
井上 哲浩慶應義塾大学ビジネス・スクール 教授
日経BP Marketing Awards 2024
社会課題をも訴求するマーケティング戦略
ブランド・ジャーナリズムへの新たな飛躍
ようやく、すべての審査委員がオンサイトで集い審査を行うことができた審査会となったこともあり、卓越した多くの広告作品に対して、あつい議論が交わされ、これからのマーケティング戦略のあり方に豊かな示唆が示される素晴らしい日経BP Marketing Awards審査会となった。
近年、様々な側面において、境界が良い意味で融合している印象を感じている。AIによる生成と人による創造の融合、デバイスとメディアの融合、プラットフォームとインフラの融合などである。良い意味での融合は、機能的な融合にも生じているといえよう。その一つが広告とジャーナリズムであり、グランプリの国際協力機構(JICA)の広告は、この秀逸な融合である。池上彰氏を起用している時点でジャーナリズム色は強いが、これは間違いなく広告である。広告と広報というコミュニケーション戦略における重要なミックス要素において、広報は、戦略的広報からコンテンツ・マーケティングへと発展し、広告的機能が強化された、と考えている。そしてこのグランプリ作品では、ジャーナリズム機能が融合され、コンテンツの豊かさが増幅されている。コンテンツ制作において、読んでもらう機能は重要であるが、読まれるだけでは、もったいない。読んで伝わる機能を有するコンテンツ制作こそが、これからのマーケティング戦略において重要であり、ジャーナリズムがその一躍を担うことを、新たに示したのがこの作品である。コンテンツ・マーケティングからブランド・ジャーナリズムへの新たな飛躍の道を垣間見ることができた。

サステナビリティを意識したグリーン・マーケティングや、売り上げの一部を社会問題の解決のために寄付するコーズ・リレーティッド・マーケティングが、筆者の研究対象の一部であるため、ソーシャル(social)と区別してソサイエタル(societal)という語を注意深く用いている。Encarta (2000)の英英辞典によれば、ソサイエタルは、「社会に関係しつつ、特にその組織、構造、あるいは機能に関するところ」(筆者訳)である。ウクライナにおける教育・経済・自然などの危機は、構造や機能の復興が組織的に行われる必要があることを、グランプリ作品は訴えている。生理痛は女性の話とせず、女性が我慢しないよう社会が受容する認知構造の構築を啓発したのが金賞の一つ、第一三共ヘルスケアの広告である。物流の2024年問題が、日々の社会生活に与える影響は重大であり、この社会課題の組織的機能的解決を訴求したのが、もう一つの金賞、Hacobuの広告である。これら三作品に加えて、色覚の多様性配慮、自治体主導による地方創生、世界レベルでの保健問題となったCOVID-19感染症への対策の鍵となったmRNAワクチン、という銀賞の三作品のいずれも広告とソサイエタル・イシューの機能的な融合である。

なぜ広告とソサイエタル・イシューの機能的な融合が効果的なのか? この問いへの一つのヒントは、心理的所有感であろう。自己所有感が含意する範囲は多岐にわたり、自己効力感の程度、拡張自己の程度、帰属感の程度、責任感の程度、自己同一性の程度などがある。概して、広告とソサイエタル・イシューの機能的融合により、自分ゴト化するという心理的所有感がソサイエタル・イシューに対して高まり、その結果、広告のメッセージ性が高まり、読んで伝わる効果が達成されたと考えられる。
これからさらに重要になることが予想される広告のソサイエタル融合に関する豊かな示唆が示された素晴らしい日経BP Marketing Awards審査会であった。
井上 哲浩(いのうえ・あきひろ)
慶應義塾大学ビジネス・スクール 教授
1987年関西学院大学商学部卒業。89年同大学大学院商学研究科博士課程前期課程修了。92年同後期課程単位取得中退後、96年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で経営学博士号取得。関西学院大学商学部専任講師、助教授、教授を経て2006年から現職。専門はマーケティング・マネジメント、マーケティング・サイエンス、マーケティング・コミュニケーション・マネジメント ◇主な著書『小売マーケティング研究のニューフロンティア』(共編著、関西学院大学出版会)2015、『マーケティング』(共著、有斐閣)2010、『戦略的データマイニング-アスクルの事例で学ぶ』(共著、日経BP)2008 他