

大手タイヤメーカーのブリヂストンでは、自社のものづくりをデジタルで変える「DX for Bridgestone」と、新たな顧客価値・社会価値を提供する「DXfor Society & Customer」の2軸でDXを推進している。
「例えば、本業であるタイヤ事業では、独自のマテリアルインフォマティクス技術による新材料開発を進めています。タイヤはゴムや高分子材料でつくられていますが、性能を出すためには分子配列や構造をミクロの世界で可視化しなくてはなりません。また、ただ可視化するだけでなく、なぜそのような特性になるのかというメカニズムもひも解く必要があります。当社では、大学との共同研究やAIによるデータ解析などを通して、こうした技術を進化させています」と同社の花塚 泰史氏は説明する。
さらに、もう1つ重要なのが、得られた知見を実際の設計や生産に生かす技術だ。「タイヤには様々な材料が用いられるため、どのような構造にすれば最適な性能が出せるかをシミュレーションで解析。これにリアル世界で培った技術を掛け合わせることで、より軽量で薄く、高精度な形状のタイヤを目指しています」と花塚氏は続ける。
加えて、ユニークなのが、資料作成の生産性向上に生成AIを活用している点だ。ここでは、CIO(Chief Innovation Offi cer)の発言を学習させた「AI CIO」を開発。実際にCIOにプレゼンする前に、まずAIを相手に壁打ちを行う。「テスト段階では厳しさのレベルを複数設定しましたが、結果的にほとんどの人が一番厳しい『デビル』を選びました。最初に厳しくチェックされた方が、本番でうまくいくと考えたようです」と花塚氏。同社ではこれらの取り組みを通して、「世界No.1」の奪還に挑んでいく考えだ。

―― まずはリョーワの取り組みをご紹介ください。
田中 当社は福岡県北九州市に本社を置く従業員24人の中小企業です。主な事業は油圧機械のメンテナンスです。DXに踏み出した背景には、様々な機械の駆動装置が油圧式から電気式へ移行していく長期的な事業環境の変化がありました。既存事業だけでは持続的成長が難しくなると感じ、油圧機械の後工程である検査領域へ事業を広げて、さらに現在はAI企業への転換を進めています。
近年はNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業に採択され、Wi-Fi 6を活用した遠隔メンテナンスや異常予兆検知システムの開発をはじめ、現場とメンテナンスをAIがつなぐ、いわゆる「フィジカルAI」にも取り組んでいます。
―― 海外人材も積極的に採用しているのですね。
田中 当社のような中小企業がIT人材を獲得するのは簡単ではありません。そこでタイの大学と提携して、高度人材を受け入れています。数カ月のインターンシップを経て、合うと感じたら入社してもらいます。いまや当社のAI開発は、全員タイの20代の女性が担っています。
当初は抵抗感を覚える社員もいました。既存事業で得た利益を新事業に投じることへの反発もありましたが、過去の経験を踏まえて、新たなチャレンジで将来の収益源をつくることの重要性を繰り返し説き続けています。

―― 経営者が前面に立つことが、DX推進において重要なのですね。
田中 そう感じています。経営トップが本気にならなければ何も始まりません。勇気を持って踏み出し、一喜一憂せずやり続ける。このような姿勢であることが何より大事です。
河﨑 リョーワ様はDXセレクションを2022年に受賞しています。その際、田中社長にお話をお聞きし、開発したAIシステムの素晴らしさに感銘を受けました。その後も取り組みは着実に前進しているとのことで、私も非常にうれしく思います。

―― 次に、トーシンパートナーズグループの取り組みについて教えてください。
有馬 私たちはマンションの企画開発・販売から不動産の管理・仲介、家賃保証までを手掛ける、グループ従業員約450人の会社です。オーナー様・入居者様向けのアプリ開発のほか、スマートロックなどのIoTデバイス開発・販売もグループで行っています。
DXにおいては、サイクル型で取り組みを拡大していく手法を採用しています。具体的には、大規模投資を一気に行うのではなく、まず小規模に新技術の活用をスタートします。そこで「もっと知りたい」と感じる社員を育てて、利用が広がった段階で基盤を整えます。このように、「体験」「教育」「基盤整備」の順で進めることで、徐々に取り組みを拡大していくことができます。社員の内発的動機を基に、渦巻き型に広げていくアプローチのため、私はこれを「蚊取り線香戦略」と呼んでいます。
―― どのような成果が表れていますか。
有馬 代表例が「インテリレント」です。これはインテリジェンス(知性)とレント(賃貸)を掛け合わせた造語で、賃貸募集時の最適条件をAIで予測するシステムです。
敷金・礼金、フリーレントなど、募集条件を変えながら空室期間(物件稼働率)を予測するモデルを構築しました。モデルの精度は96%を実現しており、これを活用することで空室期間を年間11日短縮することができています。
また、現場担当者のマインドセットにも変化がありました。「AIは敵ではなく、自分たちの知見を強化するツールだ」ととらえてくれるようになったのです。これが、その後の様々なAIプロジェクトの追い風になったと感じています。
―― テクノロジーの活用に向けては、社員の“思い”も大切にする必要があるのですね。
有馬 そう思います。というのも、変革を進める上で“感情の壁”は避けて通れないからです。私たちDX推進担当者は、経営にサイエンスやロジックを持ち込む立場といえます。もちろんロジックは不可欠ですが、人を尊重しなければあつれきを生んでしまい、取り組みが進まなくなってしまうでしょう。
田中 非常に興味深いですね。一般的には、ITリテラシーやDXリテラシーを全社員に浸透させることが重要だと言われますが、これは簡単ではありません。その課題を解決する方法を、うまく仕組み化されていると感じました。
また、「蚊取り線香戦略」や「インテリレント」といった名称も含めて、発想が素晴らしいですね。重要なのは、何かきっかけを与えた後に組織の自走が始まるかどうかです。体験を内発的動機付けへつなげる仕組みが、優れていると思います。
―― それでは河﨑さん、デジタル活用推進に向かう企業を、経済産業省としてどのように支援していくのでしょうか。
河﨑 生成AIが急速に普及する一方で、DXは二極化しつつあるのが実態だと思います。特に中小企業の多くは未着手、または単なるデジタル化の段階にとどまっており、企業価値向上につながるレベルに到達している企業はまだ多くありません。
そこで我々は、DX未着手企業の取り組みを後押しし、DX先進企業へ導くことが重要だと考えています。具体的には、「中堅・中小企業向けDX推進の手引き」や「DX推進指標」を通じて、まず現状の把握を促しています。
また、誤解されることが多いのですが、「DX認定」制度はDXに取り組み結果を出した企業を対象としているわけではありません。「DXに取り組む準備が整った企業」を認定する施策です。申請費用は無料で、認定を取得するプロセスそのものが経営を見直す機会にもなります。認定を取得するとロゴの活用や金融支援、人材育成助成金、補助金加点などを受けられますので、ぜひ活用してもらいたいです。
―― 加えて、DX支援企業向けの施策も用意していますね。
河﨑 はい。地域の金融機関、ITベンダー、コンサルタントを「主治医」と位置付け、支援の手引書を用意しています。それが「DX支援ガイダンス」です。
中堅・中小企業は支援機関と伴走することで課題を段階的に解決し、本業の拡大を目指します。最終的にはDX銘柄やDXセレクションに応募し、業界のモデルケースになることを目指してもらいたいと考えています。また、大企業がサプライチェーン内の中小企業のDXを支援する際にも、このガイダンスが役立つはずです。
―― 本日の議論からは、DX成功の起点は経営者の姿勢にあり、その思いを現場の従業員の体験や内発的動機へつなげることが大切だということを確認できました。企業・組織には、経済産業省の施策も活用しながら、DXを推進していただきたいと思います。