

駆け足で北部のスレイマニア地域をレポートして参りました。
日本に伝わっているイラクのイメージは、おそらく首都バクダッドや石油基地のあるバスラのような南部地域に対してのものでしょう。灼熱の砂漠。石油プラント。武装した軍隊。打ち捨てられた戦車や船……。
しかし、イラク北部はまったく異なる光景が広がっていました。クルド人自治区にはいち早く平和が訪れつつあり、豊かな自然を活かした農業が再興しようとしています。
イラク北部を中心にかつて盛んだった農業が復活し、食料自給率が向上し、近隣諸国への輸出もできるようになれば、イラクの復興は大きく時計の針を進めることになります。イラク北部はヨーロッパとも近いため、北の玄関口となって、将来の国際ビジネスの拠点ともなりえます。
一方、かつて北部地域はクルド人とイラク政府の深刻な対立があった場所です。現政府によりクルド人自治区は正式に認められましたが、長年の民族問題の解決は、国が安定するこれからの課題でもあります。
いち早く治安が回復したクルド人自治区を軸に、農業や商業などが立ち上がれば、それはイラク全体の復興につながります。
さらに、訪れてはじめて実感したのは、クルド人の方々の、日本に対する強い親近感でした。原爆投下で多くの市民が命を失い、そこから立ち上がって欧米と肩を並べる先進国になった日本は、クルド人にとっても大きな指針となっているというのです。
日本国内に留まっていると、長年の経済不振に加え、東日本大震災と津波の被害に東京電力福島第一原発事故で、大きなダメージを受けた日本という国に対して、ある種の絶望感にとらわれてしまうことがあります。
けれども、クルドの人々と接すると、日本はまだまだ捨てたものではない、海外の復興を志す人にとってお手本となり得るのだ、と自信を逆にいただいた感がありました。
こうした期待に応えるべく、日本は引き続き継続的な国際協力をイラク復興のために注ぐべきだ、と実感しました。
