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VOL04: 農業 「農業」復興と、クルド人自治区

イラク復興の鍵を握る産業は、第一に石油です。

現在でも国家収入の9割以上を石油輸出に頼っている上、前回お伝えしたように、イラクの石油産業の潜在能力は今の生産量をはるかに上回るものです。石油産業の再建なしに、イラクの復興はあり得ません。

主力産業が石油だけ、というのは、中東国家では珍しくありません。それでも、国家を立て直すにあたって、イラクとしては、他の産業も同時に振興したいところです。石油以外の有力産業はあるのでしょうか?

あります。それは、農業です。

あの灼熱の砂漠の国で、農業? 

そう疑問に思う方が大半ではないでしょうか。

たしかにイラクの夏は凄まじく暑く、摂氏50度を軽く超えます。今回の取材でも私自身、54度という気温を体験するはめになりました。

そんなイラクで、どんな農業が可能なのか?そしてイラクの農業振興に対して、日本はどんな国際協力を行っているのか?現地からレポートいたします。

世界の農業は、イラクから始まった 肥沃な大地が生んだ農業がメソポタミア文明の発祥を

まずこの写真をご覧ください。ビニールハウスに、緑が繁る広大な畑。イラク北部のスレイマニア郊外の風景です。

この写真を見ると納得いただけるのではないでしょうか。そう、イラクには農業に適した土地がちゃんとあるのです。

歴史を振り返ってみましょう。

実はイラクは、農業に適しているどころか、世界の大規模農業の発祥の地なのです。

連載第一回のイラクの歴史コラムでも触れた通り、イラクの中心を流れるティグリス・ユーフラテス川の流域はとても肥沃な大地で、1万年近く前から農業が営まれていました。

この農業の恵みが、人を呼び寄せ、都市を産み、そして3500年ほど前にメソポタミア文明のかたちに結実したのです。古代において、農業は最初の「産業」であり、都市を産む「基盤」でした。イラクの歴史は、農業の存在と切り離せないのです。

サダム・フセイン政権下でも、全国的に灌漑のためのインフラが整備され、石油に次ぐ産業として、農業は活発でした。雇用・労働の観点から多くの労働機会を提供できるという効果もありました。ところが長年の都市化により、イラクの南部地域は次第に砂漠化が進み、塩害もあったせいで、徐々に農業に適さない土地に変わってしまいました。

イラクの農業の衰退要因として決定的なのは、長年の戦争による農村インフラの荒廃、農村部住民の流出に加え、湾岸戦争後の国際的な経済制裁で「石油と食料の交換計画」が展開された際、安価な農産物が海外から流入し、国内の農業が立ち行かなくなったこと、また、同経済制裁によって、農業関連施設の老朽化が加速したことです。けれども上記の写真の通り、今のイラクは水と土に恵まれており、農業地帯として発展しうる環境にあります。

30年以上に渡る戦争の時代を経て、イラクの農業は衰退し、食料自給率も落ち込みました。特に、イラク戦争の終戦直後は著しく食べ物に不足しました。

それがわずか数年後の今、イラクの食卓で必要な農産物の大半は、国内で生産可能となりました。イラクにおける農業の可能性をかいま見る事実です。

イラクの食料事情について、JICAイラク事務所長(当時)の松島正明さんに伺います。

食料自給率の向上は安全保障上の課題 農場の活性化は社会安定への第一歩