生成AIの急速な普及と進化により、企業におけるデータ活用は「効率化」から「ビジネス変革」の段階へと突入している。生成AIが自律的に動き、意思決定を高度に支援する未来が現実味を帯びるなかで、企業にはこれまで以上に堅牢なデータ基盤と、AIを使いこなすための組織的なリテラシーが求められている――。2026年3月27日(金)に開催された「データサイエンティスト・ジャパン 2026」は、「AI-ReadyデータでAIを価値創造のパートナーに」をメインテーマに、進化し続けるデータサイエンスの最前線を俯瞰できるオンラインセミナーとなった。

AI時代のスキルチェックリストに更新
データ分析止まりを超え、企業への価値創造が柱に

佐伯 諭氏

データサイエンティスト協会

スキル定義委員会副委員長、事務局長

佐伯 諭

2013年に設立されたデータサイエンティスト協会は、職種の定義付けや技能認定などを通じてデータサイエンティストの地位向上を目指している。2025年12月には「データサイエンティスト スキルチェックリスト」の最新版Ver.6を公開した。

データサイエンティストの役割は「分析」から「価値創造」へ拡大すると佐伯氏は指摘する。「価値創造とは、AIとデータ利活用の進化を見据え、戦略立案者、ガバナンスリーダーとして変革を推進する力であり、その役割を担ってほしいという願いを込めて盛り込みました」(同氏)

協会がデータサイエンティストの定義を見直した背景には、生成AIの進歩や普及によってデータ分析業務の自動化、コモディティー化が進んだことがある。「業務内容が実証実験(PoC)止まりという指摘を解決するためにも、新たな役割として、企業の価値創造や組織変革まできっちり行うべきという結論に達しました」(佐伯氏)。そこまで業務対象の拡張を想定することで、企業の業務効率化を支援するAIエージェントの開発などにも対応できる。佐伯氏は、「実際、データ分析はうまくいったものの現場への実装で問題が発生、経営改善に至らなかった事例を数多く目にしており、企業の価値創造に真摯に注力するためのスキルにしたいという思いから今回の改訂を進めました」と述べる。

具体的に今回の刷新では、これまでの「ビジネス」「データサイエンス」「データエンジニアリング」の3軸からAI利活用を推進する「融合」やデータサイエンティストが身に付けるべき「基盤」を加え、5軸とした。そして「ビジネス」を廃し、「価値創造」と定義し直した。具体的には、構想をストーリー化して関係者を動かす「価値ストーリー設計」や、従来の枠組みを超えた問いを立てる「新視点の提示」、さらには変革を組織文化に定着させる「変革定着」といったカテゴリーが新設されている。

これらは、単に計算が速い、コードが書けるといった技術力だけでは到達できない領域だ。「AIエージェントが自律的に動く時代だからこそ、人間による戦略設計やガバナンス、そして現場への『介入』と『定着』こそが、プロジェクトの成否を分ける核になります」と佐伯氏は強調する。

同協会は、こうした新スキルの提示を通じて、データサイエンティストが企業の未来を創る「変革のリーダー」へと進化することを期待している。「データを使って何を成し遂げたいのか。その原点に立ち返り、社会に実質的な価値を還元できる人材を一人でも多く増やしていきたい」(佐伯氏)。協会のホームページでは、今回刷新したスキルチェックリストとともに、データサイエンティストとしての「タスクリスト」も公開している。今後のスキル向上の参考にしてみてはどうだろうか。

青学大、統計学で磨くAI時代の現場解決力

荒木 万寿夫氏

青山学院大学

学長補佐(データサイエンス担当)

荒木 万寿夫

「学部等連係課程」と呼ばれる学環は、複数の学部が連係・協力して構成する学位プログラムである。青山学院大学の統計データサイエンス学環(2027年4月設置届出中)では、既存5学部(法学部、経済学部、経営学部、教育人間科学部、理工学部)が連携する体制とした。「技術の進歩が目まぐるしく続くなかで、教育内容の更新にも機動性が求められると考え、変化に対応しながら多様な専門性を提供できる学環という形態が適していると考えました」と青山学院大学学長補佐の荒木氏は語る。

例えば、生成AIと著作権は法学の専門家、データ駆動型経営は経営学の専門家、AI活用教育は教育学の専門家がそれぞれ担当する。「理系の教員が周辺知識として授業で触れるのと比べ、それらを専門とする研究者が行う授業はリアリティーや解像度が異なり、学びの質を大きく向上させます」(荒木氏)。

同大学は、AIと人の役割分担に着目し、新学環の主軸に統計学を据えた。生成AIは現在、広範囲で人間の業務を支援している。それでもなお、「問いの設定」や「調査設計と実査」「データの品質評価」「不確実性下の判断」「説明責任」といった創造的な領域は人間が担うべきである。そして、この領域の人材を育成する際に必要となるのが、統計学の中核的役割である。「データ収集と品質評価」、「現象構造の理解」(因果・相関・偶然の識別)、「説明責任と意思決定支援」といった統計学の中核機能が重要であると考え、教育研究の軸に統計学があることを示すため、新学環の名称の先頭に「統計」を加えたという。

新学環では4年間を通じて「体系性」、「学際性」、「実践性」、「国際性」の4点を柱とした教育を行う。体系性を意識したカリキュラムとしては、教養課程で数学、統計学、AI概論などを基盤にデータの扱い方やモデリング、推定・検定、不確実性評価を習得。続く専門課程において、統計学では確率論、数理統計学などの数理と応用を学び、データサイエンスにおいて機械学習、AI倫理などの実践的な技術へ展開。「卒業後もデータサイエンスの新しい知見や技術を自力で更新できる基礎学力を養ってもらいたい」と荒木氏は考える。

さらに、新学環での教育を通じて、人や組織が抱える実課題に対してデータ分析から施策立案や意思決定、合意形成まで担える「サーバント・リーダー」を育成する考えだ。「大学が人材を育て、社会が実践の場を開き、その往復の中で教育と実務の双方が磨かれていくような循環を形にしていきたい」(荒木氏)。

膨大なデータを扱うBtoB顧客の
専門知識に応えるAI-readyなデータ整備とは

寺田 智彦氏

ミスミグループ本社

デジタルサービスモデル開発・ハブ
執行役員

寺田 智彦

ミスミグループ本社は1963年に創業した、ものづくり産業に必要なFA部品から消耗品などを製造・販売するメーカー兼商社で、2025年度は4413億円の売り上げを計上した。3000万点を超える商品ラインアップを、ECサイトを通じて世界の顧客に販売している。同社は、技術的な質問や在庫状況、注文方法などを含む複雑な問い合わせに自動対応でき、膨大な商品群から顧客が購入したいものを的確に検索できる仕組みを約3年かけて構築した。

同社のECサイトは商品の点数だけでなく、商品カテゴリーや材質・サイズなどのパラメーターも多い。しかも商品データは日々更新される。また、少数の商品に検索が集中し、他の大部分の商品は検索回数が少ない極端なロングテール構造だという。このため、「対策の王道である辞書の整備だけでは、検索頻度が低い全体の70%強のキーワードにはうまく対応できていませんでした」とミスミの中田晃一氏は語る。

中田 晃一氏

ミスミグループ本社

デジタルサービスモデル開発・ハブ
AI検索開発室ジェネラルマネージャー代行

中田 晃一

そこで同社は、表現の揺らぎに対して意味の類似で対応できるベクトル検索を開発した。しかし、特定の1商品に絞り込むにはベクトル検索だけでは不十分だったため、構造化データを併用し、意味と構造の両方を用いるハイブリッド学習ループを実現した。この結果、顧客が商品ページまでたどり着けるケースが20%増加し、再検索数は10%減ったという。「初回訪問ユーザーは商品ページにたどり着ける件数が2倍になり、サイト再訪も2倍以上になりました」(中田氏)。

同社の顧客対応窓口は、技術サポートと、在庫や注文、発送の問い合わせを受けるカスタマーサポートに大別される。このうち技術サポートでは、製品のライフサイクルが短く、関連情報の検索に膨大な時間がかかるため、新人の育成コストが大きく、ベテラン依存から抜けにくいという懸案があった。

そこでミスミは、複雑な問い合わせの内容を正しく理解し、質問内容に応じて適切なシステムから最新情報を入手、人と同等レベルの回答を出力できるAIエージェントを自社開発した。AIエージェントは、質問分析AI、情報取得・分析AI、回答生成AIの3つで構成され、高精度かつ迅速な自動回答を実現。「休日・夜間も含めて24時間体制で顧客からの問い合わせを解決できるようになりました」(寺田氏)。