

日本企業のDXがここ数年で着実に進んでいる。日立製作所の市川 和幸氏は、DXを「データとテクノロジーを使ってビジネスを改善・変革すること」と定義した上で、初期段階の「可視化」や「テクノロジーの実証」というレベルから、多様なデータを業務で本格的に活用する段階に入ったと説明する。
「最近ではデータを長期に保有し、将来に役立てるという意識が当たり前になっています。また、お客様の満足度を上げたい、新しいサービスを立ち上げたい、コストを下げたいといった具体的な業務イメージを持った取り組みが増えています」
それに伴い、企業は新たな課題に直面するようになった。「できること、やりたいことが増えた分、増えたデータにどう対応するか、どうすればデータの民主化を進められるか、AIをどう活用すればよいかといった、『データの使いこなし』が新しい悩みになってきたのです」と市川氏は言う。
データの使いこなしとは、ビジネス理解に基づくデータ解釈のあり方を示している。例えば、「気温が25度です」というデータに対し、ビジネスがあまり分かっていない人は「昨日より暑いですね」といった反応しかしない。一方、ビジネスを理解している人なら「アイスクリームが売れるしきい値ですね」と答えるだろう。同じデータでも後者の方が、ビジネス価値が高いわけだ※。
「データの民主化という言葉をよく聞きますが、それは“誰でも見られる”ことに意味があるのではなく、ビジネスが分かる人が数字を見ることで、初めてデータが価値に変わると考えた方がいいでしょう。つまり、データをビジネス価値に変えるためには、データを集めて、つなぎ合わせること。そしてビジネスを理解している人がそれを使えるようにすることこそが、何よりも重要になってくるのです」(市川氏)
※出典:スーパーマーケット及びコンビニエンスストア分野における気候リスク評価に関する調査報告書 (平成 28 年 10 月気象庁) を参考に日立製作所が作成
AIテクノロジーの進化によって、企業内に何十年も蓄積されたデータや、リアルタイムのセンサーデータなどが、今まで以上に価値を持つ時代となった。だが、AIを誰でも使えるようになったということは、ライバル企業も使えることを意味する。つまりAIを使うだけでは差別化要素にはならないわけだ。「重要なのは、“AIにどのようなデータを与えるか”です。このデータの使いこなしこそが、企業競争力の大きなカギなのです」と市川氏は指摘する。
図1 AIとデータ
誰でもAIを使えるようになった時代では、AI活用そのものは差別化要素にならない。重要なのは、AIにどのようなデータを与えるか。そのデータ整備こそが競争力を高めるカギとなる
AIにデータを与えて効果を出すためには、AIが活用しやすい形である必要がある。AI-Readyなデータと言い換えてもいいだろう。企業内に散在する報告書や企画書、設計図などには、誰がつくったものか分からないもの、ファイル名と内容が違うもの、最終版なのか途中版なのか分からないものなどが数多く存在する。当然ながら、これらはコンピュータにとっては扱いにくい。まずはコンピュータが扱いやすいAI-Readyなデータに整備し直すことが、AI活用とDXを進展させるために必要不可欠な要素となる。
「様々なシステムに散在するデータを集めて統合し、組織横断で一元管理していく。AIや機械学習などのテクノロジーが使えるデータベースの仕組みも必要です。そうしたデータを、ビジネスを理解している人がうまく使いこなせるようになれば、新たな価値が生まれていきます。このようにデータをビジネス価値に変える機構をデータファブリックと呼んでいます。企業はこの仕組みをできるだけ早く整えるべきでしょう」と市川氏は説く。
データファブリックを整備するタイミングは、AI活用だけではない。データ活用基盤の構築、クラウド活用のタイミングなど、色々な局面で進めるべきだ。データを整備すれば、AIだけではなく人間も使いやすくなる。それは潜在的に企業の価値が上がるということも意味する。
それでは、データファブリックはどうつくればよいのか。「最初に計画する際は、ビジネスに合わせてITのゴールを描き、それに向けたステップを描くこと」にあるという。
「ある程度の目的やゴールを見据えた上で“集めて、見る”サイクルを回すことが重要です。自社の部門なり組織が3年後、5年後にこうなりたいと考えると、それに対して足りないものは何かが見えてくる。その課題をリストアップすると、どこに向かうべきか、どの順番で課題を片付けていくかがだんだんと見えてくるのです」(市川氏)
例えば、ビジネスに合わせて実現するステップを1、2、3と決めたとする。まずはステップ1を早く実現することが重要である。なぜなら1の次は2と計画していても、実は3の方が大事だと気付くことがある。経営環境が急速に変化する中、ゴール自体が変わる可能性もある。だからこそステップはできるだけ短く刻み、サイクルを速く回す必要があるわけだ。
実際のデータファブリックは、Plan(計画する)、Build(つくる)、Manage(運用する)のサイクルでつくっていく。具体的な内容はおおよそ以下の通りだ(図2)。
図2 ゴールを描く、さっとつくる、どんどん成長する
データファブリックは、Plan、Build、Manageのサイクルでつくっていく。一般的なITシステムの開発とは異なり、さっとつくり、成長や変化をどんどん取り込んでいくのが特徴だ
「Plan」は、ビジネスに合わせてゴールやステップを描く段階だ。まずはビジネスとITの現状を調査・整理する。そして経営層や現場からのヒアリングによって課題を整理し、ビジネスのゴールに向けた、ありたい姿を議論する。次は、それを実現するための解決方針とToBe像を検討し、最終的なITアーキテクチャを描いていく。さらに実現するステップ(ロードマップ)を細かくつくり、最初に行うこと(MVP:Minimum Viable Product)を決めることが重要だ。
次の「Build」では将来に備えながら、さっとつくることがポイントとなる。「まずアーキテクチャを設計しますが、最初のバージョンはゴールよりもかなり低いレベルで、一部だけを実装することになります。ただし最終的にはToBe像で描いたゴールに近づいていく必要があるため、拡張性はしっかり持たせたアーキテクチャにしてください」と市川氏はアドバイスを送る。同様に「性能設計は利用者やデータの増加に備えてゆとりを持たせる」「セキュリティーはミニマムスタートだとしても脅威分析を実施して基本的な部分は確実に押さえる」「運用設計は、予想外の事態に備えて厚めに設計しておく」ことなどもポイントだという。
3つ目の「Manage」は、運用しながら成長や変化をどんどん取り込むフェーズとなる。ここではユーザーの使い方が費用や性能に影響するため、クラウドリソースを常時モニタリングし、再設計やリソースの最適化を図る必要がある。「システムの安定稼働だけではなく、データ運用についても、ユーザーからの新たな要望に対応したり、急なトラブルに対処できたりするよう、あらかじめチーム編成を考えておくことが大切です」と市川氏は指摘する。
以上の通り、様々なシステムに散在するデータを集めて統合し、AIや機械学習などのテクノロジーが使える仕組みを整備し、ビジネスを理解している人がデータをうまく使いこなすことが重要である。思うようにDXが進まない、AIをどう使えばよいか悩んでいる企業は、まず「データの使いこなし」から見直すことが、成功への近道だといえるだろう。
