AI投資の対象はインフラから人材、教育まで広がり、その投資対効果を適正に評価することは容易ではない。今、求められているのは単なるコスト把握ではなく、ビジネス価値を最大化するための戦略的な経営管理だ。そこで注目されるのが、IT投資価値を可視化するフレームワーク「Technology Business Management(TBM)」である。日本IBMの京野英司氏は、TBMに基づくITファイナンス管理プラットフォーム「IBM Apptio」の重要性を説き、自社での導入による実践知を明かした。
TBMによりデータに基づく戦略的なIT経営管理を確立
日本アイ・ビー・エム株式会社
Apptio事業部
プロダクトマネージャー / カスタマーサクセスマネージャー
京野 英司 氏
京野氏はまず、自身のマンション購入で「家計簿の精査やライフプランの検討、パートナーとの対話を通じて予算の最適化」に取り組んだ身近な経験を紹介した。このプロセスは企業におけるIT投資の管理にもそのまま当てはまる。場当たり的な支出管理ではなく、将来の成長を見据えた投資の最適化こそが肝要であり、それを実現するフレームワークがTBMである。TBMでは、対象領域のTCO構成を明らかにする「コスト」、実際のITの利用状況を把握する「消費」、ビジネスへの貢献度を測る「価値」の3つの要素でIT投資を評価する。コストと成長投資の最適なバランスを図り、データに基づく健全なIT経営基盤を確立するための実践的な指針としてTBMの重要性は高まっていると語った。
生成AIの急速な普及により、世界のAI投資は日本の国家予算に匹敵する規模まで拡大している。ただし、その多くは既存のIT予算で賄われており、投資の成果に対して厳しい目が向けられる。京野氏は、AI投資の把握が困難な要因として「構造的な複雑さ」を指摘する。インフラ、人材、ツール、API利用料、さらには教育といった多くの要素が絡み合うため、正確なTCOの把握が難しく、結果として効果測定も困難にしている。
現在、多くの企業において、CIOはデータに基づくIT投資判断と成果の観点、IT財務担当はITコストにおける可視性と説明責任の観点、利用者側のビジネス部門やAIリーダーは利用するIT・AIサービスの自社事業貢献度や正当な評価の観点など、各々が必要とする情報は異なっている。このように、全体像を統合的に把握する「統一されたビュー」が欠如していると、戦略的な整合性を確保できず、隠れたコストの増大や分断された成果につながるリスクがあるのだ。
こうした課題に対し、IBMはTBMのフレームワークに基づく3つの専用ソリューションによる体系的なアプローチを提唱している。
① IBM Targetprocess(計画段階): AIイニシアチブの計画と優先順位付けを支援。業務、リソース、予算を戦略的なビジネス目標と整合させ、インテリジェントな計画策定を実現する。
② IBM Cloudability(運用段階): エンジニアリングやFinOpsチームにクラウド財務視点からタグやアカウント、またビジネス文脈を捉えた可視化軸を提供。クラウドコストをリアルタイムで可視化し、AIワークロードの予期せぬ支出を効率的に管理する。
③ IBM Apptio(価値のための最適化):クラウド、ベンダー、インフラ、人件費などのTCOを算出。中長期的なROIを測定し、よりスマートなIT投資戦略と意思決定を支援する。
これらを組み合わせることで、CIOアジェンダにそったプロジェクトの優先順位付けからROIの検証、さらには投資の予実管理と最適化のための示唆にいたるまでAI投資のライフサイクル全体を一貫して追跡・最適化することが可能になる。
TCOを可視化しインサイトを提供する「IBM Apptio」
なかでも、AI投資を含むIT投資全体のコントロールにおいて中核を成すのが「IBM Apptio」である。
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IT投資全体を可視化し示唆を提供するIBM Apptioへ、IBM自身のTBM・AI投資に対する経験や知識を取り込んだものがAI TCO & Usageである。AI TCO & UsageではSaaSとして提供されるAIサービスコストの可視化のみではなく、例えば、エンタープライズ環境ではよくあるRAGの活用やカスタマイズAIアプリの開発、モデルのチューニングなどに伴う、クラウドコストや人件費、AIアプリケーションにわたる支出を網羅的に可視化することができる。また、入力・出力のトークン消費量といった詳細な利用状況を追跡することで、単にコストの可視化を行うだけではなく、各AIアプリやモデルとトークン消費量の関係性などAI独自の指標やコストドライバーに基づく示唆や投資判断を行うことも可能だ。
さらに、AI活用によるビジネス価値をIT部門のみの情報とするのではなく、各事業部門のリーダーと共有することで意識改革を促し、コストと効果のバランスが取れた「責任あるAI」の実装と持続可能な投資判断に貢献する。エグゼクティブ向けには全体像を、ソリューションリーダーには詳細な分析データを提供することで、各ステークホルダーが共通のデータに基づいて対話できる透明性の高い環境を構築できることが最大の特徴だ。
ビジネス変革のための意思決定を推進する
IBMのCIOオフィスにおける取り組み
IBMでは、自らがApptioのユーザーとしてIT投資の可視化とビジネス変革のための意思決定を実践する「クライアント ゼロ」の取り組みをApptio買収前の2021年から続けている。
エージェント型AIの本番運用に向けたプロセスにおいては、IBM Cloudabilityでクラウドの利用コストを可視化し、AIプロジェクトのポートフォリオや人的リソースの活用をするべくIBM Targetprocessへ自動的にイニシアチブを登録してプロジェクトを管理する。IBM ApptioでITファイナンス管理を実践し、AIのTCOや価値の追跡を行う。
また、CIOは自身のチームが健全に機能しているかどうか、ダッシュボードで確認、判断を行う。例えば、1つのソフトウェアリクエストプロセスあたりの単位コストが-53%であれば従来よりもプロセスのコスト最適化が進んでいると見ることができる。ソフトウェアリクエストに対するプロセス処理に要した時間が-70%であれば、コスト最適化の一方で従来よりも短い時間でプロセスを完了しており、ITサービス提供のリードタイムが短縮されていることもわかる。ソフトウェアリクエストプロセスの処理が+5%であれば、より多くのプロセスに対応できたという証となる。社内でのAI活用によるプロセス改善の成果を定量的に把握し、より良いビジネス意思決定へと活かしている。
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京野氏は、AI施策への投資を今こそ改めて振り返り、これまでどれだけの投資を行ってきたのか、それはリーズナブルなものなのか、そしてそれがどのような成果につながっているのかを関係者が把握し、今後の判断へ活かしていくことが重要だと強調する。
「財務部門、IT部門、事業部門のそれぞれが分かる言葉でコスト構造を表現するのがTBMで、それを実際のビジネスの中でどう実装するかを示したのがIBM Apptioです。関係者が共通の言語でコストと価値を語れるようになるという透明性こそが、AIエージェント時代に企業が真の競争力を手にするための鍵となります」(京野氏)。
AI活用がPoCの域を超え、本格的な運用や投資対効果への説明責任が求められるフェーズへと移行するなか、投資のトレードオフを見極め、テクノロジーの価値を最大化する。IBMが自ら証明した「データドリブンなIT経営」の姿は、これからAI本格導入期を迎える日本企業にとっても、持続可能な成長を実現するための確かな羅針盤となるだろう。
日本アイ・ビー・エム株式会社
Apptio事業部
