池上彰と歩く日本ができる「イラク復興」

食料自給率の向上は安全保障上の課題 農場の活性化は社会安定への第一歩

  • 現時点で、イラクの食料自給率はどの程度でしょうか?
  • 小麦で49%、大麦で59%、とうもろこしで33%、じゃがいもで76%という報告があります。 肉に関しては、牛と羊で14.5%、鶏肉14%と聞いています
  • そもそもなぜ、イラクは食料自給率を向上させようとしているのでしょう
  • 食料の安全保障の観点からです。 特に小麦やジャガイモなどの増産を優先課題としています

イラク政府は、食料自給率を向上させたいと考えています。農業を再生し、食料自給率を向上させることができれば、松島さんの説明の通り、社会安定の第一歩となります。さらに農業が活性化すれば、農業自体はもちろん、肥料製造や農業関連機器、流通関連など、さまざまな雇用が創出されます。その先には農作物を輸出する道も開けます。

イラクにとって農業はきわめて可能性を秘めた産業なのです。

現在のイラクで農業復興のひとつの舞台となるのは、北部の高原地帯です。すると、避けて通れない課題があります。クルド人問題です。

クルド人問題と農業の関係 イラク国民の2割はクルド人

農業の拠点となるイラク北部はクルディスタン地域、いわゆる「クルド人自治区」です。イラク国民の8割はアラブ人ですが、残り2割のほとんどがクルド人です。

クルド人は、国家を持たない世界最大の民族です。その数は全世界で2000万人とも3000万人とも言われます。かつてオスマン帝国内に居住していたクルド人は、オスマン帝国崩壊後、居住地域がいくつもの国に分割され、トルコやイラン、イラクなど、複数の国で少数民族として暮らすことになりました。

そのクルド人は、第二次世界大戦後、徐々に独立の動きを強めていったのです。こうした動きを警戒したのが、かつてのイラクの独裁者サダム・フセインでした。80年代のイラン・イラク戦争時代から、クルド人独立の動きを阻止しようと、国内のクルド人居住地であるエルビル、ドホーク、スレイマニア各県への迫害を重ね、多くのクルド人を虐殺したと言われています。

80年代から現在に至るまで、イラクは常に海外と緊張関係や戦闘状態にありましたが、同時に国内でもクルド人との緊張関係が続いていたのです。

90年代の湾岸戦争の際には、イラク国内のクルド人がサダム・フセインに反旗を翻しました。戦争後、多国籍軍は、北部のクルド人居住地域の上空を、飛行禁止区域に指定し、フセイン政権による爆撃を免れました。

2003年のイラク戦争後、フセインが失脚すると、クルド人の居住地区は、自治区としてイラク新政府から正式に認められるようになりました。旧政府と敵対関係にあったために、多国籍軍の攻撃を受けずに済んだ北部地域は、バクダッドやバスラのような南部の都市に比べると、インフラがほとんど破壊されていませんでした。このため、今ではイラク復興の第一拠点となろうとしているのです。

外務省の「海外安全ホームページ」を見ると、イラクの大半の地域は真っ赤に染められています。「退避を勧告します。渡航は延期してください」という意味です。ところが、クルド3県はオレンジ色。「渡航の延期をお勧めします」と、イラク南部に比べ、安全である、という印がついています。

このように、クルド人自治区は、過酷な歴史を背負っているものの、現在、イラク復興の重要な拠点となっています。北部を軸としたその復興策のひとつが農業振興、というわけです。

では、クルド人自治区のある北部の様子を実際に見てみましょう。

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