博報堂のマーケティングシステムコンサルティング局では、企業のAI導入によるビジネスグロースを支援している。多くの企業は、購買データなどの行動データ(What)は蓄積しているものの、その背景にあるライフスタイルや価値観を解き明かす「Whyデータ」が欠如していることが多く、それがAI活用の成果を阻む壁となっている。
本稿では、顧客データの再定義や、生活者データ × AIによる推論を用い、単なる「消費者」を多面的な「生活者」として捉え直す手法を解説。真のビジネス成果に直結する「AI-Ready」な状態へと進化するための4つの実装ステップを明示する。
購買や行動の事実データ(What)だけでは不十分
背景を含む「Whyデータ」が必要
株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 部長
土井 京佑 氏
マーケティングへの活用を目的として、顧客データなどをAIで分析し、営業活動に有効な知見を得たいと考える企業が増えている。「こうしたAIデータ分析の成果を決めるのは、AIの性能ではなく、基礎となるデータの質です」と博報堂の土井氏は話を切り出した。
その際に問題となるのは、データの量ではなく、データの種類が揃っているかどうかだと言う。
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土井氏は、AIの成果を決める「データの前提」として、①顧客データの定義、②顧客IDや集計期間の一貫性、③データの鮮度、④データの出所と責任―を挙げた。これらの観点からデータを整備すると、足りていないデータに気づく企業が多いという。「いつ、誰が、何を買ったかという購買データを把握できていても、どうして買われたのかが分かるデータが欠けているケースが多いのです」(同氏)。
顧客データに含まれる「What」の項目は、購入履歴やWebサイト・店舗へのアクセスログ、会員属性などだ。一方、購入の背景が分かる「Why」データとは、ユーザーの選択理由やライフスタイル、価値観、こだわりなどを示すものだ。「例えば、毎日同じ商品を買う人が、その商品が好きだから買うのか、それしか売り場にないから買うのかなど、『動機の文脈』(理由や背景)を知るために必要なデータです。Whyを把握できれば、施策の幅が広がり、質も向上していきます」(土井氏)。
このように、「What」を示すデータに「Why」を示すライフスタイルや価値観を補完することで、AIが熟練のマーケッターのような解像度で推論し、顧客を理解できるデータ基盤を構築できるようになると土井氏は指摘する。
顧客データに外部データも併用
「消費者」を「生活者」として理解
この「Why」データを入手するためのアプローチは3つある。1つ目は自社で作ることだ。「Webサイトなどに設置したチャットボットの会話履歴や、アンケート回答、コールセンターの通話ログなどは、顧客の価値観やライフスタイルを探る良い材料になります」(土井氏)。
2つ目は、外部の調査パネルなどを活用すること。博報堂は毎年実施する大規模な生活者調査の結果を生活者データ基盤として、生活者の価値観、ライフスタイル、ブランドとの絆など、購買行動の動機分析に有効なデータベースを保有する。併せてWebサイト上の行動データ、ブラウザーのクッキー情報も保有し、これらを統合したAI活用向けのデータ基盤として提供している。
3つ目はAIを使って推論する手法だ。行動パターンが一致する集団には類似性があると仮定して推論する。
これら3つのWhyデータを入手するアプローチをどう組み合わせるかが重要になる。
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その具体的な手法について土井氏は、「大量の消費者データを持つ企業は多いですが、顧客を属性で見るのではなく、生活者として捉えることが大切です」と力説する。顧客は自社商品だけでなく、競合商品も購入していることが多い。そのため、購買における関心の傾向や生活リズム、動線、メディアとの接点など、生活者としての背景を分析するスタンスを持つことが大切だ。
AI推論で
「Why」に最適なデータを接続
外部のWhyデータを自社データにつなぐ方法は2つある。1つは、クッキー情報やメールアドレスなど何かしらのキーをもとに紐づける従来からの方法だ。もう1つは、AIによる統計的推論を用い、行動パターンや属性の類似性から、価値観や嗜好の近さを確率的に推定する手法である。「博報堂でも一部の調査データにおける推論に、こうしたAI推論の考え方を活用しています」(土井氏)。
大切なのは、自社の事業に合った「Why」を定義し、最適なデータソースの接続を設計すること。その成否によりデータ活用施策の価値が変わってくるという。例えば、「あるECサイトで美容商品を月2回購入する30代女性」といった解像度が不十分な顧客データを基に、対象者全員に同じクーポンを何度も送ると、サイトから離脱されるリスクが増える。一方で、「品質重視」「体験消費型でサステナブル指向」といったWhyを備える顧客データがあれば、サステナブル指向の新商品発売の先行告知をSNSなどで送れば、ポジティブな行動が期待できる。適切なWhyデータを用いることで、ECサイトからの離脱予兆を捉えられるほか、新規獲得に向けたターゲティング広告の反応率向上、対面商談の受注率向上、サブスクリプションの解約防止などに活用できる。
データ整備はスモールスタートで
AIと人間の役割分担と連携サイクルが鍵
Whyデータの紐づけなど、AI活用を実務で機能させるには、以下の4ステップを循環させることが大切だ。①データの土壌を整える「データマネジメント」、②データに意味を加える「Whyデータの整備」、③AIが判断できる構造を作る「協働プロセス」、④小さく回して学習する「アジャイル運用」―。
成功のポイントは、データマネジメントでは最初から完璧を目指さず、継続的にデータを整えていくことだ。「まずデータカタログを整備して、データ品質を可視化するKPIを定点観測していくことが重要です」(土井氏)。Whyデータの整備では、まず特定の期間でスポット的に効果を検証し、成果が確認できてから継続的な取り組みへ移行するのが現実的だ。
AIと人間の協働については、まず役割分担を明確にすることが必要になる。AIはパターン認識やスコアリングの精度が高く、人は創造的な発想や顧客への共感が得意で、最終的な意思決定も人の領域だ。「AIによる判断を人が評価して、その判断をまたAIに戻すといった、ハイブリッドな体制にすれば精度が上がります」(土井氏)。AIは日進月歩で進化するので、PDCAサイクルを短期間で回すアジャイル運用も不可欠だという。
以上、AIを活用した生活者データ分析の考え方とその実践アプローチについてお伝えした。「まずは、社内にあるWhyデータの棚卸しに着手し、特定テーマで効果検証を行うことが重要です。その成果を数値化し、意思決定につながる言葉で共有していくことが、AI活用を実務に定着させる第一歩になります。」(土井氏)。
株式会社 博報堂
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