情報セキュリティ戦略セミナー2024 アフターコロナ時代のセキュリティ対策最前線 Review

アフターコロナ時代に突入し、セキュリティー対策の重要性がさらに高まっている。オフィス/自宅を柔軟に組み合わせるハイブリッドワークが普及する中、組織内に広がるシャドーITや無数のデバイスがリスクの要因になっている。また、IPAの「情報セキュリティ10大脅威2024」では「ランサムウエアによる被害」が9年連続首位になるなど、簡単には防げない攻撃手法も台頭。この状況で、企業経営者やCIOはどのようなことを考え、セキュリティー対策を実行するべきなのか。本セミナーでは、識者の提言やユーザー事例、ソリューションベンダーの提案を基に、今描くべき戦略を考える。

基調講演

立命館大学 上原教授
一般社団法人JPCERTコーディネーションセンター 早期警戒グループ マネージャー 脅威アナリスト 大井 哲也氏
事業者にすべては任せられない
クラウドを安全に活用するポイントとは
立命館大学
情報理工学部
教授
上原 哲太郎

責任共有モデルがクラウドの基本
自社の責任領域には適切な対処を

 「クラウドを利用していれば、セキュリティーも大丈夫だろうと考えている企業も多いように見受けられます。しかし実際には、事業者にすべてを任せられるわけではありません。この点には十分注意する必要があります」こう指摘するのは、立命館大学の上原 哲太郎氏だ。

 そもそも、情報システムとして見た場合には、クラウドとオンプレミスに大きな違いがあるわけではない。例えばIaaSであれば、確かにハードウエアを意識する必要はなくなる。しかし、それ以外の部分については、オンプレミスと同様の手当てが必要だ。また、PaaSを自社サービスで使っている場合には、クラウド側の仕様変更などに随時追従しなくてはならない。さらにSaaSについても、利用時の各種設定については自社で行う必要がある。

 「サービスによって責任分界点が違うだけで、基本的にはオンプレミスと同じように考えることが重要です。クラウドだからといって脆弱性が無くなるわけではありませんし、システム停止やデータ喪失が起きないわけでもありません。事業者が責任を負ってくれない領域については、自社で責任を持って対処する必要があります」と上原氏は続ける。

可用性を高めて事業継続性を担保
アカウント管理にも細心の注意を

 ビジネスのデジタル化が進む中、セキュリティーの重点もこれまでとは変化している。上原氏は「情報セキュリティーを構成する要素には『機密性』『完全性』『可用性』の3つがあります。これまでの考え方では、機密性に重きを置くことが多かった。しかし、システムが止まってしまったら、事業活動そのものに甚大な影響が生じます。企業のDXが進むほど、可用性をどう担保するかが重要になってきます」と説く。

 実際に、クラウド上に構築したシステムの障害によって、業務停止に追い込まれた企業もある。「こうした事態に備えて、ICT-BCPの中にクラウド上の重要システムが停止した際の対応を盛り込んでおくべき」と上原氏は強調する。

 また、単なる障害であれば復旧を行えばいいが、それだけでは済まないときもある。例えばデータ喪失が発生した場合はその1つだ。事業者側の作業ミスやシステムの不具合、あるいはランサムウエアなどによるサイバー攻撃によって、クラウド上のデータが喪失してしまった事案も発生している。

 「事業者側でバックアップサービスを提供している場合もありますが、本当に大事なデータはやはり自分で守るべきです。そこでポイントとなるのが、3つのコピーを2種類のメディアに記録し、1つをオフラインに置くという『バックアップの3-2-1ルール』です。クラウド上のデータを自社の設備や別のサービス、あるいは遠隔地保管などを行うことで、万一の事態にも対処できるようになります」(上原氏)

 さらに厄介なのが、クラウドサービス自体が高度な攻撃によって被害を受けた場合だ。もちろんユーザーにも大きな影響が及ぶが、かといって何かできることがあるわけでもない。「それでも事故前提の備えは必要ですので、できるだけ信用の置けるサービスを選ぶようにしたい。ISOやISMAPなどの認証を取得しているかどうかが、その判断基準の1つとなります」と上原氏は話す。

 また、近年利用が広がっているSaaSについては、アカウント管理が重要なカギとなる。サービスによってアカウントの形態は様々だが、特に問題となるのが1つのアカウントを複数ユーザーで共用している場合だ。これだとアカウントの窃取や情報漏洩のリスクが各段に高まってしまう。同様にアクセス権限の設定についても、細心の注意が必要だ。

 「しかもSaaSは簡単に利用できるサービスも多いため、情シス部門の管理下にないサービスが勝手に導入されているケースもあります。これはガバナンス上も大きな問題ですので、早期に検知して適正な利用を促すことが求められます」と上原氏。クラウドの安全な利活用を目指す上では、これらの点を今一度見直すことが必要といえそうだ。

特別講演

JPCERTコーディネーションセンター
一般社団法人JPCERTコーディネーションセンター 政策担当部長 兼 早期警戒グループマネージャー 脅威アナリスト 佐々木 勇人氏
サイバー攻撃の被害にかかわる
情報の共有・公表の進め方とは
一般社団法人JPCERTコーディネーションセンター
政策担当部長 兼 早期警戒グループマネージャー
脅威アナリスト
佐々木 勇人

「情報共有」と「被害公表」を分ける意味

 サイバー攻撃の手法が高度化する中、その全容解明が困難な状況が増えている。一般的に被害組織は被害情報の公表や開示に消極的なため、被害組織同士の情報共有が行われにくく、インシデント対応が適切になされているかどうかも確認できない。一方、専門組織がサイバー攻撃を分析し、対策を練るためには、被害現場から見つかる様々な技術情報が必要不可欠であり、被害組織は同時に協力組織の関係にもある。

 「被害組織の中にはレピュテーションリスクを回避するため、被害公表や報告・届出にリソースが割かれ、インシデント対応がままならない事案も散見されます。被害公表自体がリスクとならないよう、被害組織を保護しながら、どのように情報の共有と公表を進めるべきかについては、社会全体でサイバー攻撃に対処していく上でも重要な課題です」とJPCERTコーディネーションセンター(JPCERT/CC)の佐々木 勇人氏は指摘する。

 そこで2022年5月から警察庁、総務省、経済産業省、NISC、JPCERT/CCが事務局となって検討を開始し、パブリックコメントの実施後に発表されたのが「サイバー攻撃被害に係る情報の共有・公表ガイダンス」(2023年3月)である。

 同ガイダンスは被害組織のセキュリティー担当部門や法務・リスク管理部門を主な読者と位置付け、被害組織を保護しながら、いかに速やかな情報共有や、目的に沿った被害公表をスムースに行えるかをFAQ形式でまとめたものだ。

 このガイダンスでは、ほかの標的組織や被害組織に対して早期に攻撃技術情報(脆弱性、TTP、マルウエアなど)を提供(交換)する「情報共有」と、ステークホルダーなど影響を受ける関係者に具体的な被害内容や対応を伝える「被害公表」を分けることで、タイミングを逸せず早期の対処につなげることをコンセプトとしている。

 「原因となった製品名や脆弱性について被害組織が“セキュリティー保安上、答えられない”と回答すると、疑問の声が上がったり被害組織のインシデント対応やスピード感に厳しい評価が下されたりするケースが散見されます。昔はそうした回答が使えたかもしれませんが、近年はShodan、Censysといったツールで誰でも脆弱性のある製品名やバージョンが分かるようになってきたことで、そういった対応は通用しなくなったと理解すべきです」と佐々木氏は指摘する。

「情報の非対称性」をいかに埋めていくか

 ガイダンスでは公表の目的として、「二次被害防止など攻撃についての注意喚起」「サービスの停止や報道などで被害が既知となった際の対外的説明」「広報・リーガルリスク対応」などを挙げているが、真に目指すことは「情報の非対称性」をいかに埋めていくかにあるという。

 例えば、被害組織とほかの被害組織の間で情報が流通しないと被害拡大を防げない、攻撃の全容解明ができないというのは「情報共有」という観点での非対称性となるが、「被害公表」においても被害組織と取引先、ユーザー、メディアとの間で情報の非対称性が存在し、実態に合っていない厳しい評価やレピュテーションダメージを発生させてしまう。

 「つまり、それぞれのプレイヤーが必要とする、伝えるべき情報がいかに効率的に伝えられるかが重要なのです。そのためガイダンスなどに基づいて、ルールや規範が広がることで情報の非対称性が解消していけば、お互いに無駄な衝突や機会損失をしない関係性が生まれるのではないかと考えています」と佐々木氏は説明する。

 2023年5月からは、被害組織から委託を受けた専門組織同士の情報共有活動の促進を目指すため、被害組織の「対応コスト」を減らしながら、ファーストレスポンダー(初動対応に当たるベンダーなどの組織)の知見向上を図り、被害組織が被害公表などの対外応答に集中できるような、情報の共有・公表ガイダンスのフェーズ2の検討が始まり、2024年3月には、「攻撃情報の取扱い・活用手引き」が経済産業省から公開された。

 今後もJPCERT/CCは、長年にわたりサイバー被害現場の情報を扱ってきた経験や、国内外の多くの組織・専門家との信頼関係を生かしながら、日本の情報セキュリティー対策活動の向上を目指していく考えだ。

特別講演

ウエディングパーク
株式会社ウエディングパーク コーポレートIT室 室長 西 朗氏
わずか1カ月でパスキー認証を全社導入
成功例に学ぶ、MFAとSSOを両立する方法
株式会社ウエディングパーク
コーポレートIT室 室長
西 朗

パスキー認証ベースのSSOに全面切り替え

 サイバーエージェントグループの一員として、結婚情報提供サービスを展開するウエディングパーク。2004年に日本で初めて結婚式場のクチコミサイトをリリースし、現在も結婚準備クチコミ情報サイト「ウエディングパーク」などを運営する。

 同社にとってセキュリティーの優先度は非常に高い。コロナ禍で利用が拡大したテレワークのセキュリティー確保と社内ネットワークの廃止を見据え、かねてゼロトラスト化の検討・対応を進めてきた。

 「そんな中、2021年2月にSalesforceにおけるMFA(多要素認証)対応の義務化が発表されました。社内の影響範囲を調べたところ、既にSalesforceを利用していた営業部門のほか、勤怠管理の領域でも利用予定であることが分かり、都合、全社員のMFA対応が必須になることが判明したのです」とウエディングパークの西 朗氏は振り返る。

 それまで同社は、業務で使うアプリケーションに対し、インターナショナルシステムリサーチの「CloudGate UNO」でID・パスワードベースのシングルサインオン(SSO)を実現していた。MFA対応のためにSalesforceだけをこの仕組みから切り出すことは、ユーザーの利便性の観点から極力避けたい。

 そこで選択したのが、利用中の全アプリケーションのSSO方式を「パスキー認証」に切り替える方法である。パスキー認証とは、パスワードの代わりに生体情報やPINを用いるパスワードレスのMFAの仕組みのこと。「CloudGate UNOが対応可能だったこと、およびSalesforceもMFAの要件として認めていたことから、この方法がベストだと考えました」と西氏は言う。

 移行を成功させるため、準備は綿密に行った。まず検討段階では、社内のPCがどの程度FIDO2※に対応できるかを確認。認証器は外付けの指紋認証器を考えていたが、営業メンバーは出張が多く、紛失や破損の恐れがある。そこでWindows機はノートPC内蔵カメラを利用したWindows Helloによる認証、MacはTouchIDによる認証、社用スマホは生体認証用スマホアプリのPocket CloudGateを利用することにした。「結果的に外付けカメラの購入、ノートPCの入れ替えを削減でき、コスト最適化を図ることができました」と西氏は話す。
※ FIDO Allianceが定めるパスワードレス認証の標準技術仕様

3人の支援体制でスムーズな移行を実現

 その後、社員向けの説明会を開催し、手順書も配布した。説明会はまずエンジニアのいる開発部門で行い、その後、バックオフィス系部門、営業部門の順に段階的に実施したという。「開発部門でベータテストを兼ねることで、早い段階で重要なフィードバックを得ることができました」(西氏)。得た知見は随時、説明資料や手順書に反映していった。分かりやすい資料を提供することで、生体認証の導入に関わる混乱や不安を抑えることができたという。

 切り替え作業は各部門の現場で実施してもらった。具体的にはSSOのセキュリティーポリシーを、パスワードレス認証方式へプロファイル変更したあと、各端末で端末証明書とFIDO2認証によるログインを実行する。

 推進チームは、CloudGate UNOの管理コンソールで切り替え作業の進捗をチェックしながら社員のフォローを行った。例えばログインエラーが起こっている社員や未実施の社員には、推進チームが個別に声掛けした。ときには推進チームのメンバーが作業を代行することで、スムーズな切り替えを後押ししたという。

 こうして同社は、パスキー認証の全社導入を1カ月という短期間で完了させた。推進チームはわずか3人という小規模体制だったが、適切な準備と段取り、タイムリーなサポートが奏功した結果といえるだろう。

 「とはいえ、実際に移行してみないと分からないことは多くあります。例えば、肌荒れなどでどうしても指紋認証が行えない社員には、代替手段を用意しておく。このような、想定外の相談への対応工数も見積もっておくことが大事です」と西氏はアドバイスする。

 MFAやSSOの導入を検討する企業は多いだろう。ウエディングパークが実践したスキームは、それらの企業にとって有益な情報となるはずだ。