
FEATURE2025.06.27
"F1"の疾走と"インヂュニア"の進化に学ぶ―
IWC 最高マーケティング責任者 フランツィスカ・グセル氏
映画『F1/エフワン』と共鳴し、精密工学と物語性を融合してIWCが挑む。それは、最新の「インヂュニア」に託した、未来志向のブランディング戦略だ。
2025年6月27日に日本での公開を控える映画『F1/エフワン』。その世界観に深く関わるのが、IWCだ。主演のブラッド・ピットらが劇中で身に着けるのは、IWCが映画のために開発したタイムピース。スピードと精密さが命のモータースポーツと時計の親和性は高い。IWCは映画とのコラボレーションを通じて、ラグジュアリーとエンターテインメントの新たな融合に挑戦している。
「映画『トップガン』の世界観と親和性があったように、映画『F1/エフワン』との協業も私たちにとって自然な選択でした。エンジニアリングの精神と、秒単位で戦う世界との共鳴があるのです」。そう語るのは、IWCの最高マーケティング責任者、グセル氏だ。劇中にはIWCのクロノグラフやパーペチュアルカレンダーモデルが登場し、デザインと機能性で物語を彩る。「製品がただの小道具として置かれるのではなく、物語の一部として息づく。これこそが、私たちの理想とするブランド体験です」とグセル氏は強調する。
その背景には、技術とデザインに根ざしたブランド哲学を、現代の文脈でどう伝えるかという意図がある。象徴的なのが「インヂュニア」コレクションだ。1976年のジェラルド・ジェンタによるオリジナルモデル「インヂュニア SL」は、当時は市場に受け入れられず、“時代に早過ぎた名作”としてコレクターの間で静かに評価されてきた。それがIWCの手で再構築され、今日の評価につながっている。
「今でこそ注目されていますが、かつてはサイズ感や用途の訴求で時代とずれていた部分もあった」とグセル氏は振り返る。かつて“プロフェッショナルツール”として訴求されたインヂュニアだが、構造や素材、装着感など、ラグジュアリー体験として再定義された。一体型ケース構造や先進素材の採用。IWCが長年培ってきたエンジニアリングとクラフツマンシップの融合が、脚光を浴びているのだ。
「私たちはこのコレクションを、単なる製品ラインではなく、未来につながるブランドの柱となる存在へと育てています」とグセル氏は語る。25年には、新たなモデルを加え、グローバル市場での存在感をさらに高めたいと考えている。
IWCは過去の資産を“未来へ進化させるための源泉”として活用している。「ブランディングとは、ゼロから何かを生み出すことではなく、既にある価値を見直し、磨き上げることでもあると思います」。グセル氏の言葉には、伝統を背負うブランドならではの重みと覚悟がにじむ。ブランドの再構築は、信頼性と一貫性が問われる高度な挑戦でもある。
そして今、新たな顧客層との対話が始まっている。Z世代やミレニアル世代などの若い消費者は、派手さよりもプロダクトの背景に価値を感じる傾向が強いという。「時計のスペックよりも、ブランドが持つ思想や哲学に対してより敏感に反応していると感じます」とグセル氏は強調。IWCは性能だけでなく、ストーリーやクラフツマンシップを語り、共感を生んでいる。「彼らは“高級だから”という理由だけで動きません。私たちが何を信じ、どのようにものづくりをしているのか、そこに関心を寄せているのです」。ブランドの未来を見据え、単なる商品ではなく思想としてラグジュアリーを届ける。その姿勢が、IWCの今を形作っている。
撮影=箱島崇史 デザイン=Phantom G. 文・編集=安部 毅