しています。引き続き、渋沢翁が関わった企業と連携しながら活動を継続していきたいと考えています。また2028年、東商は設立150周年を迎えます。節目を迎えるに当たって、今回ご一緒した皆様から取り組みへのヒントを頂いたようにも思います。

石丸 出来上がった誌面を拝読し、渋沢翁の言う公益と私益の両立という観点で根っこは皆様と一緒なんだと改めて感じました。業種・業界は異なりますが、いずれも同じように100年以上の歴史があります。その一員であることをうれしく思います。

 実は東商さんからは、1年半ほど前に取材を受けたことがあるんですよ。「渋沢栄一が設立に関わった企業のDNAを探る」という東商新聞の企画記事でした。取材にいらした方の渋沢愛がものすごく、「負けた!」と思わされました。

井上 東商新聞の担当者は渋沢関連事業の前任者で、渋沢翁についてその時に多くを学んだはずです。当時の経験や知識、思いが発揮されたのかもしれません。

 今日のこの機会が、広報担当として参考になります。皆様、成果物をリーフレットにして配布するなど、地道な広報活動に努めていらっしゃると感心しました。私たちも広報に活用できる貴重な資源を生かし、PR活動に励みたいと思います。

祖谷 日経ビジネスの企画を通じて、渋沢翁という共通の基盤の上に立ち、互いの取り組みを同じ目線で発信できたのは、貴重な機会でした。要望を言わせていただくなら、媒体発行後も引き続き何らかの場を提供していただければ幸いです。そうした場が、より良い社会づくりへの取り組みにつながるのではないか、と期待します。

2025年度も渋沢関連事業を継続の予定
渋沢翁の精神を幅広い世代に伝えたい

祖谷 考克 氏

祖谷 考克
みずほフィナンシャルグループ
コーポレートカルチャー室
ブランドマネジメントチーム
コーポレートブランドディレクター

――今回の企画へのご参画を通じて今後の広報・宣伝活動の方向性について改めて考えることがあれば教えてください。

井上 渋沢関連事業では、2025年度も東商本部ビル1階の多目的スペースで渋沢翁ゆかりの地が一堂に会する地域特産物産展を開催するなど、いくつかのイベントを企画中です。詳細は、当所の公式LINEアカウント「渋沢通信」などを通じて発信していく予定です。今後も、渋沢翁の功績と精神、東商の活動を、より幅広い世代の方に知っていただきたい、と考えています。東商渋沢ミュージアムに現在展示している「2番券」の存在も、もっとアピールし、多くの方にご来館いただきたいですね。

石丸 基本的には従来の方針を踏襲していきます。メーカーとして独自の技術を進化させ、社会課題を解決する事業を展開し、豊かな社会の実現に貢献していく――。そこを、社会に対してしっかり伝えていきたいと思います。

 国内外に積極的に情報発信することは市場運営会社の役割です。マスメディア、広告、Webサイト、SNS、オウンドメディアなど、複数のチャンネルを使い分けながら、日本市場の魅力をこれまで以上に伝えていきたいと考えています。

祖谷 渋沢翁の志を受け継ぐ社員がみずほのブランドスローガンである「ともに挑む。ともに実る。」を掲げながら仲間とともに挑戦する姿を発信することが、みずほへの共感につながるはずです。そうした発信の機会を増やしていきたいですね。金融機関はメーカーと違って具体の製品がないので、社員の取り組みを情報として発信していくことが大事だと考えています。今回の受賞で改めて、その思いを強くしました。

※所属・肩書はインタビュー時点

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