特集

フューチャリスト尾原和啓が語る「働き方の未来」
2030年-「働く」はこう変わる-
リモートワークがごく普通のものになるなど、今、我々の「働き方」は大きく変わりつつある。今後、新しいテクノロジーの進化・普及とともに、「働き方の未来」はどのようになっていくのだろう? そして、「働く」ことは、我々にとってどのような価値を持つものとなるのだろう? 「アフターデジタル」「DX進化論」など多数の著書の中で、デジタルテクノロジーが切り拓く未来像を鋭く提示している尾原和啓氏に話を訊いた。
仕事の面ではすでに「メタバースに生きている」
まずは尾原さんの、現在の働き方についてお聞かせください。今はシンガポール在住なのですね?
尾原 ええ。コロナ前まではシンガポールはワークベース、家族はインドネシアのバリ、という生活をしていたのですが、コロナ禍でインドネシアへの入国が大変になり。現在はシンガポールオンリーで、たまに日本に戻るという生活です。
なぜシンガポールにお住まいなのでしょう?
尾原 僕は、「インターネットは、人の自由を引き出して、人間らしさ・自分らしさを加速する」と信じてこれまで働いてきました。住むところについてもそれは当てはまります。5年前にFacebookの利用者人口が中国の人口を超えました。となると、「Facebook国」の住人になれば、どこの国に住んでいようが関係ないなと考えたわけです。
ではなぜシンガポールか、というとですね。今、インターネットが、明らかに欧米中心からアジア中心の時代になりつつあります。ただし、中国はチャイナウォールがあったりしていろいろ難しい。そうなると、次の中心はインドか東南アジアだろうと考えたのです。なかでもシンガポールはそうした地域のハブであり、バリには飛行機で3時間、マレーシアには車で2時間、タイやベトナム、フィリピンといった国々にも日帰りで行ける。アジアを拠点に活動する上で一番都合が良いのです。

時間については、どのような使い方をされていますか?
尾原 おかげさまで、僕の場合、お金をもらって働くという従来の意味での仕事は人生の半分くらいになっていて。基本的にはできるだけボランティアで、次の世代の人たちにバトンを繋いでいくことをメインにしていこうと思っています。従来の意味での仕事としては、シンガポールでは会社員としても働いていますし、その他、講演をしたり、本を書いたり、取材を受けたりといったことをしています。
一方で、個人の趣味のボランティアとしては、例えば、私も以前、所属していたGoogleのOBがアジアで起業するケースが増えているのでメンターとしてサポートしたり、内閣府の新AI戦略検討会議の構成員をしていたり。また、「Yコンビネータ−」という米国最大のベンチャーのアクセラレータープログラムがあるんですが、それに合格した日本人が今までたった2人しかいないので、その数を増やすためのお手伝いなどもしていますね。
ミーティングなどはほぼリモートですか?
尾原 そうですね。ここ2〜3年は、リアルでの対面が難しくなった分、相手がリモートでOKというケースが増えましたから。コロナ禍前は、まだリモートも一般的ではなかったので、日本で講演などをする時には、上半身がタブレット端末、下半身がセグウェイのロボットを、いわば「フィジカルアバター」として使っていましたが、今のほうがバーチャルで済むようになっていますね。最近、「メタバース」という言葉がバズワードになっていますが、僕の場合、少なくとも仕事の面ではバーチャル空間ですることがほとんどを占めていますから、「メタバースに生きている」と言ってもいいくらいだと思います。

2050年には「アイデンティティ」もポートフォリオすることになる
ここにきて個人の「働き方」が大きく変わってきていますが、今後、さらにどんな変化が起きてくるとお考えでしょうか?
尾原 まず2030年くらいまでの比較的近い未来について考えてみましょう。コロナ禍によって、リモートワークと並んでもう1つ広がりが加速したのが「副業」ですよね。リモートワークが拡大した結果、仕事とは「時間」ではなく、「アウトプットの成果」だとなった。そうなると逆に、アウトプットをちゃんと出していれば副業をやってもOKとなったのです。
今は「変化の時代」です。今までは、わかっている正解をひたすら磨き、失敗しないで早く出すのが仕事だとされていました。しかし、こういうものはいずれAIに置き換わります。そうなると、人間のやる仕事は、「問題を解決する」よりも、「問題や目的を設定する」ことに移り変わっていきます。そういう時代に、目の前にある仕事ばかりをずっとやり続けると、自分の視野が狭くなって、「問題や目的を設定する」視点が身につかない危険があります。
そこで近い将来、主流になると考えるのが、複数の仕事を持ち、そこから得られる知見をアウトプットに活かす「ポートフォリオワーカー」です。従来の、お金を稼いだりリスクヘッジをしたりするための副業ではなくて、ポートフォリオを持っているから1つひとつの仕事が輝く、ということですね。
それよりさらに先、2050年くらいになるとどうなるでしょう?
尾原 その頃になると、今度は「アイデンティティをポートフォリオしていく」ことになると考えます。同じ人が、ある時はバーチャル空間の中で美少女モデルをやっていて、ある時はフィジカルなアイデンティティのオッサンとしてシブく事業のアドバイスをする、みたいな感じで、ポートフォリオごとにアイデンティティを使い分けるということですね。例えはちょっと極端ですが(笑)
我々はどうしても、フィジカルな出で立ちに縛られがちです。しかし、バーチャル空間だと、中年のオッサンが若い女性になることだってできる。メタバースで美少女になることを経験した男性はみんな、「女性が普段、どういうバイアスのかかった目で見られているかわかった」と言うんです。そういうことに気づくと、女性に対してよりインクルーシブになれる。これと同じで、単に仕事をポートフォリオするだけでなく、アイデンティティもポートフォリオすることで、多様な人の価値観を体得できるはずです。
人間の成長は周りの環境との掛け算の中で行われます。バーチャル空間ですと働く場所は何箇所だろうと構わないし、アイデンティティも使い分けられる。そうして異なる刺激を受けると人は成長しやすくなります。近年、「イノベーションを起こすことが大事」と盛んに言われますが、イノベーションを定義したシュンペーター博士は、それを「新結合」、つまり全く新しいものを作るのではなく、今までにあったものを組み合わせることだとしています。できるだけ多様なポートフォリオを持つことでこれまでなかった組み合わせが起き、イノベーションも起きやすくなるでしょう。