「地方再生」のモデルと注目を浴びた島根の島

経済は手段、ゴールは幸せに暮らせる

大企業の研修を受け入れ

巡の環では企業を対象とした研修制度も行っているとか。

阿部 現在、国際協力機構(JICA)が海士町と提携して、研修機能の一部を昨年からこの町に移転しています。16年11月にはアフリカ諸国の人が研修に訪れ、巡の環はその中の2日間を担当しました。

 内容は、普段の企業研修とほぼ一緒です。自分が仕事を通じてどんな社会を作っているのか、自分が望む社会を作るためにどう仕事を進めたらいいかということを、教育や観光を軸に話し合いました。

巡の環の研修風景。基本2泊3日コースだがフルアテンドのため、年間22本が限界だという

 達成したい状態や成果があるからこそ、仕事は続けられます。自分と仕事と社会がどう関係しているかが分からず、自分と仕事が「切れている」状態だと仕事へのモチベーションがわかない、もしくは自己満足に終わってしまいます。

 その点、海士町は規模が小さいので全体を捉えやすい。自分と仕事と社会の関係性がすぐ分かります。私自身も巡の環の仕事を通じて、自分のやる気や力の発揮につながっています。「海士町を映し鏡にして、自分が望む社会・家族はどんなものか、そのために仕事はどうしていくのか」という研修を行い、企業や大学、復興庁などその数は年間22本に上ります。

 海士町には「ないものはない」というフレーズがあります。「なくてもよい」「大事なことはすべてここにある」という2つの意味を含んでいます。最初、この言葉がネガティブに思えて嫌いだったんです。でも、だんだんあれは「足るを知る」と言っているのだと思えるようになりました。ブータンの国民総幸福量(GNH)に似ているなと。ある意味、量から質への転換というのは、国民総生産(GDP)からGNHへの転換だと思うのです。

「頭は3歩先、体は半歩先」が仕事のスタンス

海士町に新しい風を呼び込んでいるのですね。いつも遠い未来を見据えて行動しているのでしょうか。

阿部 私たちは、都会のベンチャー企業でもなければ田舎企業でもない。都会のベンチャーというと、とがったことをして10歩先を行く感覚で、田舎企業というとみんなと同じ横並びの印象です。そこで、頭は3歩先、体は半歩先のイメージで仕事をしています。

 海士町にもこれからは人工知能(AI)などの新しい技術がどんどん入ってくるでしょうし、日本もこの先たくさんの大きな変動が考えられます。私たちはそれを想定しながら、海士町がどうしたらいいかをいつも議論しています。「早く行きたいなら一人で行け。遠くに行きたいならみんなで行け」ということわざがアフリカにあります。私たちは早く行きたいんじゃない。遠くに行きたい。だから、体は3歩先ではなく半歩先を歩んで、みんなと一緒に行ける方法を選んだ方がいいと思っているんです。

 このスタンスは、以前勤めていたトヨタで学びました。生産ラインを準備する生産技術の部署で、私は4年間エンジニアとして働いていました。自分自身はラインの作業者ではないのに、作業のことを考えてラインを作らなくてはなりません。ラインで働く現場は1日200回ぐらい同じ作業をして、それを20年、30年続けている。そこへ私が「今度の車種はこうしてください」と言っても聞いてもらえるわけがありません。現場の人は、効率が悪かったり危険だったりしても、目の前にある作業を基本、変えたくないものです。

 私は現場の人の動きをビデオにとって、時間内に作業を納めるにはどうしたらいいかを考えました。ストップウオッチで測って、全部無駄を書き出してそれをつぶしていきました。でも、ただその作業が無駄ですといっても聞いてもらえない。そうしたら先輩が、ラインが休みのときに自分で練習して提案してみてはどうか、と教えてくれたんです。そして休み明けに、「この方が楽じゃないですか」とやって見せる。そうするとちょっとは聞いてもらえるんですね。当事者ではないからこそ、誰よりも当事者のことを考えなくちゃいけなかったんです。

 海士町での仕事も同じです。海士町の生まれではないので、誰より海士を知っているとは言えません。ですが考え抜いて行動して、信頼関係を築いてきています。考え方、プロセスはトヨタで働いていたときと一緒でした。

 海士町への貢献度を考えると、巡の環はこれからだと思っています。今、海士町には世代交代の波が押し寄せています。これまで、さまざまな実績を作ってきた市役所や会社の人たちが、あと5年ぐらいで定年を迎えてしまいます。だから、彼らが作ってきた海士町をより力強く推進するこれからの場面で、自分たちが力を発揮しなくてはならないと思います。

 まだ海士町は課題だらけで成功事例ではありません。海士町のことは知られるようになってきていますが、特産物のブランド化で経済を頑張っているとか、島留学制度で高校の生徒数が増えたとか、数、量の話がメーンです。これを「質」に転換していかなくてはなりません。次世代の価値観のモデルとして海士町がある――。そうなっていくことを自分たちはお手伝いしたいです。