日産とルノーの報道でも注目された知財の扱い。
知財戦略は今や経営の“一丁目一番地”といえる。
コーポレートガバナンス・コードの改訂を受けて、適切な開示も求められる時代だ。
これは見方を変えればチャンスでもある。
知財経営の強化が企業規模を問わず利益をもたらす環境がいよいよ整った。
その戦術は無限大だ。さて、御社の選択はいかに――。

守るべきは「製品」ではなく「ビジネス」
特許は強力な独占排他権
経営に生かさない手はない

金沢工業大学(KIT)虎ノ門大学院イノベーションマネジメント研究科の加藤浩一郎教授は、日本IBMの知的財産部門における幅広い実務経験をベースに、戦略的な知財マネジメントに関する研究を行う。企業価値向上をもたらす、これからの知財経営戦略の在り方とは。

金沢工業大学(KIT)虎ノ門大学院
イノベーションマネジメント研究科
専攻主任教授 博士(工学)
弁理士
加藤浩一郎

日本IBMの知的財産部門を経て現職。科学研究費「戦略的知的財産マネジメント人材(CIPO)の育成に関する調査研究」研究代表者、経済産業省「第四次産業革命に向けた横断的制度研究会」委員、特許庁「グローバル知財マネジメント人材育成推進事業」などの有識者委員会委員長および委員(多数)を歴任。平成28年度特許庁知財功労賞受賞。

日本は世界有数の特許大国だ。出願人居住国別のPCT国際出願件数の推移では、中国、米国に次ぐ第3位に位置する(図表1)。

(備考)各年の出願件数は国際出願日によるものであり、居住国は筆頭出願人の居住国である。
(資料)WIPO Intellectual Property Statisticsを基に特許庁作成
出所:特許行政年次報告書2022年版

●図表1 出願人居住国別のPCT国際出願件数の推移(2017~21年)

一方、企業価値に占める無形資産の割合は米国と比べて格段に低い。内閣府知的財産戦略推進事務局の資料によれば、S&P500の90%に比べ、NIKKEI225では32%にとどまっている(2021年7月時点)。

これらのことから、「日本企業は特許出願に積極的であるが、それを企業価値向上に結び付けることができていない」という課題が浮かび上がる。なぜなのか。日本IBMの知的財産部門を経て、現在は金沢工業大学虎ノ門大学院イノベーションマネジメント研究科で教壇に立つ加藤浩一郎教授は、「目的意識のずれ」を理由に挙げる。

「特許を取得することで、多くの企業は『製品』を守ろうとします。しかし、真に守らなければならないのは『ビジネス』です。単に特許を取るだけでなく、それをいかに活用し、ビジネスの発展につなげていくか。その意識が不足しているように思われます」

知財部門の変革は
トップダウンで進める

2021年に公表されたコーポレートガバナンス・コードの改訂版において、初めて知財に関する項目が盛り込まれた。そうした時流を追い風に、IPランドスケープをはじめとして知財部門が経営に深く関与しようとする動きも見られ始めているという。一方で、「それは知財部門の仕事ではない」といった社内の反発が起こりがちだ。また、そもそも知財担当者が知財と経営戦略をひも付ける知見を持っていないという課題もある。

「必要なのは、知財に対する社内の意識を変えること、そして知財部門の体制を強化すること。それができるのは経営のトップだけです」と加藤氏は強調する。経営者が知財の重要性を理解しなければ、知財担当者は動きたくても動けない。知財部門の変革はトップダウンで進めなければならないのだ。

まず意識を変えるべきは経営者。加藤氏は、今までそのきっかけになってきたのは「いい思いをするか、痛い目に遭うかのどちらか」であったと説く。

「前者は、ライセンス料による売り上げ増が分かりやすい例です。後者は、他社から特許侵害の指摘を受けて対応を迫られる例などが挙げられます。あるIT企業の経営者はそれまで知財に無関心でしたが、他社からの厳しい権利行使を機に一気に目覚め、強力な知財部門を立ち上げたという実例もあります。とはいえ、良くも悪くも実体験を待ってから動き出すのでは遅すぎます。身近な企業の事例などから主体的に自社のことと置き換えて取り組む姿勢を持つことが重要でしょう」

特許庁では、知財を活用した企業経営の実践に向けて、先進的な企業の取り組みをまとめた事例集を発行している(図表 2)。加藤氏はこれらの事例集の作成に助言を行う有識者委員会の委員長を務めてきた。数多くの事例を読み進めるにあたり、どのような点に注目すればよいのか。

●図表2 特許庁が発行する知的財産活用事例集

特許庁のウェブサイトから、無料でダウンロードできる

「業界が違うと自社には関係ないと思いがちですが、知財戦略の考え方は同じです。例えばオープン&クローズ戦略なら、ダイキン工業の例が参考になります。インバーター技術をブラックボックス化しつつ、低コストの製造能力を有する中国企業と戦略的に協業し、大成功させました。また、知財ミックス戦略では、ユニ・チャームが特許、意匠、商標のミックスによりローカルメーカーに対して抑止力を働かせています。自社の戦略を検討する際のモデルケースとして、この事例集をぜひ活用してほしいと思います」

知財担当者には
ビジネスの視野が必要

株価水準が割安か割高かを測るPBR(株価純資産倍率)は、ダイキン工業が約3.6倍、ユニ・チャームが約4.8倍となっている。その他、事例集に掲載される企業の多くは株式市場でも高く評価されている。知財活動を企業価値向上に結び付けている企業の共通点として、「経営の分かる知財専門人材」と「知財の分かる経営者」の存在があるという。

「知財担当者には深い法律知識が求められます。それゆえ、専門性を磨くことに意識が向きすぎ、ビジネスの視野が欠けてしまうことが少なくありません。例えば、完成品を売るメーカーの場合、その完成品の特許は当然取るものの、交換部品については権利化がおろそかになり、ビジネスのおいしい部分を他社に取られてしまうといったケースが見受けられます。事業構造を理解し、想像力を働かせ、どのような特許を取ればビジネスの発展につながるかを追求する。知財担当者がそうした資質を持つことで、知財と経営戦略の融合が加速します」

経営者に向けては、加藤氏は「まず知財に興味を持ってほしい」とメッセージを送る。「特許をはじめとする知財は非常に強力な独占排他権です。自社で独占するだけでなく、適切に行使することで他社の事業を止めることができる。そんな権利は他になく、経営の武器として生かさない手はありません」。もはや経営者は知財に無関心ではいられない時代だ。守りから攻めへ。闘う知財への進化が求められている。

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