2017.02.21
文=高下義弘
企業経営の世界においては、多角化経営とシナジーについての議論が途絶えない。2016年に主要私鉄グループの1社である小田急電鉄が、鉄道とは一見無関係の事業に新規参入している。目的は何か。それは小田急グループの事業同士の相乗効果だ。小田急電鉄の西村靖生開発企画部課長に話を聞いた。
「コア事業に集中し、貢献しない事業は売却すべき」とネガティブに捉えられるときがあれば、「多角化はリスクを減らし企業を成長させる有効な手段だ」「異なる事業同士を結びつけてシナジーを狙うべき」と支持される局面もある。企業経営の最適解をめぐっては、常に議論が繰り返されている。
そして今、従来つながりが薄いと指摘されてきた事業同士が結びつき、新たなシナジー創出を期待する見方が強まっている。技術や市場の変化が昔よりも激しくなる中、新たな組み合わせでイノベーションは起きるケースが増えているためだ。
代表例がフィンテックである。フィンテックとは金融テクノロジー(Financial Technology)のことで、IT(情報技術)を組み合わせた新しい金融サービスや、それにまつわる業界の動きを指す。応用範囲は仮想通貨や分散型台帳技術の「ブロックチェーン」、貯めやすい仕掛けを施した家計簿アプリなどと幅広い。今後は個人向けや中小企業向けのファイナンス、株式投資、保険、資金調達、バンキングなど、あらゆる分野で変化が起きると期待されている。
フィンテック時代に伸びる可能性のある存在は、ソニーグループだ。ソニーグループは、ソニー銀行やソニー保険などの金融機関を傘下に持つ。2016年3月期の連結決算における営業利益をみると、金融セグメントが1565億4300万円の黒字でトップ。続くのはプレイステーションなどの「ゲーム&ネットワークサービス」(886億6800万円)と音楽(873億2300万円)で、金融セグメントの利益がデバイスやモバイルの不調を補う格好だ。
ソニーは昨年2016年8月、金融子会社のソニーフィナンシャルホールディングス(ソニーFH)への出資比率を60%から62.1%に引き上げた。引き上げを機に、ソニーとソニーFH間におけるフィンテック分野での協業を進め、シナジーの創出を狙うという。
ソニーグループは言わずもがな、ITのハードウエアとソフトウエア両方の経営資源を持つ。例えば電子マネーの基盤として普及している非接触ICカード技術「FeliCa」はソニーが開発元。シニア世代にとっては相変わらずエレクトロニクス分野の印象が強いソニーだが、ITと金融の組み合わせによって、別の形で輝かしい姿を取り戻す可能性がありそうだ。
フィンテックに注目が集まったのは2016年だ。この年、小田急電鉄がある事業に新規参入した。その事業とは、農業である。
小田急電鉄は、同じ小田急グループでバス事業を営む神奈川中央交通と組み、農業ビジネスに参入した。昨年6月、神奈川県相模原市に約1800平米の栽培用ハウスを建設。ここを「小田急・神奈中ファーム城山農場」と名づけ、高糖度ミニトマトの栽培を開始した。生産・収穫・出荷といった農業の実業務は、農業関連ベンチャーの銀座農園に委託している。小田急電鉄はアグリビジネス参入に際し、銀座農園と業務資本提携を結んだ。


この高糖度ミニトマトは「かなか(神奈果)」というブランド名が付けられ、2016年12月から出荷が始まった。かなかは2017年2月現在、小田急グループのスーパーマーケット「Odakyu OX」26店舗のうち14店舗、そして小田急百貨店で購入できる。かなかは言うなれば、小田急ブランドのミニトマトだ。

こちらの小田急ブランドのミニトマト、食してみたが、確かに甘い。通常のトマトに対して2倍の甘さだという。「自然のものなのでばらつきはあるが、糖度が8~10度以上ある甘いミニトマトが継続的に出荷できているのが強み。中には糖度が12度から13度に及ぶものもあり、糖度の数値でみればイチゴに負けず劣らずの甘さだ」。こう語るのは、小田急電鉄の西村靖生開発企画部課長だ。

なぜ農業なのか。西村課長は「農業という新規事業が、小田急グループの新しい価値創出に貢献し、事業同士のシナジーを生むと見込んだため」と語る。
小田急グループに限らず、鉄道会社はこれまで沿線の宅地・商業地を開発して事業価値を高めてきた。この手法は人口が増加傾向にあった時代においては有効だったが、人口減少の流れにある今、それだけでは今後の価値向上は見込めない。将来も可能性があり、単体事業として黒字化が見込めて、しかも既存事業とのシナジーが期待できそうな新規事業は何か――。西村課長が調べていく中で行き着いたのが農業だったという。
健康ブームの流れはもとより、2007年の冷凍ギョウザ事件以降、食の安全性への関心が急速に高まっている。「小田急線沿線は、食の安全・安心に対する意識が高く、良いものであれば相応の対価を支払っていただける消費者に多くお住まいいただいている。ここで高付加価値の農作物を作れば購入いただけ、沿線顧客の満足度向上、ひいては沿線への住民の定着にもつながると考えた」(西村課長)